第二十八話 狂狡に堕つ
※
* * *
【陸奥国按察使兼鎮守将軍正五位下藤原恵美朝臣朝猟等。
教導荒夷。馴従皇化。不労一戦。造成既畢。
又於陸奥国牡鹿郡。跨大河凌峻嶺。作桃生柵。奪賊肝胆。】
荒ぶる
また、
───藤原朝獦らが徳を持たない
また、
※すごーく名前と役職名の長い
* * *
石畳の広場が中央にあり、
「ああ……!」
西の脇殿以外、どの建物も、燃えている。
とくに重要な政務を行う
広場では、火矢を持った賊二十人ほどと、日本兵三十人ほどが入り乱れ、戰っている。
斬り伏せられた賊が、日本兵が、広場にてんてんと倒れ、あるところでは折り重なり、石畳に血溜まりを作っている。
佐久良売は一瞬、顔を
(恐ろしい。)
(ひどい!)
(もう嫌。もう、たくさん。どうして人は争うの……。)
目をギュッと
(今は、考えない!)
意を
日本兵は、猛威を振るう蝦夷の
(南門に近づかなければ、多分、危なくない。)
日本兵の守りの背後、
増援に駆けつけた兵士。
逃げ惑う文官。
悲鳴をあげ、右往左往する、郷の避難していた人々。
数人だが、桶に水をくんで持ってきて、燃える建物にかける者もいる。火の勢いは衰えないが……。
「お父さま、お父さまはどこ?!」
叫び、あたりを見まわすと、若い文官の男が、
文官は、
「───まだ、
「もう遅い! なかは火の海だ!
死にに行くようなものだぞ、やめろ!」
佐久良売はぽつりと、
「……お父さまは、なかにいるのね。」
つぶやく。
佐久良売は、己の思考がまともでない、と自覚する。
(かまうものか。
燃える
お父さま。今、あたくしが行きます。)
佐久良売は、
二の
「きゃああああ!
佐久良売さまぁ───っ!
お戻りくださいまし───っ!」
恐慌状態になり、両頬を手で覆って、叫んだ。
「
「
「オレがなかに行く。おまえはここで待て!」
「
ふりはらい、正殿のなかに消えた。
「うっ……。」
「あたしも行く!」
と駆け出すが、
「やめなさい!」
兵士に腕をつかまれた。
「離して! 佐久良売さまが!
いや───っ!
佐久良売さまぁ───っ!」
絶叫するが、兵士の腕を
* * *
炎がさかまく。
赤い灼熱の舌が、床を、一尺二寸(約36cm)の柱を、机を、倚子を、贅を凝らした丸い
燃える。
燃える。
全て燃えてしまう。
「お父さまぁ───っ! ごほ、ごほっ……。」
佐久良売は、手布で口をおさえ、
火の粉が散る。
ごうごう、と炎が燃える音がし、白い煙、灰色の煙、黒い煙があたりに立ち込める。
「くっ!」
「ごほっ、お父さま、お父さま!
あたくしです。佐久良売です。
どこですの?」
あたりを必死に見回す。
机の下、仰向けで倒れている
「お父さまっ! しっかりなさって!」
佐久良売は父親を抱き起こす。
「う……ん、佐久良売か? なんでここに……?」
「どうでも良いですわ! 早く逃げましょう!」
「ん……、そうだな。」
佐土麻呂は立ち上がるが、ふらついた。
「お父さま!」
佐久良売が肩を支える。
「ああ、すまないな……。」
「謝らなくて良いですわ。さあ、歩いて!」
「ふふ……。」
佐土麻呂は、このような状況だというのに、小さく、嬉しそうに笑った。
「
「
「そう。本当に美しい
その、若い頃の姿で、私に笑ってくれていた。目をあけたら、佐久良売がいて……。そっくりになったなあ。」
佐土麻呂は、片足を引きずっている。
炎を避け、ゆっくり歩きつつ、佐土麻呂の口は止まらない。
「佐久良売も、
佐久良売、
「何を言うのです?!」
「
戰のお陰で、帰ってきたおまえが、嫌がっていると知っていながら、無理に縁談をさせた。どうしても幸せになってほしくてな。
だが、今から思えば、それも私のワガママだったかもしれん。
許せ。」
「お父さま。あたくしも少々、ワガママがすぎました。ツンツンした態度をお父さまにとりました。お許しください。」
「ふふ……。」
佐土麻呂がまた、笑った。
「幸せかい?」
「ええ、あたくし、真比登を
「そうか。……充分だ。もう、私を置いて、一人で逃げなさい。」
「お父さま!」
「火が見えて、恐慌状態になって逃げる人に突き飛ばされて、踏まれたらしい。足を
父を置いて逃げなさい。」
「そんなことできませんわ! ……ごほっ!」
そこに
「佐土麻呂さま!
オレが北門の修繕の下調べに行ってる間に、なーにやってるんですか!
早く逃げますよ!」
ぶちぶち小言を言いつつ、佐久良売が支える逆側の肩を、素早く支えた。
佐土麻呂の歩みが早くなる。
そこへ。
バアーン! と、燃えた柱が倒れてきた。
↓挿絵です。
https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818093083448405918
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