第三十四話 土いじりは楽しいですわ。
お腹のぽよんと出た、鎮兵の
ちょうど、井戸に水をくみにきていた、妻、
「あ、ああ……! あああ……!」
目にみるみる涙がもりあがり、だっ、と走って
「はは……! 熱烈な歓迎だな。」
「久自良、久自良、無事で……!」
「ああ、無事だ。
帰ってきたよ。
スズナ(カブ)の種をたくさん送ってくれて、ありがとう。嬉しかった。
お土産話が、たくさんあるぞ。
「うん。それも嬉しいけど、無事に帰ってきてくれたことが嬉しい。寂しかった、会いたかった。」
「オレもだよ。ずっと、会いたかった。今夜は、たくさん、しような?」
「もうっ! バカ! ……する。」
* * *
「実は、あなたのところの使者、
だから、
嶋成さま、大椿売は、あなたへ届ける握り飯代を
「佐久良売さま……。」
大椿売は困った顔をしたが、
「大椿売、そこまでしてくれていたなんて……。」
「あたしがしたくて、した事です。あなたに握り飯を届けるのは、楽しかった。」
嶋成は、はにかむ大椿売がますます愛しく、大椿売の手を握った。
(父上とは、喧嘩別れ。
顔を殴られて、屋敷を飛び出して、それきりだ。
一回、米を
でも、
嶋成は、
久しぶりに会う父上は、記憶と同じ威圧感だった。
父上は、嶋成が後ろにつれた大椿売にちらり、と目をやったあと、ギロリ、と嶋成を
「……
一言、
「なった! オレは、一度も、逃げなかった!」
嶋成は、左袖をまくった。
矢傷、刀傷を治療した火傷あとだらけの、左腕を、見せた。
「ふっ。」
父上が笑って、倚子から立ち上がり、ばっ! と
あらわれた胸、右肩、右腕は、刀傷だらけだった。
父上も、戰場に立ち、のし上がった、
「この傷の意味が、重さが、わかったか。」
「わかった!」
自分の命を敵の刃の下にさらす、恐怖。
それに打ち勝つ、豪胆さ。
仲間を信じ、支えられ、自分も支える。その尊さが。
守るべき者の為に戰う、
「オレはわかった!」
「……
その後ろの
「
「
大椿売は、優雅に礼の姿勢をとった。
「オレの
控えめな母刀自は、父上の会話に口を挟まず、父上の隣にいる。
大椿売を妻にするには、母刀自の了承が必要不可欠だ。
母刀自は、父上を見た。
父上は、
「うむ。」
と
「ええ、わかりました。婚姻を許します。」
「ありがとうございます!」
「
嶋成を頼みます。」
「盛大に、婚姻の儀を
私からも、不肖の息子を頼みます。」
「あ……! ありがとうございます!」
緊張していたのだろう、感極まった大椿売の目から、涙が、ぽろり、と零れた。
嶋成は、大椿売の手をとり、ぎゅっ、と握って、大椿売に、
(大丈夫だよ。)
と頷いた。大椿売は、嬉しそうに、椿の花が咲くように、笑った。
それを見て、父上も、母刀自も、優しい顔で笑った。
(あれ……、父上、こんな顔するんだ……。
オレ、ここに帰ってこれて、良かった。)
そう思ったら、なんのわだかまりもなく、口から、
「父上、これからは、
と、言葉が出てきた。
「うむ。……期待しておるぞ。」
期待。
その言葉を聞けたのは、記憶にあるかぎり、初めてかもしれない。
「嶋成さま……。うっ。」
嶋成の背後では、ことの成り行きを見守ってくれていた
「坂盾。今まで迷惑をかけた。これからはオレのそばで、オレを支えてくれるか?」
「嶋成さまぁ〜〜〜!
なんとご立派になられて。
うはぁ───!」
坂盾は、びしょびしょに泣いた。
* * *
夕焼けに照らされて。
汚れても良いように、質素な衣で、大椿売は、嶋成と一緒に、牡鹿の屋敷の庭の一角で、畑を作っていた。
「こうですのっ?」
土を耕すところからだ。
「きゃっ。」
尻もちをついてしまった。土は柔らかい。痛くはない。
「ははは……、気を付けて。こうですよ。」
嶋成が手本を見せる。
「うふふ……。」
大椿売は、幸せで、笑ってしまう。
(嶋成と、土いじりができる日が来るなんて。
思いもしなかった。)
嶋成が土のついた顔で、こちらを見た。
「楽しいですか?」
「楽しいですわ!」
二人は、笑いながら、夕陽が落ちるまで、畑を耕し続けた。
* * *
「メユカは千回だって好き」
https://kakuyomu.jp/works/16818093087429206627
もご用意しています。
一話読み切りですので、お時間があったら、ぜひ、いらしてください。
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