第2話 極楽にイケない料理
秋の澄んだ陽光が、谷間を流れる川面に反射し煌めく。
ここ多田では、全ての草木が生気に満ち溢れているようだ。
都では、多くの人が体調を崩すと、そのまま姿を見せなくなり、
そして、…… 『突然、亡くなった! 』 という話をよく聞かされた。
何時か自分もそんな目に遭うかもしれない。……そう思うと、外に出るのも恐ろしくなった。
そんな日々の中、父・頼光は都を離れることを勧めてくれたのである。
『本当に多田に来て良かった。ここは御爺様のお蔭で安心して暮らせる所だわ! 』
桔梗は心の中で感謝した。
それにしても、思っていた以上に多田の地は
子供の頃には、暫く住んでいたはずなのだが、今では都暮らしの方が長くて比較してしまう。
邸は小高い丘の上にあって、眼下には激しい流れの川がある。
そして、建物の裏側は
当然、ここなら敵に囲まれ襲撃されることもないだろう。
皮肉な話だが、昨今の都の治安はとても悪いのだ。
そこで、桔梗は女の身ながら、住まいの安全性をチェックする習慣が染みついている。
……太陽の光は、充分過ぎるほど暖かい。
だが、山から吹き下ろす風は冷たいのだ。
それでも、そんな野趣溢れる感じか凄く良い!
都育ちの桔梗はそう思った。
そして、そんな田舎暮らしにも慣れかけた、ある日のことだ。
都育ちの桔梗を歓待する為に、小萩がわざわざ多田荘でしか食べられないような料理を出してくれた。
これは桔梗の
「ほほほ、……桔梗殿がいらっしゃらなければ、このような膳は、もう一生食べることは無かったかもしれませんね! 御父上様が出家なさってからは、皆が遠慮しておりましたので、されど、……そろそろ、喪も開けることですし、良い頃合いかもしれませんね」
そう言って、小萩は嬉しそうに笑った。
「そこで、……この際ですから、私も一緒に頂きますね 」
何だか小萩も一緒に食べる気満々である。
こうして二人の女による宴が始まったのだった。
まず、小萩の膳には、見ただけでも分かるような立派な"
これは、小萩の大好物なのだ。
他にも"
勿論、女人の宴であっても、酒は付き物だ。
小萩は多田でしか食べられないものを、見事に用意していた。
だが、これらは都で食するには
仏教的な考え方が常識となっていた平安時代においては、食べたらちょっと極楽に行けなくなりそうな罰当たりな料理だった。
仏教においては、生き物の命をみだりに奪うことは禁じられている。つまり、殺生をする必要がある料理は禁じられているのだ。
つまり、小萩と桔梗は不精進料理による"女子会"を楽しむことになった訳である。
「ずっと昔は、皆の鍛錬も兼ねて、鹿狩りや鷹狩をして、よく獣の肉を頂いたものです。それに、川には仕掛けをしていて、川魚などはいつも食べられたのですが、御父上様が出家してからは、それでは良くないと、ずっと我慢していたので、……こんな事でもない限り、本当に食べられないので、実は嬉しいのですよ! 」
「子供の頃のことなので、私もハッキリは覚えていなかったのですが、多田で食べた香ばしい川魚や、噛み応えのある鹿肉とかは忘れられませんでした 」
「うふふ、……都では、こんな料理を女人が嬉しそうに食べていると、不信心者と言われますものね」
「大きくなってからは、お会いする機会がほとんどありませんでしたが、……この地を拓いて下さった御爺様に感謝ですね! 」
二人は誰に遠慮するでもなく、旨そうにムシャシャと食べている。
「そういえば、御爺様は本当にお元気で、御長寿でいらっしゃったそうですね 」
桔梗は、あまり記憶にない満仲様のことを思い出しながら小萩に話を振った。
「そう、そう、……本当にお元気で、お
小萩は懐かしそうに笑う。
不思議なものだ。桔梗が聞いていた満仲様のイメージは、かなり物騒で怖いものなのに、小萩の話では随分と面白くて"かわいい人"なのだから。
満仲様は、多田の地で出家してからも、十年程の間、健康に暮らしていたようである。
そして、そんな満仲様の世話をしていたのは、他ならぬ小萩だった。
もしかすると、小萩の細かい気遣いが、満仲様を長生きさせたのかもしれない。
桔梗はそう思ったのだった。
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