友達

@kakeru-jimochi

 友達


 他人に認められるような物語が書けなくて、僕は落ち込んでいた。自室の机に座り、パソコンの前で、画面を凝視している。音楽を聞いている。

 最近職場で流行っている秦基(はたもと)博(ひろ)のひまわりの約束という曲。僕はぼーっとしながら、ずいぶん前に疎遠になってしまった友達のことを思い出していた。

そうだ。あの友達のことを今回の物語の題材にしてみたらどうだろうか。それが村上文芸にどう評価されるかは分からないけれど、今、彼のことを書きたいと思った。昔、小説家を目指す僕の背中を押してくれた、大切な友達のこと。

 あれは、10年前のこと。今僕は29歳なので、当時は19歳だ。

 僕は予備校生だった。新潟市にある代々木ゼミナールに通いながら、勉強をしていた。両親には医者になれと言われていた。だけど、勉強をすればするほどに、僕は自分自身の気持ちを裏切っていることに気づき始める。いつからか僕は、小説家になるのが夢だった。

 予備校の帰り道。僕は知らない道を歩いていた。駅までの道とは違う道。僕の住んでいる町は村上市にあり、新潟市の町なんて言うのは、まるで迷路のような光景だった。友達と映画を見るために遊びに来たことはあるが、一回や二回で覚えられるはずがない。だけどそんなことはどうでもいいだろう。

 僕はどこかに向かって歩きながら、悩んでいた。自分は医者を目指すのか、それとも小説家を志すのか。今日、頭の中で決着をつけるつもりだった。決まるまで、歩き続けるのだ。家には帰らないと思っていた。

 夜である。僕は歩道を歩いていた。ライトをつけた車がエンジン音を立てて横切っていく。排気ガスの匂いがした。

 僕はぼんやりと空を見上げた。星の少ない夜空。満月だけは明るくて、僕の背中を追いかけてくる。

 医者と小説家。どちらかに決めなければ、とてもじゃないけど勉強に集中できない。

 青臭いガキの悩みと、笑われてしまうだろう。これを読んでいる貴方は笑っているかもしれない。心の決意というのは、たった一日で、夜の町を練り歩いたところで固まりはしない。だけどこの時、僕は19歳だったのだ。子供であったし、子供なりに本気だった。

 そして僕は、本当に本気を出してしまった。

 コンビニの前、駐車場のブロックに座って、ポケットから携帯電話を取りだした。そして、電話帳に載っている全ての知人に同じ言葉のメールを送信した。

「本当に悩んだ時、貴方はどこへ行きますか?」

 たった一言。

 その痛い言葉のメールに、何人かの友達は律儀に返事をしてくれた。返信の内容はもうほとんどが忘れてしまったけど、一人だけ、親友が返してくれたメールを、僕は今でも覚えている。

「自分の親に会いに行くんじゃないのかな」

 はっとしたのを覚えている。

 後ろから優しく抱きしめられた気分だった。

 その言葉は的確で、10年経った今も、忘れていない。

 そしてそれ以上に、僕はこの親友に驚かされていた。体が感動して、震えていた。

 僕は、他人が自分のために、それがたとえ一瞬だったとしても、本気になってくれるとは思わなかったのである。本気の言葉をくれる人なんて言うのは、両親か、あるいは兄弟ぐらいのものだった。僕は、この親友の人としての大きさに初めて出会った。それがくやしくて、その100倍にうれしくて、この気持ちをどう表現したらいいか分からない。

 僕は家に帰ることにした。コンビニの駐車場を出て、今度は満月を追いかけて歩いて行った。

 医者になれだなんて、無理難題を押しつけている僕の両親。過度に期待を寄せてくれている。もし本当に僕が医者になれば、両親にどれだけの安心を与えることができるだろうか。それは、経済力にしても、社会的地位にしても。将来はどれほど安泰になるだろうか分からない。だから、実は小説家になりたいだなんて言えない。

 だけど、やっぱり、僕が頼ることができるのは、親しかいないのだ。僕が困ったとき、一緒に考えてくれるのも、一番悩んでくれるのも、助けてくれるのも、親なのだ。僕は、泣いていた。親がいて、良かった。

 駅にたどり着き、電車で家に帰った。キッチンのテーブルに向かい合わせに座って、両親に自分の気持ちを吐露した。親は一生懸命に聞いてくれた。

渋い顔をされた。

怒られもした。

父親なんかは涙を流していた。

医者になって欲しかったのだ。

 だけど。

両親は、最終的に、僕が小説家の道を目指すことを、許してくれた。

その許しをもらった時、僕は心が羽のように軽くなったのを覚えている。

自由。

そんな言葉がぴったり当てはまるかもしれない。

これから自分の大好きなことを勉強し、また執筆できるのである。それは、何にも変えることのできない幸福であった。

それから数日後のことだと思う。

 僕はあの日、あのメールをくれた友達に会いに行った。さんざんからかわれた。あんなメールは二度とよこすなと言われた。お前は馬鹿なんじゃないかと言われた。僕はひきつった笑顔を浮かべながら、謝罪の言葉を述べたような気がする。

 あれから、ずいぶんの年月が経った。10年というのは、短いようで長い。今僕は、小説を書いている。29歳なんて年齢では、まだ若い。僕の言葉を信じてくださいなんて、読者様にはとてもじゃないけど言えない。人生経験が足りない。だけど、僕は自分のことを信じているし、それが正解へと通じていることを、願っている。その祈りだけは、捨ててはいけない。

 物語は、これでおしまい。

 ちなみに、あのメールをくれた友達は、今は立派な社会人になって、県外に住んでいる。中々会う機会が無くて疎遠になっている。だけど、僕はいつか彼に会いに行くのだ。それは、また一緒に遊ぼうとかじゃなくて。そういうのじゃなくて。ただ一言、伝えたいことがあるのだ。

 貴方に会えて、本当に良かった、と。

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