第八話 六歳児は言葉は言えても漢字がわからない。
「あたくしが、
相模国の少領であったお父さまが、
あたくしの
あたくしは、建設途中の
真比登がくすりと笑う。
「へえ、
「ふふ、そうかもね?
あたくしも、まだ六歳だったのよ。」
* * *
夏。
六歳の佐久良売は、
上半身ハダカになったむさ苦しい男たちが、大きい
「おい、こっちだ!」
「きりきり運べ!」
監督官の怒声が時々飛ぶ。
佐久良売はきょろきょろしながら歩いて、
「わあーい! 瓦って重たいの? 持たせて!」
と黒い瓦を肩に担いだ
「なんだァ、この身なりの良い
「どけどけ、邪魔だ。」
しっ、しっ、と追い払われた。
「むぅっ。」
むくれていると、大好きなお父さまが立っているのを発見した。
今、
「わ───い、おとーたまっ!」
てててて、と駆け出した。
「おとー……。」
こけた。
「わあああああああん! びゃあああああああん!」
顔を打ち付け、佐久良売はびっくりし、痛みに泣いた。
「さ、佐久良売ぇ! こんなところでどうした。大人のお仕事の場所に来ちゃいかん!」
と言いながら、佐久良売に甘いお父さまは、すぐに佐久良売のそばに飛んできてくれた。
抱き起こされ、膝の砂をはらってくれ、お父さまの手布で、顔の汚れを拭いてもらう。
「大丈夫、どこも怪我しとらんぞぉ。」
「ずびっ。」
抱っこもしてもらう。
抱っこは、好きだ。楽ちん。
佐久良売は泣き止んだ。
「ほう、可愛いですな。」
若くて張りのある男の声がした。
その時になって、お父さまが、やけに
(だあれ?)
佐久良売は、きゅっ、とお父さまに抱きつく。
「
佐久良売は下におろされた。
「ナガオのムラジのサクラメです。おみしりおきを。」
佐久良売は、きちんと礼の姿勢をとった。
「これは小さな
「モムノフノキを任せられるお父さまより、エライの?」
佐久良売は、良くわからなくて、首をちょこん、とかしげて質問した。
「これっ、佐久良売!」
お父さまは怒るが、
「そうだね、佐久良売のお父さまはエライ。
私は、
少しばかり、お父さまより、エライようだよ?」
とくすくす笑った。お父さまが、
「まことに……、幼いとはいえ、お恥ずかしい限りです。」
と小さくなってる。それを見て、
(悪いこと言っちゃったのかな?)
と佐久良売も不安になるが、
「良いさ、佐土麻呂殿。私にも歳の近い娘がいる。
と怒らず言った。
(優しーい! この人、かっこよくて、優しい!)
佐久良売は、目をキラキラさせて、
* * *
数日後。
「門番さあーん。なかに入れて。」
「駄目でさぁ。お父上の
「む───っ!」
六歳児はむくれた。
「いいもん!」
木のまばらな柵が立っているが、
ててて、門番から見えない距離まで走り、柵の隙間に、
「えいっ!」
身体をねじこむ。
すぽん。
すぐに中に入れた。
「むふーっ。」
佐久良売は得意げに笑い、てててっ、と走りだす。
「わあ、おっきい!」
佐久良売は、大人の女ほどある、大きなノコギリを、二人がかりで扱っている
ててててっ、と走り、そばによる。
「面白ーい!」
「わっ、
「綺麗な豪族の娘さんが、こんなところに来ちゃあかんですよ。」
働く埃まみれの男たちは驚くが、佐久良売はとりあわず、
「教えてよーっ。それ、はじめて見た。なあに、それ?」
「ふふっ、また来たのかい、佐久良売。それは唐から持ち込まれたばかりの、最新の工具だ。」
背後から、若い男の張りのある声がした。
「アサカリさまーっ。」
六歳児は、
まわりの人が慌てる。
「その御方は
「知ってるもん! ミチノクのコクシでアゼチでチンジュフショーグン!」
「ははは、良く言えたなあ、佐久良売!」
「きゃはっ。」
佐久良売は喜ぶ。
まわりは、皆、彼に気をつかっていた。
佐久良売のお父さまでさえも!
そんな
ばたばた、と佐久良売の
「さささ佐久良売ー! なんという事をっ! 恐れ多い。降りなさい!」
佐久良売が
「やだ。アサカリさま、かっこいいもん!」
(あたくしには優しいもん。降りたくない。)
佐久良売はちょっとした優越感にひたり、
「ははは! 良いさ、
朝獦さまは、佐久良売の顔を良く見た。
「ふっ、佐土麻呂殿。真に美しい
佐久良売は将来、
私の娘が
おおっ、とまわりの人がどよめき、
「素晴らしい。」
「めでたい。」
と口々に
ただそのなかで、お父さまだけが、
「うぅっ……!」
と絶句し、何か言いたげな顔で立ち尽くした事だけは、良く覚えている。
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