第十二話 無常迅速
「オレは十七歳で、
翌年、
そこで、勝ち抜き戦一位の褒美として、
(あの時は、
オレの対応に、朝獦さまは不満そうだった。
あの人は、女を襲われた蝦夷の嘆きを目の前にしても、ちっとも心を動かされない人だった。
まこと、平城京の貴族とは、恐ろしい。
蝦夷を朝廷に従わせる存在としてしか見ていなかったのだろう。
あの時会った蝦夷、一人だけ大和言葉を喋れて、体格が立派で、輪っかの耳飾りをした男、名前はなんだっけな。
エア……。難しい名前だった。)
「
「ええ、春の話です。」
「では……、では……。」
「そうです。その年の秋、朝獦さまは黄泉渡りしました。」
* * *
九月。
近江国高島郡、
琵琶湖に面した、古く、打ち捨てられた城の跡地。
「ぐあああああ……!」
(何故だ!
私の父上、
栄華を欲しいままにしていたのに、なぜ、今、私は草地に倒れているのだ。)
朝獦、二十九歳。
激戦のさなか、味方の兵が次々、散ってゆく。朝獦はこの状況を、恨めしく思わずにはいられなかった。
(
父上が長年
越前国の国司、弟の
琵琶湖を渡り、越前国に入ろうとしたのに、風まで、我々に味方しなかった。船が沈みかけた。
ここ、三尾の古城に籠もったが……。)
朝獦は、己の血に濡れた草を握った。
(このままでは、妻が、子が、藤原一族が、殺されてしまう。
おおお、信じられぬ、つい八日前までは、私は
蕃族をしたがえ、秋津島をあまねく平定し、これから日本を、唐に比べて恥じぬ大国にするのは、父上であり、この私だ!
このように惨めに、
背中から、胸下まで、刃が通った。
「がっ!」
それが、藤原恵美朝臣朝獦が、この世に残した最後の言葉だった。
* * *
「朝獦さまは、三尾の古城で
反乱がはじまったのが、九月十一日。朝獦さま達が黄泉渡りしたのは九月十八日。わずか七日間の出来事です。
これを多賀で聞いた時、オレはとても信じられませんでした。
あの、いつも自信をみなぎらせて、誰とも違う迫力を発散していた朝獦さまが、もう、この世にいないなんて……。」
(朝獦さまが黄泉渡りしたことで、オレは、鎮兵を二十三歳になったら、辞める事もできるようになった。
でも、オレは、辞める気はなかった。
「そうね。あたくしも、十三歳の時に、朝獦さまは謀反人として死んだのだと聞かされて……。
今もどこか、あのお方が黄泉渡りしたなんて、信じられない気がするの。」
「……佐久良売さま?」
佐久良売さまは、いつもよりさらに白い顔で、うつむいている。
どこか、思い詰めた表情だった。
「すみません、こんな話をして。疲れてしまいましたか?」
はっとしたように、佐久良売さまは顔をあげた。
「ええ、そうね。……疲れたみたい。もう、今日は眠りましょう。」
真比登が佐久良売さまを抱き寄せると、佐久良売さまは、細かく震えていたのだった。
* * *
翌朝。
「佐久良売さま、
と、すっかり困りはてた様子の
* * *
(※注一)
ちなみに、
嶋成の父親です。
当時、
(※注二)
(※注三)
また、人の死が早く訪れること。
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