第8話  やっぱり、文官よね!

「うふふ、……だって、

『分からないことがあったら、何でも聞いて下さいね! 』

 ……なんて、真面目な顔しておっしゃるものだから、

 ……私、あの頃は幼くて、何も知らない子供だったから、本当に何でも聞いちゃった の! 」

 そう言うと、恥ずかしそうに小萩が笑う。少し酔いが回ったせいか、耳が赤くなっている。

「それに、……これ様は、今まで感じの方で、和歌うたも上手いし、ちょっとしたことでも褒めてくれたから、嬉しかったの! 」

「なるほど、文官の方は違いますね。我が家には、そんな優男やさおとこはいないもの! 」

 桔梗も、思わず突っ込んだ。


 もちろん、小萩の周りにも若い男がいなかったわけではないが、どういうわけか、武骨なタイプばかりで、口下手な上、あまり軽口を敲かなかった。おそらく、満仲様や、他の男兄弟の目があったからかもしれないが、気を遣って小萩から話しかけても、和歌どころか、およそロマンチックな会話が成立しなかったからである。

 つまり小萩は、細やかなのできる"文官タイプ"の男に免疫がなかったのだ。


「それで、……聞きたいついでに、政治まつりごとの話も聞いてしまったの、

 ……たぶん、『女人のくせに、そんな無粋な事を聞くのか? 』 とか、怒られるかなぁ、と思ったら、……本当に丁寧に教えて下さるのよ、私みたいな小娘こむすめに!

 ……でも、そのお蔭で、私にも何かことはないかしら? と思い始めたの」


 そんな訳で、がらみで面倒事が起こった時には、小萩の実家の面々がと力を貸していたかもしれない。

 なんといっても、惟成はこの頃、検非違使庁けびいしちょう左衛門さえもんの権佐ごんのすけという役職にも就いていた。

 これは、当時の警察機構を味方に付けていたようなものなので、実際に、田なぎの弁は、影で手荒なことをしていたかもしれないのである。


「うふふ、……馬鹿な話かもしれないけど、あの頃、私は男の方に頼られていると思って、調子に乗っていたのかもしれないわ! 」

 だんだんと酷く酔いが回ってきたのか、小萩は、ケラケラ笑い出した。

 その姿は、何となく自虐的で、桔梗には気の毒に見えたのである。


「あの、叔母上様、大丈夫ですか? ……少しお休みになられては、如何いかがでしょうか? 」

 桔梗も、さすがに心配になってきた。

 父や祖父のように、根っから桔梗と違って、小萩は繊細なのである。酒は好きだがとても弱い。

「本当に御免なさい! ……義叔母おば様」

 今度は、桔梗まで酔いが回ってきたのだろうか、突然、謝りだす。

「私共の家に引き取られた為に、いろいろとご苦労なさったのではありませんか? 

……私は、この家で生まれた女なので初めから運命さだめだと割り切っておりますが、

……本当は、何と申しますか、

…… 『に来てしまった! 』 と、お思いになりませんでしたか? 」

 思わず、桔梗の口から本音が漏れたのである。

「仏様のことは尊んでいるのに、必要とあらば殺生をする。

 それに、曾祖父そうそふの代から戦があれば、一族あげて戦場いくさばに出向くのが当たり前ですし、いざという時に備えて、滋養の為にと、むしろ獣の肉を平気で食べる!

 ……私共の家は、そういう兵の家ですから 」


 小萩の悲しい結婚生活の思い出を聞いて、桔梗も悲しくなっていた。

 よりにもよって、特殊な家のになったものだと。


 世間の人は言う。 『世はまさに、末法まっぽうの世だと! 』

 つまり、時代だからこそ、経を読み、死者を手厚く供養し、精進して生きていかなければ、死後の世界で不幸になる。……そう、信じられていた時代なのだ。

 しかし、桔梗の家は、それにまるでかのように世渡りをしている。


「何を申されますか! 」

 酔っているはずの小萩が、急に勢いよく答えた。

 桔梗の方が驚いてしまう。

「私は、この家の方々がですぞ! 」

 小萩は、酔っているように見えても、本当はそうでもないのだろうか?

 そんなふうに思えるほど、と言い切ったからである。

「この家の娘にして頂いたからこそ、私は、このように息災なのです。……あの時、火事の中で救ってもらえてなければ、このように平穏に暮らしておりませんぞ! 」

 そう言うと、小萩は、源満仲様の家に引き取られることになった経緯いきさつについて語って聞かせたのだった。


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