第十五話  若大根売は旅の空を思う。

 若大根売わかおおねめ土器土器どきどき日記にっき


 お姉さまへ。


 昨日は、佐久良売さくらめさまは古志加こじか東舞あずままいをご教授なさいました。

 佐久良売さまの、采女うねめとして鍛えられた舞が美しいのは、言わずもがな。


 びっくりなのは、古志加です。

 佐久良売さまは、


 ───この時は、右上を見なさい。視線の動きと、首の動きを連動させなさい。

 性急に動かさない!

 ゆっくり、ゆっくり、視線を移動させるんですよ。


 という指示に従って、舞いながら流し目を送るんですが、あまりに色っぽくて、おみなのあたしも、なぜかドキドキしてしまいました。

 古志加って本当にくわ

 きっと、あの団子のようにツルッとした顔の従者も、この古志加を見たら、心臓しんのぞうを鷲掴みにされるに違いありません。


 そう、呑気に思っていたら、なんと今日、佐久良売さまが、


 ───ほほほ、若大根売わかおおねめ、古志加に舞を教えて、あなたに教えないなんて事は、もちろん、ありません。


 と優雅に笑って、あたしに東舞を教えてくださいました。


 うえーん!

 ふぎゃーん!


 舞って大変ですぅぅぅ!

 あたし、何回もころんでしまいました。


 ───あなたも、みなもとが無事に帰ってきたら、この舞を披露してあげなさい。

 きっと、喜ばれるわよ。


 佐久良売さまは、そう言って、微笑んでくださいました。

 お優しいです。

 でもあたしの膝は、ころんで打ち付けて、じんじんです。

 ひーん……。






 お姉さま。


 源は無事に旅しているでしょうか。


 あたしは今日も、源の眼差しを思い出して、眠ります。



      若大根売わかおおねめより。



    *   *   *





 若大根売わかおおねめの土器土器日記。


 お姉さまへ。


 無事、佐久良売さまに、舞の合格を頂戴しました。

 やった、やった!

 これであたしも、平城京の采女みたいな優雅な舞姫です。

 なんちゃって!!

 きゃっはー!






 お姉さま。あたし、佐久良売さまに、源たちの道行きを教えてもらいました。


 ───源たちが行く道の名前は、東山道駅路とうさんどうえきろ


 陸奥国みちのくのくに多賀たが城、下野国しもつけのくに上野国かみつけのくに、信濃国、美濃国、近江国の国府こくふ(国のお役所)を経て、奈良、平城京へ至る。


 道幅は、五けん(約9メートル)。左右には、排水するための溝も掘られている。

 奈良から最短距離を得るために、山あいなどを除いて、平らな道が、まっすぐ、ひたすらまっすぐ伸びる。


 三十(約16キロメートル)ごとに駅家えきかがあり、馬の替え、食事の提供、宿泊施設がある。


 良民りょうみん(平民)は駅家えきかの利用は、できない。

 駅鈴えきれいを持つ、大和朝廷の使者か、地位のある者のみが使える。


 大川さまが一緒なので、源は、駅家を使って旅をするでしょう───。

 と、佐久良売さまが教えてくださいました。




 源は、今、どのあたりを進んでいるのでしょうか。

 道中、無事でありますように。





    若大根売わかおおねめより。




   *   *   *





 若大根売わかおおねめの土器土器日記。


 お姉さまへ。


 今日は雨が降りました。ざーざー降りです。

 佐久良売さまは、小鳥売ことりめ大椿売おおつばきめを部屋にお呼びになりました。

 小鳥売と大椿売が並ぶと、二人ともふっくらなので、福を感じます。

 良いなぁ、あたしももっとお肉が欲しいっ!


 ───大椿売、嶋成しまなりさまとは、その後、順調なのかしら?

 困ったことはない?


 佐久良売さまは素晴らしいお気遣いです。


 ───佐久良売さま。あの……、順調です。でもあの、その……。


 ───何かしら?


 ───あたし、なんでかしら、初めてなのに、初夜もすっごく良かったんです。こんなに気持ち良いとは思わなくって……。

 母刀自には、さ寝は、はじめは、そんなに良くは感じない、と教わりました。

 あたし、変なんでしょうか……?


 佐久良売さまは、


 ───まあ!


 と目を丸くし、小鳥売が、


 ───わかるわあ! あたしも、五百足いおたりが優しくて、初夜から、幸せでいっぱいよ。

 初めてだけど、気持ちよかったわ!


 と言ったので、あたしもつられて、


 ───わかるわぁ。あたしも源が……。痛いは痛かったけど、こんなに気持ち良いものかと、びっくりしたわよ。


 と照れながら言ったら、佐久良売さまが、


 ───まあ! まあ! ほほほ……。

 皆、仲が良くてよろしい事ね。

 大椿売、安心なさい。初めてで、気持ち良いか、そうでないかは、人それぞれよ。

 嶋成さまは頑張ってくださったのね。

 あなたの愛子夫いとこせに感謝なさい。


 ───はい、ありがとうございます。佐久良売さま。


 大椿売は安心したようです。

 さすが佐久良売さまです。

 次に、佐久良売さまは小鳥売の方を向いて、


 ───小鳥売、何も心配はいらないようね。

 今後、何か困ったことがあったら、あたくしに相談なさい。

 あなたのつまは、あたくしのつまの腹心。

 夫婦円満であることは、ひいては、真比登まひとの為になると思っています。協力は惜しみません。


 ───ありがとうございます。心強いです!


 小鳥売は、ふっくらした顔で笑いました。

 

 ───若大根売わかおおねめ……。


 佐久良売さまは、しばらく無言で、あたしをご覧になりました。心にみるような笑顔です。


 ───あなたの恋いしい君は、あなたを置いていってしまったけれど、良き夜が過ごせたようね。

 良かったわ。


 ───はい、佐久良売さま!


 そこまで言ったら、あたし、ぽろっ、て泣いてしまいました。

 佐久良売さまがあたしを抱きしめてくださって、小鳥売と大椿売も、あたしを撫でさすって、慰めてくれました。







 源が恋いしいです。


 あたしを二晩、抱いて、旅立ってしまった人。


 また会いたい。

 源に笑顔で見つめられ、抱きしめられ、裸の胸に、顔を埋めたいです。

 またあの、幽玄の森で身体が夜空に浮かぶようなさ寝を、あたしに与えてほしいです。


 それを夢見て……。


 また今日も眠りにつきます。




 この降り止まぬ雨は、旅する源も、濡らしているのでしょうか……。

 風邪などひきませんように……。

 源の無事を祈ります。



     若大根売わかおおねめより。




   *   *   *



 

 ───多賀城を発し、菊多剗きくたのせき勿来なこその関)を越え、東へ。宇頭坂うとうざか宇頭山うとうやま)を越え、陸奥国みちのくのくにの駅、雄野おぬの駅家えきかを過ぎ、山また山。

 白河剗しらかわのせき(白河の関)を越え、下野国しもつけのくにの駅、黒川くろかわの駅家えきかに至る───。


 パシャパシャ……、雨のふるなか、水たまりを踏む馬のひづめが、大きく泥水を跳ねさせる。


 見目みめうるわしきおのこ、大川が、黒川くろかわの駅家えきかの門をくぐりながら、


「明日は那珂川なかがわを越えるぞ。今日は早く寝て、良く休め。」


 と、旅する一同に告げる。

 みなもとが、ひとり立ち止まり、雨の降り止まぬ西の空を見上げている。

 無表情な三虎がふりかえり、


「どうした?」


 と声をかける。

 菅笠すげかさ(レインハット)の下、源の、おのこにしては可愛らしい顔には、うっすらと微笑が浮かんでいる。


「オレのいもの声が聞こえた気がして。」

「そうか。」


 三虎は、つきあってられん、というように、源を置いて前に進んだ。


若大根売わかおおねめ。朝に夕に、オレの魂をたまふ。

 離れていても、オレの魂の一端いったんを、空に飛ばして、あなたのそばに届けるよ。

 きっと、そのように、若大根売わかおおねめも、オレを思ってくれている。

 離れていても───。

 愛してるよ。)



 

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