第3話  人生いろいろ、女だって、いろいろ!

いいでございます。お召し上がりくださいませ」

 暫くすると、一人の身重みおもの女が、温かい強飯こわいいを持ってきた。


 強飯とは、米を甑器こしきで蒸したもので、現代のように、まだ米を水から炊く習慣がなかった為に、今の御飯より硬いものだったらしい。

 しかも、飯の盛り方も独特で、椀の中に飯が山状にになっており、贅沢にも玉子が添えられている。

「大丈夫ですか? ……そなたが、わざわざ持って来なくとも、他の者にやらせれば良いのに! 」

 小萩が女の体を気遣って声を掛けた。

「いえ、いえ、何をおっしゃられますか、むしろ今は、体を動かした方が楽なのですよ」

 そう言うと、女はと笑う。なかなか逞しい女である。

「御苦労様。……では、これでも食べて滋養じようをつけて下さいな! 」

 小萩は自分の膳にあった玉子を女に渡してやった。

 すると女は、本当に嬉しそうに感謝しながら戻っていったのである。


 聞いたところによると、この女は能登守のとのかみ慶滋保章よししげのやすあきらの娘だということだった。

 夫が別の女性の所に行ったままになり、寄り付かなくなったからと、自ら離縁することを選んだが、その後、良い縁には恵まれず、生きて行く為に歌占うたうらを行って生計を立てていたらしい。

 ちなみに、歌占とは和歌を使った占いのことである。

 だが、もともとは貴族の娘のことだ、世間の荒波には勝てず、終にはめて行き倒れそうになっていた。

 そして、そんなところを拾われたらしい。

 しかも、多田の地に来た時には、既に身重になっていて、腹の子は、誰の子かもわからないそうである。

 ……というか、小萩としては 「聞くのも野暮やぼなので聞けてない」 との話だった。

 だが、生来が真面目な人柄なのだろう。

 世話になるだけでは申し訳ないと、今では率先してうちの仕事をやってくれているらしい。


 これは余談だが、源頼光のに"相模さがみ"という名の女流歌人がいるが、この人の母は、実は能登守・慶滋保章のだといわれている。

 本来、どういう縁で頼光が相模を養女にしたかは分からないが、後に相模は、和泉式部いずみしきぶにも負けないような情熱的な恋の歌を詠む歌人となった。

 そして、一条天皇と皇后・定子との間に生まれた脩子内親王しゅうしないしんのうや、後朱雀ごすざく天皇の皇女である祐子ゆうし内親王に仕え、数々の歌合戦で活躍することになるのだ。



「凄いですぞ! ……あの方の歌詠みのさいは」

 小萩は、そう言いながらニコニコ笑っている。

「確かに、ご縁には恵まれなかったかもしれませんが、とにかく歌がすらすらと詠めるのですよ。……例えば、季節や花の名前やら"お題"を言えば、あっという間に、その場で作ってしまうのです 」

 少し興奮気味に語った。

「ほう、……凄いですね。こんないなかには才女ですね! 」

 桔梗の口から、思わず本音が漏れる。

「私も都に住んでいるので、和歌はそれなりに学んでいますが、本当に早くて上手い人は、やはり才覚があるのでしょうね 」

 つまり、その才能が認められたからこそ、あの人はに居るのだろう。

 そう思うと、桔梗はうらやましくなった。

「私にも、あのような才覚があれば、ができたのかしら? 」

「……さぁ、どうでしょうか」

 少し考えてから、小萩が口を開く。

「宮中にお仕えしている女官は、それなりにが多いようですので」

 何だか、含みのあることを言ったのである。



 確かに、この時代に宮仕えをしていた女性達は、特殊な事情を抱えていたかもしれない。

 まず、結婚の時期が今と比べて早すぎる。

 例えば、最悪のパターンではあるが、二十歳前後で結婚し子供を産み、子育てもしたが、子供の手が離れた頃には夫婦仲が冷めきってしまい、肝心の夫が家に通って来なくなったので、実質的には"離婚"してしまう。……そんな話がよくあったようだ。

 まあ、離婚しても、新たな求婚者が湧いてくるような美人なら困るとはないだろうが、一般的にそうなると、身内に権力や経済力がある者がいない場合には、離婚後の生活を支える為に、女性であっても働きに出なければならなくなる。

 その場合、侍女や乳母、身分が高ければ宮中の女官など、女性にとって安全な職場を考えただろう。たが、宮中だけは特別なのだ。

 なぜなら、その人物にの身分があり、しかも誰かの紹介が無ければ勤められない敷居の高い場所だからである。

 清少納言や紫式部のようなのある者達も、離別後の仕事として宮仕えができたのは、もちろん、信用のある一族として認められていたからこそ出仕が叶った訳だ。


「まぁ、……宮仕えといっても、それほど楽なものではないでしょう。

 ……いろんな方がいらっしゃってだろうし、御身内の方々の位がとても高いとか、文や歌の才がある方は別としても、

 ……我が家は、どちらかというと"つわものの家"ですからね 」

 そう言うと、小萩がニコリと笑った。

「それもそうですね。は女官向きではないですものね! 」

 桔梗の一言に、二人は声を出して笑ったのである。

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