第三十三話  花と風の帰還

 佐久良売の部屋で。


「佐久良売さま……! 

 ありがとうございました。

 佐久良売さまに良くしていただいたこと、一生忘れません。」


 凛々しい濃藍こきあい衣の古志加こじかは、麗閑れいかん(美しくしとやか)なる美女、佐久良売さくらめに抱きつく。


「古志加。

 あなたに会えて良かったわ。

 あなたには、命を救われました。

 おみなとして、自信を持って!

 あの従者に、東舞あづままい、見せるのよ。」

「はい!」


 次に若大根売わかおおねめに抱きつき、


「元気で! みなもとが無事に帰ってきますように。」

「古志加も、あのムッツリ従者と、上手くいきますように。」

「ふふふっ。」

「きゃらきゃらきゃらっ。」

「ありがとう!」

「あたしも、ありがとう、古志加……。元気でね!」




    *   *   *




 十月。


 良く晴れた日。


 焼け落ちた輝慕門きぼもんを背景に。

 桃生もむのふ山を降りて、これから旅立つ者たちが、別れの挨拶を交わす。

 鷲鼻の嶋成しまなりが、お腹のぽよんと出た久自良くじらに話しかける。


「じゃあな……、何か困った事があったら……、いや、鎮兵に飽きたら、牡鹿おしかに来いよ!

 拝辞はいじ(鎮兵を辞める為におさめるお金)も、オレが払ってやる。

 この桃生柵もむのふのきの戰を語らえる友が傍にいてくれたら、嬉しい。」

「悪くないな! さすが貴族さま。」


 久自良くじらは、にかっ、と笑った。

 頭に藍色の布を巻いた花麻呂が、


「嶋成。貴族でも、そうでなくても、おまえが好きだぜ。古志加こじかを身をていして守ってくれて、ありがとう。」


 と、嶋成に抱きつく。

 古志加も嶋成に……、抱きつかず、にっこり笑って、


「ありがとう。」


 と言う。鎮兵の汗志うしが、


「古志加の郎女いらつめの可愛い顔も見納めだな。」


 と言ったので、


 ───うべなうべな。

 ───可愛い顔が見納めだ!


 皆が合唱する。


「もうっ! そんなこと言って! 郎女いらつめじゃないよ!」


 むっ、と唇をつきだした古志加は、すぐにニッコリ笑って、


「皆、ありがとう!

 あたし、ここで強くなれた!

 一生、忘れないよ!」


 と大声で言う。

 花麻呂は久自良とも抱き合い、背中をバシバシ叩く。

 嶋成がしんみりとした顔をする。


「また会えるかなぁ。」


 古志加がおおきな瞳で、しっかりと嶋成を見た。笑顔で、目は強い意志で輝いている。


「ううん。多分、もう会わない!」


 ちょび髭の五百足いおたりが、


上野国かみつけのくにだからな……。陸奥国みちのくのくにからは遠い。」


 と穏やかに言う。


「そうだよな……。はぁ、みなもともこの場にいれば良かったのになぁ……。」


 嶋成はますます、しんみりと言う。

 柔らかい微笑みで皆を見守っていた真比登が、


「古志加、花麻呂! 大川さまと三虎によろしくな! 気を付けて帰れよ!」


 と、馬にまたがった二人に言う。

 古志加と花麻呂は、上野国かみつけのくにに帰る。

 嶋成は、牡鹿おしかに帰る。

 真比登は、いったん、多賀たが城に戻り、事後処理を終わらせたら、軍監ぐんげんを辞め、鎮兵を辞める。

 真比登を慕い、鎮兵を抜ける予定の者もいた。

 五百足いおたりもその一人だ。

 花麻呂が馬上で、


「皆、元気でな!」


 爽やかに言い、花麻呂の隣で馬に乗る古志加が、


「たたら濃き日をや!(さよなら)」


 おみなにしては低い、よく通る声で挨拶をし、いさぎよく旅立った。

 真比登は、


「花と風みたいな二人だったな。」


 と、笑顔で見送った。


「そうですね。」


 傍に控えた五百足いおたりが目を細めて頷く。







    *   *   *






 十一月。



 古志加と花麻呂は、十二日かけ、桃生柵もむのふのきから、上野国かみつけのくに上毛野君かみつけののきみの屋敷に、帰ってきた。

 うまやで馬の世話を終え、


「皆───! 帰ってきたよぉ───!」


 古志加は元気よく両手を上にブンブンふって、上毛野かみつけのの衛士えじ卯団うのだんの広庭に走りこんだ。

 花麻呂も、古志加の後ろについてきている。


「古志加───!」

「花麻呂も───!」

「おかえりぃ───!」

「良く無事だったな。」

「花麻呂、男をあげやがって。」

「古志加。おまえがいなくて、寂しかったよ。」


 衛士の仲間たちが、ホイホイ、古志加に抱きついて、団子のようになった。

 花麻呂は、そろり、と一歩さがり、ぎゅうぎゅう団子から逃げ出そうとしたが、


「逃がすと思うてか。」


 目端めはしのきく薩人さつひとにつかまり、抱きしめられた。

 薩人さつひとは背が高く、ひょろりとして、顔が細長く、目も細い。


「髪の毛なんてよこしやがって、バカ。」

「へへ、すまねぇ。で、髪の毛は……。」

「まだオレが持ってるよ。返す。おのこの髪の毛なんて持ってられるか。恋人でもあるまいし。」

「ははは……!」


 花麻呂と薩人はかたく抱き合う。

 古志加は、ぎゅうぎゅう団子の中心で、


「きゃっきゃっ。」


 と、楽しそうに笑っている。

 古志加は、いつもそうだ。

 ここ、卯団が、古志加は大好きで、ここが居場所なのだ。

 それは花麻呂も同じ。


「くぅ〜っ、帰ってきたぞぉ───!」


 花麻呂は、嬉しさがこみあげ、薩人に抱きつかれながら、天にむかって両腕をつきあげた。

 花麻呂の親友の阿古麻呂あこまろが、がばっと花麻呂と薩人に抱きついてきた。


「おかえり!」

「ああ、ただいま。」







   



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