明日


「……うう……ん……」


 私は誰かから急に起こされて唸っているような。そんな声を出す。


 そして私はゆっくりと起き上がり目を擦る。


──あれ?私、何してたんだっけ?


 私は目を開けると、そこは何もない無の空間が続いていた。


──そうだ。もう生きてる意味がないからって、もう一度、羽生はぶに会いたいって思って。


 私はゆっくり立って、ぐるりと周りを見渡す。


 そうか、と私は悟る。ここは天国なのかな。何もない。けどあったかい。居心地がいい。いつまでもここにいたい。


「……羽生はぶ?」


 私の声は、お風呂場みたいに辺りへ反響する。


「……ねえ、羽生はぶ。ここにいるの?」


 私の声は反響するだけで帰っては来ない。


「居たら返事して。ねえ羽生はぶ


 私の声はさっきよりももっと大きくなる。


 会いたい。


羽生はぶ!!」




        「なあに?」




「……羽生はぶ?」


 帰ってきた「なあに?」は、久し振りの感覚がした。そう、そうだよ。この声。これがずっとずっと聞きたかった。


「久し振り、あす!」


 彼女は姿を現した。


 彼女は学校の制服を着ていた。ずっとパジャマ姿しか見てないからかな。新鮮。


「うん。久し振り。羽生はぶ


「ごめんね。早く死んじゃって」


 彼女は少し申し訳無さそうに言う。


「ううん。別に羽生はぶが謝ることじゃないよ」


「ありがと。でも、あすはなんでここにいるの?」


 私は少し言うのをためらったけど。


「……貴方に会いたくて」


「え?それって……」


 彼女は私の自殺悟ったようだ。


「ごめんね。私が入院してたのは足が不自由なのとは関係なかったんだ」


「……え?」


 私はなんとなく彼女と目を合わせられなくて下を向いたまま話す。


「私、死のうとしてたんだ。でも結局死ねなくて。そんな中、入院中に貴方に出会った。貴方と出会って、私は生きる希望が湧いたんだ。だって――」


 私はもう一度、羽生はぶと目を合わせる。


「――貴方のことが好きだから!」


「……あす」


 羽生はぶの顔は少し赤くなる。照れた顔も可愛い。


「でも、貴方が急に死んじゃったから私も生きる希望を無くした。だから私、また自殺し――」


「――それは違うよあす!」


 羽生はぶが私の会話を真横に切る。その声は遠くまで反響した。


「それは……違うよ。自分で命を断つなんて」


 羽生はぶは悲しそうに涙を流す。


「自分で命や断つのは、違うって思ったことはあるよ。でも、どうしようもなかったの!」


 私も目からは涙が溢れる。


「今まで貴方が、私の黒い心に白を足して薄めてくれてたけど!貴方がいないと私の心は黒いままなの!もう戻れないの!」


「戻れるよ!」


「どうやって!?」


 なんでだろ。居心地のいい場所だったのに。


「あす!私も貴方のことが好き!」


 私は思わず涙を流しながら「……え?」と言ってしまう。


「あすのことが好きなの!だから、私はあすにずっとずっと、生きてて欲しい!わざわざこんな所来なくても、私はずっとあすのこと見てるから!」


 彼女は泣きながら「……お願い。生きて」と言う。


「でも……」


「ねえ、あすが書いた小説の内容覚えてる?」


「……え?」


 私が書いた小説……。


「クラスメイトからいじめられても、立ち直るお話」


「そう。あすもその主人公みたいになるの」


「無理だよ」


 と私は速攻で返す。


「私、あの子みたいに強くないし……」


「強くないじゃない!強くなるの!あすもきっと強くなれる!」


 羽生はぶは、私の手をギュッと握る。でも、その手にもう温度はない。


「……なれるかな?」


「絶対なれる!私がずっと見守って上げるから!」


 でも……。


「私、もう死んじゃったから……帰れない」


「そんなことないよ。まだあすは生きてる。だって羽生はぶの手、まだあったかいもん」


「……え?」


 まだ、生きてたの私?まだ、帰れるの?


「……羽生はぶ


「なあに?」


 私は目を擦って涙を拭う。今度こそ最後の彼女に涙なんて見せられない。


 そして私は彼女に抱きつく。羽生はぶは少し驚いたが、優しい笑みを浮かべて私の背中を擦ってくれた。


「……ありがと」


「うん。元気でね。また、小説見せてほしいな」


「うん。いつか、絶対。見せるから。遅くなっちゃうけど」


「いいよ。ずっと待ってる」


 私達は長い時間、抱擁し合った。この手を離したくない。ここから動きたくない。


 でも。逃げてばっかじゃ、何も始まらないよね。私には明日がある


 私は、羽生はぶと再び会うときまで生きる。理想の私を現実にするんだ。いつかその私になって会いに行くよ。



「またね、羽生はぶ






「……うう……ん……」


 私は誰かから急に起こされて唸っているような。そんな声を出す。


 そして私はゆっくりと起き上がり目を擦る。


 何回も嗅いだことある匂い。何回も寝た覚えのあるベッド。何回も見覚えがある白い天井。


 そっか。


 そう思いながら、私はゆっくりと身体を起こす。身体には包帯が巻かれていて、動かすとあり得ないくらい痛い。


 そしてそのタイミングで朝日が私を照らしてくれた。

 


    「明日」がスタートしたんだ。



 

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死にたい私が余命半年の女の子に出会うお話。 ここあ とおん @toonn

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