第三十ニ話 擁衞
「あたくしはここで
そうしないと、朝獦さまの怒りは、お父さまにも、
あなたは早く、お逃げなさい、
「しっかりしろ!
血迷うな!
あなたには、真比登がついてる。
あなたと真比登は、本当に慕いあう
真比登はあなたのことを、息の
あたくしにとってもそうよって、あなたはあたしに教えてくれたじゃないか!
死んだらダメだ!」
「真比登を生かすためにも、あたくしは死ぬのよ。
朝獦さまの怒りは
あたくしがここで、食い止めないと……。」
「ばかっ!
鬼になんかに惑わされるな!」
古志加が、佐久良売の右手から
刀子は、炎をつきやぶり、タン! と柱に突き立った。
「良く見ろ!
あの
真比登の刀子に貫かれて、鬼は去った!
良く見ろ!」
そんな
「消えた……?」
さっきまで、炎のなかに見えていた朝獦さまが、消えている。
「当たり前だ! 真比登は、強い。
あなたの
この先、鬼が忍びよってきたって、そんなもの、何回だって
目を覚ませ!
真比登の強さを思い出せ!」
「真比登……。」
初夜の寝床で。
「素敵ね。あなたの
いつも肌身放さず、身につける事にします。」
と真比登を見た。
真比登は
「この
優しく、頼もしく、愛おしくて胸が痛くなるほどの、笑顔を浮かべて。
あたくしの、愛しい真比登……。
「佐久良売さまが死んだら、真比登はあたしを殺そうとするよ。あたしは真比登と刺し違えて死ぬよ?
二人で佐久良売さまのあとを追っちゃうんだから。
うわぁーん!」
古志加が
(ん? なんですって? 聞き捨てならないわね。)
佐久良売のなかで盛り上がっていた何かが、急速に、しゅうぅ、と
「真比登を殺させないわ。
バカね。
そんなこと、あたくしが許すわけないじゃない。
古志加。逃げましょう!」
「佐久良売さま!」
古志加は、ずびっ、と鼻をすすり、ほっとしたように笑い、
「失礼します!」
佐久良売を二の腕で男のように抱き上げた。
「あっ?」
「口を閉じて。舌を噛まないように。」
「え?」
一歩、二歩、三歩、部屋の出口にむかって駆け、四歩目。
「……はっ!」
古志加は見事な跳躍を見せ、燃える
(
古志加の首に腕をまわした佐久良売は、彼女の肩ごしに、真比登からもらった大事な
佐久良売の胸に悲しさがこみ上げる。
と、同時に、
古志加は、すたっ、と着地し、佐久良売をおろす。
「さ、走りましょう。」
「あなた……、
「どうも!」
走る二人を炎が襲い、佐久良売の
「きゃあっ!」
「失礼します!」
目にも留まらぬ速さで古志加が抜刀し、佐久良売の裳裾をつかみ、大きく切り取った。
火は、佐久良売に燃え移らなかった。
かわりに、膝上まで、佐久良売の足が斜めに露わになった。
「申し訳ありません。」
「良いわ。ありがとう。走りましょう!」
「ええ!」
(あたくしは死なない。
真比登のもとへ帰る。
朝獦さま、お許しください。
あなたとは、ここで別れを告げます。
あたくしは、真比登を死なせるわけには、いかないの。)
佐久良売は、最後に、後ろを振り返った。
やっぱり、炎のなかに、朝獦さまは見えなかった。
かわりに。
……ゆら……。
と揺らめく、白い小さな光の
前を向いて、生きる道を、真比登へと戻る道を、ひた走る。
命からがら、
古志加は、すこし、手を火傷し、髪の毛が焦げた。
佐久良売も、足に軽い火傷は負ったが、あとの残るほどではない。
不思議なほど、顔は、火傷をしていなかった。
「佐久良売さまぁ!」
「佐久良売、うおぉぉぉ………。」
と人目もはばからず、泣いた。
「良かった!」
「ご無事で!」
と口々に言う、兵士や、
つまり、切れた
古志加が、さっ、と佐久良売の前に立ち、
「
後ろ向けっ!
後ろ向かなかったヤツは、真比登に言いつけるよ!」
と大声をだしたので、わらわら、
あたりの雰囲気が、
佐久良売は、ふっ、と肩の力をぬき、
「古志加、ありがとう……。あなたには、命を助けられました。」
と、古志加の後ろから柔らかく抱きついた。
「あたくしが、あそこでしようとしていたこと……。」
自分で首を斬ろうとしていたこと。
「真比登には言わないで……。」
(真比登が知ったら、心配をかけてしまう。)
古志加は、大人しく佐久良売に抱きしめられたまま、
「わかりました。誰にも言いません。」
と
* * *
半刻(1時間)のち。
着替えをすませた佐久良売は、広場にいた。
「佐久良売さま───!」
左頬にミミズ腫れのある、
ひらっと馬から降り、
「はあっ、はあっ、佐久良売さまぁ……!」
佐久良売は、
「あ、うわ……。わああああ───……!」
真比登は、大粒の涙をこぼして、泣いた。
「よくぞご無事で! よくぞ……!
佐久良売さま。佐久良売さま。あなたに何かあったら、オレは生きていけない……!」
「真比登。あたくしは生きてるわ。」
(……死なないで、本当に良かった。)
佐久良売も、真比登の腕のなかで、泣く。
「古志加が助けにきてくれたのよ。」
「古志加〜〜、ありがとう〜〜〜! この恩は忘れない。」
古志加は笑顔で、
「
とだけ言う。
真比登の震えはおさまらない。
「佐久良売さま。怖かったんです。」
「ふふ……。真比登?」
「はい?」
「口づけして。」
「はいっ!」
二人は、深い口づけをした。
───久しぶりに、この二人の口づけを見たな。
───ああ、ここ最近、佐久良売さま、落ち着いてたからな。
鎮兵たちが話す。
もう、この二人を見慣れた古志加が、ちょこん、と首を
「これで見納めかな?」
隣に立った花麻呂が、
「うべなうべな。」
と
───うべなうべな!
と合唱する。花麻呂は、ふと、古志加を見た。
「おまえ、最後まで、うべなうべな、言わなかったなあ!」
「ふふん。言わないよっ。」
古志加は、にっこり笑った。
* * *
十月。
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