漫画家の俺と世界一可愛い声優の話
皮以祝
第1話 キャバクラは浮気じゃない!?
「行っていいわけなくない!?」
配信の開始ボタンを押せば、画面では視聴者のコメントが流れ始めた。
『こんこま〜』
『こんこま! 酔ってるw』
『いきなりで草』
『乾杯は?』
『今日もこまたんかわいくてすき』
「あー、はいはい。今日もお疲れ乾杯ー」
もう半分も入っていない缶ビールをカメラへ掲げて振れば、中身がちゃぽちゃぽと音を立てる。
『草』
『相変わらずですね…』
『さっきのやつかww』
『カンパイ!』
『もう飲んで帰ってきたわ』
『こんこまです!』
『残業でヘロヘロだったけど、そのおかげでリアタイできた』
「で、どう? 普通にナシじゃない?」
『なんのこと?』
『キレていいよ』
『妻どころか彼女もできたことないのでわからないです(泣)』
『私はギリギリギリ許す』
『私は私以外の女と話したら許さない』
『男の性だよ。許してやるのがいい女』
『ホストに会ってくるわ、みたいな? 許せない』
『今日も声優のお仕事あったんですか???』
『先生ってキャバクラとか興味あるの?』
「いつものやつ」
魔法の言葉を唱えれば、みんな納得してくれたみたいだった。
『先生って…』
『あー、なる』
『次はババヒロイン?』
『結構楽しいよ。普段は関わらないような人達と話せるし、何より聞き上手だから、こっちも口と心と財布が軽くなる』
『相変わらずで草』
『確認できて偉い!』
『行ったことないわ』
『こまたんに直接聞くとかやばくね?w』
「偉くないが? 聞く前に気づくべきだが??」
『まあ、風俗じゃなかっただけ…』
『今日彼氏に振られました。浮気を問い詰めたら逆ギレ。ありえない』
『この前はキャンプだっけ?』
『離婚案件!?!?』
『息抜きは必要』
『絶対許しちゃ駄目! つけあがるよ』
『こまたんのコスプレで』
『会話だけだし良いんじゃね?』
『ラティちゃんの声、マジカワでしたです!』
『経験として行ってみたいけど行く金ない…』
『浮気ではないかな。アフターは🙅♂』
「浮気! 結婚しててキャバクラは絶対浮気!」
普通にありえなくない?
なんでこんな可愛いお嫁さんがいるのにキャバクラ行く必要が?は?
『こんこまです! 何の話?』
『結論出たな』
『先生の新作楽しみ』
『取材、取材だから…(震え声)』
『俺40代だけどキャバでは若返る気がする。嬢がお姉さんに見える』
『台パンやめ』
『こまたんもやり返します? 協力できます』
『重くない? ただ話すだけだよね。その後とか実際はない』
『こまたんも一緒に行けば?w』
「一緒にか〜…いや、騙されない! そもそも行くのがダメ!」
目移りとか許せない。
一緒に行ったら、会話のプロに勝てるわけないし。
『先生ってお酒飲まないでしょ?』
『許さないと隠れていくんじゃない?』
『風俗は浮気かもだけど、別にいいんじゃない?』
『先生晒されてて草』
『今日もかわいい』
『こまたんと話せるだけで十分じゃない?』
『今日もお疲れ様!』
『こういうの何回目だww』
『先生って今何してる?』
「先生? 先生は…私の隣(の部屋)で寝てるよ」
私が帰ってきたときはまだ起きていたけれど、さっき見たら既に寝息を立てていた。
私を悩ませておいて、スヤスヤ寝ている旦那様を見てイラついたので、口を塞いだら苦しそうにしていた。
『草』
『お楽しみでしたね』
『通常運転』
『夢の中で行ってそう』
『先生スヤスヤで草』
『ラティ可愛すぎ。こまたん可愛すぎ』
『準備は既に始まっている。もう止めることは…』
『キャバクラって何が楽しいの?』
『じゃあ、先生って保育園にも取材に…』
『今日渋谷にいました?』
『もう3本目。今夜はオールで』
『結論、浮気かも』
『先生はサイン会とかしないんですか?』
「でもさ〜、私が嫌だからって理由で止めるのはさ〜…」
テーブルに頬を潰して缶を眺める。
うえ、カロリー見ちゃった…
…それは置いておいて、分かってる、私の旦那様は浮気をしようと思って言ったわけじゃないってこと。
そのつもりだったらわざわざ私に言ったりしな…言うかも…? あの人ちょっと変わってるし…
『夫婦の特権でしょ』
『めんど』
『酔えば全部どうでも良くなって忘れるよ』
『明日早いので続きはアーカイブで見ます! おやすみなさい!』
『ナイトプールの時はどうなったっけ?』
『kawaii』
『おじさんが慰めてあげようか?w』
『先生なら分かってくれる…はず』
『狛井さんはホストとか興味あるんですか?』
「ホスト? 私は興味ないかな、旦那様一筋。…な・の・にぃ〜!!」
バシバシとテーブルを叩いてしまう。
ごめんねテーブルちゃん、いっつもありがと。これからもごめんね。
『今日は何時までやるの?』
『いつまでもラブラブで羨ま…羨ましいか?』
『追加入りまぁす!』
『のすのす先生って顔は普通だよね』
『嫌なら嫌って言えばいい』
『漫画家って皆どこかおかしいから…』
『こまたんが駄目って言ったことは諦めてくれますし優しいですよね!』
『もうお風呂は入りました?』
「はぁ…邪魔しないって決めたはずなのになぁ…」
付き合い直した時も、結婚した時も、そのつもりだったのに、ままならない。
必要なことってわかってるのに、嫌な気持ちでいっぱいになってしまえば、あの人に諦めてもらってしまう。
『まぁ、こまたんも我慢してるし、どっちが悪いとかはないんじゃない?』
『ヘラってきたな』
『こまたんも仕事に精を出しましょう』
『大丈夫だよ! みんながついてる!』
『一回距離を置くとか?』
『お互いの理解が大事』
『先生が悪い』
『なんかいっつも言ってない?』
「…私以外の女がいなければ…?」
『ヒェ』
『現実逃避やめろ』
『それでもオトコはいるんだよなぁ』
『先生の寝顔まだ?』
『消さないで〜』
『目移りくらいは仕方ないよ』
『ヤンヤン』
冗談はこれくらいに。
1時間にも満たないこんな配信に来てくれる視聴者たちに感謝。
「寝顔は妻の特権で。…そろそろおしまいにしようかな。じゃあ、今日はおつこまでした」
『おつこま!』
『おつこま~』
『おつこまでした』
『まだはやくない?』
『おつこま~』
『おつこま~、今日もかわいかった~』
『おつこまー』
配信を閉じ、ひとつ伸びをする。
寝る準備しないと。
下着とパジャマを持ってお風呂へ。
お風呂とともに歯磨きも済ませる。
面倒だけれど仕方がない。
すべきことを終え、音を立てないように寝室へ。
先ほどと変わらない姿で、私の旦那様は寝息を立てている。
「…」
もう一度、今度は短く唇を塞ぐ。
起きる気配はなし。
お布団に潜り込めば、旦那様の体温で温まっていて、今日もよく眠れそうだった。
目を瞑り、眠りに落ちる短い時間、今日の配信に来ていた一つのコメントが気になっていた。
ωωω
「カイくん、風俗は行かないでね…?」
「恵来さん…朝から何の話ですか?」
私からの懇願に、エプロンを付けた旦那様は首を傾げていた。
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