第十四話 大ひれや 小ひれの山は
「三虎の気をひくなんて、あたしには無理……。」
泣きながら
「無理じゃない!
できる!
努力なさい!」
佐久良売は犬歯をむきだしにして、かあ、と
「ひい。」
古志加の涙がひっこんだ。
「このあたくしが、じきじきに、
たしかにあなたは、女官として
またあなたの想い人に会えたら、この舞を披露して、心を
「舞なんて、踊ったこともありません。それに、舞を踊れても、それで三虎の心を鷲掴みになんて、できると思えません。」
「あら。
おほほ、と佐久良売が品良く笑うと、古志加が真っ赤になって、
「そ、そんなに効果があるものですか……。」
と照れて、もごもご言った。
「あたし、佐久良売さまと真比登、お二人を見ているの、好きです。
あたし、ある人から、本当に慕いあう
でも、そんな
ここに来て、佐久良売さまと真比登と出会った時、見つけたって思ったんです。
実はこっそり、お二人のことを観察してました。
それでわかったのが……。」
そこで古志加は、顔色をうかがうように、佐久良売を見た。
本来、佐久良売と古志加には、身分差がある。
佐久良売は、続けてかまわない、と、微笑みながら頷いた。
「佐久良売さまは、普段は、きりっとしたお顔で過ごされています。
でも、真比登と会う時は、目尻がさがって、穏やかな顔になります。
真比登も、佐久良売さまを見ると、でれっと顔がゆるんで、佐久良売さまが愛しくてたまらない、という顔になります。
お二人が一緒に立っていると、幸せなんだなって、見ててわかります。
それが、本当に慕いあう
「うふふ、その通りよ。
でも、それだけじゃないわ。
真比登は、あたくしのことを、息の
あたくしにとっても、そうよ。
真比登が無事に生きていてくれるから、あたくしも、落ち着いて毎日を過ごすことができるの。
お互いの無事が、生きる支えなのよ。」
古志加がうっとりと笑顔になり、目が、感動で潤んだ。
「素敵です!」
「ありがとう。さ、古志加。
佐久良売は笑顔だが、全身から立ち上る迫力は、鬼気迫るものがある。
「はい!」
古志加はごくり、と生唾を呑み込んだ。
* * *
舞は、口で歌いながら、大きい薄い
「※
大ひれや 小ひれの山は や
山は寄らなれや
や 寄りてこそ 寄りてこそ……。」
(大きな山よ、小さな山よ、山は近寄って見てこそ素晴らしい。
遠くから見た時は素晴らしくないけれど。
近寄って見てこそ……。)
足を踏み出し、地面につくだけでも、
「違う!もっと足先をゆっくり。踵から足先までためらいがちに、恥じらいを持って地を踏みなさい!」
何を言ってるのか、わからない。
「指先にまで神経をめぐらせなさい。
ああなぜ、指をまっすぐにしてしまうのです。手の甲をそらせ、指もそらせるのですよ。爪まで意識しなさい!」
手をまっすぐにして手刀で人体を打つのなら得意なのだが。
部屋に帰ってきた
「古志加、がんばって! 佐久良売さまに
と応援してくれる。
「頑張る。ありがとう
「
体力には自信があり、しとやかな動作も、女官として今まで鍛えられてきた自信があったが、古志加は床に
「あ、足がもつれて……、あたしもうダメ……。」
佐久良売さまが、
「立ちなさい! まだ、終わっていませんよ!
もっと美しさに、
頑張りなさい。
剣を磨くように、己を鍛え、
と喝をいれる。もともと、剣の鍛錬が好きで、真面目に稽古に取り組んできた古志加だ。
(剣を磨くように……、己を鍛える!!)
「うおお───! あたし、頑張ります!」
目に闘志を燃やして、古志加は立ち上がった。
「古志加、かっこいいわ……!」
と両手を胸でくみ、佐久良売は、
「その意気や良し! さあ、良く見ていなさい。」
と、もう一度、お手本を舞ってくれる。
佐久良売さまの舞は、しとやかでありながら、華やぎに満ちていて、生来の美貌とあいまって、目が離せない。
その美しさに、ほぅ、とため息をつきそうになる古志加だが、
「何をぼさっとしているの。あたくしの隣に立って、まったく同じに舞ってごらんなさい。」
と厳しく言われてしまう。
「はいっ!」
* * *
結局、初日、佐久良売は、午後から顔を出すつもりだった医務室に、しばらく顔をだせません、と、追加で
古志加に教えた
しかし、目線や、足運びなど、佐久良売が納得いく舞になるまで、稽古は、まる三日間続いた。
最後には、佐久良売、古志加、二人並んで舞う姿を見て、
「夢見てるみたい……。綺麗……。」
と、うっとりと笑顔を浮かべた。
佐久良売は、
「良く頑張りました。これならどこに出しても恥ずかしくないわ。一曲だけだけどね。」
と、ふふっと笑い、
(たしかに古志加は綺麗ね……。)
「こほん。
この舞は、あたくしのいるところだけで舞うように。真比登の前では舞ってはダメよ。」
(万が一でも、真比登の心が動いてしまったらイヤだわ。それと……。)
「
「えっ……? 鎮兵の前でも、ダメですか?」
(やっぱりわかってないのね。己の美しさの影響が。)
「ダメよ。」
(ここに来て、最初のころ、
こんなに美しい
「ええと、花麻呂にも?」
「花麻呂は、あなたの衛士仲間でしたね。そんなに見せたいなら、あたくしの部屋に花麻呂を連れていらっしゃい。あたくしの前で、古志加は舞うのよ。」
(花麻呂に問題はないだろうけど、花麻呂と一緒に見る
「……わかりました。」
古志加は、ぶつぶつ、
「花麻呂をここに連れてきたら緊張しちゃうよねぇ。
と独りごちる。
「ええ、そうしなさい。戰が終わって、
そして、想い人とまた会えたら、必ず、この
心を鷲掴みにできるわ。
あたくしが保証します。」
「佐久良売さま……!」
古志加は佐久良売に、がばっと抱きついた。古志加は、普通の男ほどの背丈がある。弾む胸がぼふーん、と佐久良売の顎下を攻撃した。
(うっ、これはすごい……。)
「づぎゃっ!」
とびっくりする。
「ありがとうございます! 佐久良売さま、大好きです!」
「まあまあ、ふふふ、
(ああ、そうだ、この
兵士として戦って、背が高くて、あの従者を
「佐久良売さま、良い匂い。凛々しくて、涼やかで、女らしい、良い匂いがします。」
「ふふ、ありがとう。」
* * *
※参考……古代歌謡集 日本古典文学大系 岩波書店
↓挿絵です。
https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818093083233499525
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