第十一話  己の正しいと思う道でないと歩けない、其の二。

 ※残酷表現があります。

 苦手な方は、次話に飛んでください。

 真比登が郎女レディにふさわしい表現で、あらましを語ってくれます。



   *   *   *



 体格の良い、丸い輪っかの耳飾りをした蝦夷が、真比登にきいた。


「あなた、ここのおさ?」

「違うよ。

 オレは、いつも多賀城にいる鎮兵だ。

 今日はたまたま、ここに来ただけだ。

 おまえさん、大和言葉うまいなあ。」

「ワタシ、商いする。

 言葉、必要。

 騙されないため。」

「違いない。」


 真比登はくすっと笑って、肩をすくめる。

 此治柵これはりのさく大毅たいきが来た。

 大毅はいかつい、いかにも強い、という顔をしている。

 朝獦あさかりさまも来た。後ろに小薩おさちが従っている。

 朝獦さまが、


「鎮兵全員、この広場に整列させろ。」


 と命令した。


「真比登、うまく裁いてみろ。」

。」


(犯人を問い詰めても、はい、やりました、とは言わないだろうな。)


 真比登は、和呂志わろしむしろで巻いて、姿を隠させた。

 犯人である鎮兵が、和呂志を見て逃げ出さないようにである。


(落としどころを、どうするかだな。

 なにせ、今回は鎮兵だ。

 鎮兵を蝦夷たちに引き渡しても、蝦夷たちは、郷に安全に帰れるだろうか?

 此治柵これはりのさくの鎮兵たちに、帰り道を襲われ、蝦夷五人、全員惨殺のうえ、犯人を奪いかえされてしまうのではないか。

 ……そんな気がする。

 オレはこのあと、すぐに多賀に帰る。帰り道までは、面倒を見てやれん。

 ……犯人たちの首を落としてしまえば、もう鎮兵たちも諦めて、蝦夷たちの帰り道を襲ったりはしないだろうが……。)


 すぐに、鎮兵全員が整列したと、真比登は報告を受けた。

 真比登が和呂志わろしの筵をとった。その、殴られ、腫れた顔に、集められた鎮兵がざわつく。

 真比登は声をはりあげた。

 甘い声質、隅までよく届く。


「いいか! この男は……。」


 その時。

 一本の矢が、広場の横の茂みから、飛んだ。

 ぴゅう、飛んで、とす、と和呂志わろしの胸に刺さった。


「アア!」


 蝦夷えみしたちが、大毅たいきが、朝獦あさかりさまが驚く。


「かふっ。」


 和呂志わろしは血をはき、倒れた。

 絶命した。

 仲間によって、口封じされたのだ。


「野郎!! よくも仲間を殺したな!!」


 真比登は吠えた。

 頭に血が昇り、完全に、怒りが振り切れた。

 大刀たちを抜き、電光石火の勢いで矢の放たれた茂みに駆け込むと、


「おらぁ!」


 まだ弓を持ったまま、慌てた男の、首を、ねた。

 血が噴き上げる。

 生首となったもとどりをつかみ、整列した鎮兵のもとへ走り込み、血がしたたる生首を見せつけ、


「クソカズラヲ、カスヒト、キタナマロ!」


 叫んだ。皆の視線が、名を呼ばれた男、二人にむいた。

 三人のうちの一人は、今、生首になった男なのだろう。

 皆の視線があつまった二箇所、とくに狼狽した二人の男がいた。


(逃さねえ。)


 真比登は、蝦夷たちの立つところに、ぽーん、と生首を放った。

 生首を持っていけ、という事である。

 おそらく、いったん此治柵これはりのさくの鎮兵の手に生首が渡ったら、蝦夷の手には渡るまい……。

 快晴の大空に蹴鞠けまりのような生首が舞い、血が、ぱたぱた、雨のように振った。


「きゃああ。」


 雨を浴びたむくつけきおのこどもがおみなのような悲鳴をあげた。


「どけ!」


 真比登は走った。

 あっという間に、皆の注目を集める男のもとに到着した。血濡れた大刀たちを首につきつける。


「蝦夷のおみなを襲ったな?」

「ひぎぃ。」


 おのこは、おびえ、脂汗を流した。

 身に覚えのないことなら、怯えながらでも、目の光はまっすぐ、汚れのないもののはずだ。

 しかしその男の目には、犯罪を犯した者特有の後ろめたさと、おりのように淀んだ闇があった。


(有罪。)


 真比登は首を、刎ねた。

 蝦夷にむけて、また生首を放る。

 血の雨。

 むくつけき男どもの悲鳴。

 最後の一人も、逃さない。


「悪かった! 許してくれ! 良いおみなだったから、つい出来心で! うわああ!」


 最後の男はわめきながら、後ろをむいて逃亡をはかっていたが、真比登のほうが足が早い。

 追いつき、力を込めて一閃。

 後ろから首を刎ねた。

 勢いよく飛んでいこうとする生首の髻を空中でつかみ、


「はあああああ……っ。」


 真比登は大きく息をついて、怒りの余波を吐き出し、怒りの炎をまだ全身から揺らめかせながら、蝦夷にむかって歩いた。

 真比登の前に、ざざあっと人が割れる。鎮兵、皆、鬼でも見るかのように、畏怖の表情で真比登を見ている。

 蝦夷たちは、きちんと真比登が放った生首ふたつ、腕に持っていた。

 真比登は三つめの生首を蝦夷に手渡した。


「ケヤイライケ ナ。(ありがとうございます)」


 何を言っているかは、わからない。

 でもおそらく、感謝だろう。


「持ってけ。和呂志わろしの首も、欲しけりゃ持ってけ。」


 三人の蝦夷の男が生首を持ち、一人が木箱を抱え、先頭の、輪っかの耳飾りの男は無手だ。

 耳飾りの、目の鋭い男だけが、大和言葉を喋れるらしい。


「感謝する。ワロシ、さとおみなに謝った。罰、うけた。ワロシ、首、いらない。」


 木箱を持った蝦夷が、


「エニトモモ……。」


 と涙をこぼし、ひとかかえある大きい箱を大事そうに抱きしめた。蝦夷たち全員が、悲哀を込めた顔で、その箱を見た。


 真比登はピンときた。


 おそらく、あの箱の中身は、おみなの生首……。

 狼藉ろうぜきを働かれた女は、死んだのだろう。

 そんな気がする。

 真比登が知る蝦夷の習慣では、生首を持ち歩くものは、ない。

 おそらく、おそらくだが。

 ここに生首を持ち込んだのは、無念の死を迎えた彼女に、犯人を懲らしめる様子を見せてやりたいのと、もし、犯人がしらを切るようなら、その生首を見せつけて、問い詰めるつもりだったのではないか……。

 

 あくまで、想像だ。

 ……たしかめる気には、ならない。


おみなの魂よ。あな安らけ。)


 真比登はその箱を見ながら、そう思わずにはいられなかった。

 此治柵これはりのさくの大毅が、


「か、か、勝手なことを……。」


 と真っ赤な顔で真比登に言ったが、真比登は、


「首を刎ねたおのこたちは、三つ、罪がある。

 ひとつ、おみな畜生道ちくしょうどうを働いた。

 ふたつ、歩けなくなった仲間を見捨てて逃げた。

 みっつ、仲間を弓矢で殺した。

 この畜生道を止められなかった仲間も、同罪だ。」


 真比登はそう言って、黙って、いかつい大毅の顔を見た。

 静かな、怒りをこめて、見た。


「…………。」


 大毅は、黙ってうなだれた。朝獦あさかりさまが、


「真比登。お前は……、。」


 と、冷たく笑いながら真比登に言った。

 それは、ぞくり、と背筋を冷えさせる笑み。

 朝獦さまは、笑みの口もとのまま、獰猛どうもうな目で蝦夷を見た。

 真比登の頭が一気に冷えた。


「蝦夷たち、もう行け!」


 真比登の声の鋭さに、蝦夷たちがざわつく。

 体格の良い耳飾りの蝦夷が、感謝の眼差しで真比登を見た。


「ワタシ、エアシポプケプ、あなた、名前を教えてください。」

「春日部真比登。」

「カスカベノマヒト殿。心から、ありがとう。カスカベノマヒト殿が、チンペイの長になってくれる、望む。」


 感謝の言葉も、おべっかも、今はいらない。


「早く行け!」


 真比登のあせった様子をわかってくれたのだろう。耳飾りの蝦夷、エアシポも眉をひそめ、表情を引き締めた。


「ホクレ イワク!(帰るぞ)」


 と蝦夷たちに告げ、蝦夷たちは生首を土産に、素早く帰っていった。


 朝獦さまは、わしが獲物を見るような目で、その蝦夷の背中を見送った。


「真比登ぉ。愚かで使えない鎮兵を、何人生首にしようと、良いさ。だがな、蝦夷をそのまま返したのは、なあ……。」


 朝獦さまは、真比登を、見た。


「一人くらい、ほふってやれば良かったものを。

 大和のおのこの血が流れたのなら、それくらいが相応しいぞ。んん?

 蝦夷とは従わせるものだ。帰慕きぼする(従う)蝦夷には慰撫いぶ粟帛ぞくはく(穀物と布)を。まつろわぬ蝦夷には血と剣で恐怖を与えよ。」


(オレは……、そうは思わない。)


 今さっき流した、蝦夷えみしの男の涙が、深い哀しみが、朝獦さまには見えなかったのか。

 蝦夷がどうこうじゃない、人をしいたげて、平気で笑っている者を、真比登は許せないだけだ。


 真比登は言葉を呑み込んで、朝獦さまを見つめかえした。

 下手な言動をすれば、真実、真比登の首は飛ぶだろう。

 二人の男の間が、異様な緊張で張り詰める。

 先に空気をゆるませたのは、朝獦さまの方だった。


「ふっ、今回は、良いさ。

 真比登、上に立つなら、もっと非情になれ。

 仁と非情。両方を持て。」


 手をヒラヒラとふり、


「ああ、良い良い、今日はこれで良い。」


 朝獦さまはその場を立ち去った。

 真比登は大刀たちを持ったまま、黙って礼の姿勢をとり、見送った。

 大刀たちから、ぽた、ぽた、と血が落ちた。

 真比登は砂の地面に赤い点が作られてゆくのを、しばらく、見つめた。










(オレは、朝獦さまの言うように、上に立ちたいとは思わない。)


 望んでなった鎮兵ではない。


(人殺しをするのも見るのも、反吐へどが出る。)


 鎮兵を死ぬまで辞めることを許さない、という朝獦さまの言葉が、重く真比登にのしかかる。


 しかし、朝獦さまから、鎮兵を辞める許しを得ても……。

 多賀たがの鎮兵たちは、真比登の家族のようなものであり、真比登の大事な居場所、さらに今は、兵舎から出て、吉麻呂よしまろたちと屋敷で暮らしはじめている。


 やっと見つけたこの居場所を捨てることはできない。


 真比登はここから、動けない。


 どこにもいけない。


 鎮兵として、やっていくしかないのだ。

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