第2話 19歳か28歳の妹にコスプレして欲しい

「カイくん、風俗は行かないでね…?」


 そろそろ起きてくるのではないかと、朝食をテーブルに運んでいると、寝癖をつけたままの妻が開口一番、朝に似つかわしくない言葉を発する。


「恵来さん…朝から何の話ですか?」


 風俗。

 今まで経験したことはないし、結婚した今、離婚でもしない限り、今後も経験することはないだろう。


「ほら、昨日言ってたでしょ。キャバクラも…いや…」

「…はい、わかりました」


 キャバクラも風俗に入るのだったか。

 恵来さんは両方とも嫌らしい。

 俺としても恵来さんに嫌な思いをさせてまで、どうしても行きたいというわけでもない。

 

「とりあえず、顔を洗ってきてください。目も覚めるでしょうし」

「…うん」


 恵来さんは、こちらをチラチラと振り返りながら、洗面所に向かっていく。

 この行動は、決まって俺からの相談を断った時に起こしている。はっきりと聞いたことはないけれど、原因はそれなのだろう。こちらはそこまで気にしていないというのに。


 今回はどうフォローしようかと考えつつ、テーブルに朝食を運び終える。

 本日の献立は、焼き鮭、卵焼き、納豆、おひたし、海苔、お味噌汁、五穀米。

 この如何にも日本の朝食、といったメニューは、ネットでそのように検索してヒットした画像を参考に作ったものであるため、当然とも言える。


「…ちょっと多かったかな」


 作っている最中も多少気がついていたが、並べてみれば、やはり作り過ぎてしまったと感じる。

 俺も恵来さんも、普段朝食はそこまで摂らないということを失念していた。


「…おはよ、カイくん」

「もう食べられますか?」

「うん…」


 恵来さんに続き俺も椅子に座り、手を合わせる。


「「いただきます」」


 恵来さんは卵焼きを口に運ぶ。

 咀嚼しているうちに、表情が和らいでいく。


「おいしいですか?」

「う、うん。いつも通り美味しいよ」

「言わせたみたいですけど、良かったです」

「ほんとに美味しいから!」

「はい」


 恵来さんは表情がコロコロ変わる。

 美味しいものを食べれば笑みを浮かべるし、苦手なものが出れば、正直に口の端を歪ませる。

 そのため、本当は言われなくても分かるのだけれど、言葉にされるのが嬉しいため、聞くことが癖になってしまっていた。


「…うん、ちゃんと出来てますね」


 味見もしたので大丈夫だとは分かっていたが、より美味しく感じる。


「その、いつもごめんね?」

「好きでやってることですから」


 料理は結構好きだ。

 勿論、手間に感じる時もあるけれど、何より…


「…だから」

「はい?」

「だから…その、私じゃだめかな?」

「…はい?」

 

 話が飛んでしまった。

 恵来さんが料理を作るということだろうか?

 あまり得意ではなかったはずだけれど…


「その、キャバクラの女の人の…コスプレみたいな」


 小さくなっていく語尾。

 恵来さんは、頬を赤く染めながら、こちらをチラチラと見ていた。


 想像する。

 色は、何がいいだろうか。

 赤、青…金、銀…?

 金銀は好みじゃない。

 恵来さんが、露出の多い格好をして給仕をしている。…いや。


「…」

「カイくん?」

「妹」

「ん?」

「本業じゃ恥じらいが…数年間の月日でプライドを持ってる。照れ、それに加えて…。…期待。大胆な格好で、今更…今なら?女性を感じさせる? 歳は…19。28? 半端な大人、アラサー。痛さが…」

「おーい、カイくーん?」

「19歳か28歳の妹にコスプレして欲しい」

「…カイくん、妹なんていないでしょ」

「ヒロインの年齢的に…一人くらい低いほうが? 若さに対抗する。展開的に…嫉妬の三角関係。義妹…は、期待が大きすぎる。実妹にして…諦観。これなら…」


 恵来さんに頭を下げる。

 本当にいつも、頭が上がらない。


「ありがとうございます、恵来さん。参考になりました」

「…うん、もういいや。悩んでるの馬鹿らしい」

「はい」

「ねぇ、それって馬鹿らしいのところに同意してない? 馬鹿にしてるよね?」

「朝ご飯が冷めますよ?」

「もう!」

「ふふ…」


 勢いよくご飯をかきこみ始めた恵来さんを見て、思わず笑みがこぼれてしまう。


「それで?」

「はい?」

「何だっけ、19か28の妹?」

「妹は今19です」

「うん、そう決まったのね」

「もういます」


 あとは育てるだけ。


「…うん。それで、なんで年齢で迷ってたの?」

「そうですね…」


 恵来さんにはどこまで話していたんだっけ。


「キャスト…キャバ嬢ですね。ヒロインの一人にしようと思ってたんです。それに加えて二人、教師の元カノ、会社の後輩。対抗馬として、もう一人はどうしようかとって話はしていましたよね?」

「うん、言ってたね」

「それで…これまではキャバクラのお客さんを対抗馬にしようとしていたんです」


 ネット上で検索すると、キャバクラに女性客はいるらしい。

 それも含めて実際にキャバクラに行って観察してこようとしていたのだが、恵来さんに反対されてしまった。だが、それよりもしっくりくる子を産めそうなので問題はない。


「19か28で迷ってた理由は、どちらも条件を満たせるからです。どちらも、成人にアラサーと節目になりますし。ただ、28の妹、特に今回は実妹ですから、主人公は30以上になりますよね。無理やりそれ以下にすることもできますけど、どちらにしても、主人公より年上のキャバ嬢のヒロインは30を超えますから、純粋に需要が減ると思います。30以上は子供がいるとかにしないと、あまり人気でないですし。義母とか、シンママとか。新しい読者層を開拓するのは今回は避けます。あくまで今の読者の満足する範囲で開発していこうかと。あぁ、それで19になった理由ですけど、そうすると他のヒロインの歳を簡単に共有しやすいかなと。19の妹が最年少のヒロインとして、キャバ嬢、まあ、そうですね…イメージしやすいように、ヒロインはお姉さんと元カノ、同級生としましょう。後輩は妹ほどじゃなくても年下。そうすると、多分読者的にも、会社の後輩は新入社員かその3年前後、ですので、22から25ですか。会社なら主人公と元カノはそれより3歳以上離れていたほうが、先輩後輩感も出やすいでしょうし、25から28、キャバ嬢はそれより年上で30より下にすると考えれば28から29。それで、妹を際立たせたいなら後輩の年齢は高いほうがいいですけど、最大まで高くすると、主人公とキャバ嬢の年の差が1つになります。それは小さすぎます。正直に言えば思い切って10歳…5歳くらい離したいんですけど、それはまたの機会として、妥協に妥協して2歳差。これで主人公とヒロインの歳は決定です。キャバ嬢は29歳。主人公と元カノはそれより2個下の27歳。後輩は3歳差の24歳。そして、妹は5歳差の19歳。それで決定です。妹は成人済みですけど、意識的には子供。後輩は22歳で就職として2年間勤務の3年目。転職なども考える時期で面白いですし、元カノはアラサー始めで少し将来を考え始める、キャバ嬢は30手前で、アラサー始めよりも焦りがなくなる、というより覚悟が出来て…」

「うん、成人ばっかりの登場人物の中に一人くらい未成年…いや、今は未成年じゃないけど、そういう感じの子がいてもいいよね、キャラクターのばらつきもちょうどいいよねってことだよね」

「ざっくりいうとそうですね」

「ごちそうさま!」

「はい、お粗末様でした」


 元気いっぱいに手を合わせる姿に幼子を幻視しつつ、恵来さんの食器を受け取り、シンクへと運ぶ。さて、洗ってしまおう。


「手伝うよ!」

「はぁ…恵来さんは、これから仕事でしょう?」

「まだ早いよ」


 確かに、恵来さんが家を出るにはまだ余裕のある時間だけれど、それよりも俺はもっと時間に余裕ある。


「とにかく、手伝うよ!」

「…はいはい」


 こういう時、恵来さんは頑固になることをもう知っている。

 やりたいというのなら、こちらとしても不都合はない。

 しかし、朝食の分のみ。

 お皿数枚にコップ、5分もかからない。 


「手伝ってくれてありがとうございます」

「…」

「恵来さん?」

「ふぅ…よし!」


 恵来さんは気合を入れると、顔を上げ、こちらを見上げる。


「うざいだろうし、これで最後ね! キャバクラはいや、ごめん!」

「…はい、わかりました」

「軽いなぁ~」


 肩に頭を乗せられる。

 何度も経験した重さ、心地よさ。

 手を拭き、水気を取って、引き寄せる。


「だって…恵来さんのこと、世界で一番愛してますから」

「…」

「んっ、…いきなりはびっくりしますから」



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