第四話  この童が化けるのが見たい。

 真比登は、小薩こさちの怒りを冷静に受け止めた。


「腕を切り落とすのは、やりすぎです。やめてください。そのは、無事じゃないですか。」


 真比登は、十三歳でも、怪力である。

 おそらく武人として相当鍛えあげられているであろう、体格の良い小薩こさちの動きを、完全に止めていた。

 小薩こさちの後ろから、朝獦あさかりさまが、


小薩こさち、腕をおろせ。」


 と、面白がるように言った。


「はい。」


 小薩こさちはすぐに腕をおろし、背後、朝獦あさかりさまを見、場所を譲った。

 朝獦あさかりさまは、顎に手をあて、にやにや笑いながら、真比登を上から下まで見た。


「ふふ、真比登と言ったな。そのおのこ、さっき、怒りにまかせ、お前の顔を踏んでいたようだが? それでもかばうのか?」

「そうです。目の前で、やりすぎの制裁が加えられるのを、黙って見てられません。」


 真比登は、まっすぐ、朝獦あさかりさまを見た。朝獦あさかりさまの後ろでは、金山の管理者が、あわあわ、と青い顔で取り乱していた。


 真比登は力が強い。誰かがバカな事で喧嘩をしてる時は、止めに入るようにしてる。

 己の怪力が役に立つからだ。

 この武人に真比登は顔を蹴られたが、土はついてもかすり傷だけだ。数日でキレイに治る。

 この武人が腕を落とされたら、それは一生のことだ。

 理不尽を止める力があるのに、それを黙って見ているのは、真比登のしょうに合わない。


(エライ人の機嫌を損ねたって、罰をもらうかもな。

 でも、いいや。)


 最悪、この武人のかわりに右腕を落とされるかもしれない。

 ……もし片腕になっても、砂金とりの仕事は続けられるだろう。


 それに、これで腕を落とされ、熱がでたり、膿んだりして、命を落とすなら、


 家族のなかで一人、生き残ってしまった真比登は、家族の為にも、自ら死ぬことはできない。

 でも、己が正しいと思う行動をし、死んだのなら、黄泉にいる親父も母刀自も、許してくれるはずだ。

 

 ───楽になれる。

 

「くっくっく……、気に入った。良し、真比登、お前に免じて、このおのこの腕を落とすのは許す。

 真比登、お前は、これからこの……。」


 そこで、朝獦あさかりさまが二歩進み、真比登に、胸元にかかえたをおしつけた。


「にゃー。」

麦刀自むぎとじの世話をしろ。赤い紐を常に離すな。けっして、逃がすなよ。死なせても、怪我させてもいかん。麦刀自は代わりのない、貴重ななのだからな。」

「ええっ? でもオレ、ここの砂金とり……。」

「くくくっ。真比登は、私と一緒に来い。おまえの代わりの砂金とりは、このおのこがする。」


 朝獦さまは地面に膝をついたままの武人に、くい、と顎をしゃくった。武人が、


朝獦あさかりさま!」


 と哀れな声をあげた。


「おまえは、もういらぬ。ここで砂金をとれ。」

「うぐ……。」


 武人がうなだれた。小薩こさちが、


「腕がつながったままで良かったな。」


 とだけ声をかけた。

 真比登は、そのまま急かされるように、小薩こさちと一緒の馬に乗せられた。

 朝獦さまが先頭、二番手に小薩こさち、あとは、武人たちばかり、八人が、馬にのり、続く。


 真比登は、生まれてはじめて、馬に乗った。

 父の形見の刀子とうすは、いつも身につけていた。

 真比登の荷物は、それだけだった。


「にゃん……。」


 猫は、藤のつるで作られた葛籠つづらに入れられた。

 その葛籠つづらを、真比登が抱える。

 どうやら、猫というのは、目を離すと、この葛籠つづらから逃げ出すことがあるらしい。真比登は用心の為に、いつも赤い紐を握っているように言われた。


「麦刀自は、私の娘から、桃生柵もむのふのきにいる、豪族の娘への贈り物なのだ。とても大事な猫なのだよ。私の娘の心がこもっているからな。さっき、麦刀自を失ってしまっていたら、私は娘に顔向けができないところだったよ。」


 そう語る朝獦あさかりさまは、優しい父親の顔になるが、


(この人は怖い人だな……。)


 全身から、他を圧倒するような気を発している。さっき、顔色をかえずに、一人のおのこの腕を落とすように命じた事と言い、得体のしれぬ恐ろしさを感じる。

 小薩こさちが、


藤原ふじわらの朝臣あそん朝獦あさかりさまは、貴族。

 陸奥守みちのくのかみ兼、陸奥国の按察使あぜち兼、鎮守府将軍ちんじゅふしょうぐんでいらっしゃる御方ぞ。」


 と、ふんぞり返って得意げに言った。


「…………。」


 真比登はあきれて、声もでない。

 とにかく、エライという事はわかったが、真比登の世界でエライのは、郷長で、そのあとは、金山の管理者だった。しかし、二人とも、尊敬はできなかったので、身分が上すぎる人を前にして、どんな反応をして良いのかさえ、わからない。


「オ、オレをどうするおつもりで?」


 びくびくしながら問いかけると、


「はははは!」


 朝獦あさかりさまはおかしそうに笑い、


「私たちは、桃生柵もむのふのきに向かっている。今のおまえは、猫のおりだ。そのあとは、そうだな……。」


 朝獦あさかりさまは顎に手をあて、


「私はおまえが気にいった、真比登。

 おまえは身軽だ。力が強い。度胸もある。仁もある。おまえは鎮兵ちんぺいになれ。」

「へ……?」

「鎮兵、知らぬか?」

「ええと……、民を守ってくれてる、兵士……。」


 それ以上の知識はない。見たこともない。


「そうだ。ここ陸奥国みちのくのくには、常に蝦夷えみしの脅威にさらされている。

 まつろわぬ蝦夷。

 許しがたいことだ。

 もっと許しがたいことは、蝦夷と戦うと、ヤツらは強い、という事だ。

 我が軍、百姓ひゃくせいをよせ集めた兵士では、ここが全然、違う。」


 朝獦あさかりさまは、馬を歩かせつつ、とんとん、と自分の腕を叩いてみせた。

 腕前が違う、と言いたいのだろう。


「そのための鎮兵だ。鎮兵は、兵役がない。専属の、武芸に秀でた兵士たちの集まりだ。馬を駆り、弓矢に秀で、剣も、鉾も、無双の集団だ。ふふふ……、この、強さが、この大和の国には必要なのよ。

 いずれ、蝦夷をすべて、帰慕きぼさせる。

 隼人はやともそうだ。

 そして大和の国は、まわりの蕃族ばんぞくを従え、大唐だいとうの東に燦然さんぜんと輝く大国たいこくになるのだ。」


 朝獦あさかりさまは熱っぽく語り、


「真比登、おまえは見込みがある。

 豪と仁を併せ持つ、鎮兵を率いることができるほどの将となれ。

 小薩、これを。」


 朝獦あさかりさまは、懐から、小さい皮袋をだした。


(あ、それ。)


 中身は、真比登たちが集めた金砂であるはずた。

 朝獦あさかりさまは、空中にその皮袋を放った。


「これで、真比登の支度金とせよ。」


 小薩がしっかり、革袋をつかんだ。


「は。いつから入団させましょう?」

「猫のお守りが終われば、すぐ、そうだな……、多賀たがの鎮兵に放り込め。あそこなら、しっかり鍛えてくれるだろう。」

「……真比登は、年が……。」

「いくつだ?」


 自分に質問されたらしい。

 ぽかん、と聞いていた真比登は、


「十三歳です。」


 と答える。はっとして、


「あ、あのオレ、疱瘡もがさが……。受け入れてもらえないんじゃ……。」


 と、へどもどしながら言う。


「ああ、うむ。そうだな。……それは自分で乗り越えよ。」


(えっ、それだけ?)


朝獦あさかりさま、十三歳では、早すぎるでしょう。」


(この人もオレの疱瘡もがさをあっさり流した!!)


「ふっ、だからだ。早くから鍛えて、このわらはが化けるのが見たい。

 荒稽古で死ぬなら、それまでのことよ。かまわぬ、大人の稽古に放り込んでやれ。

 私が欲しいのは、強い兵だからな。」


(ひでえ扱いだな!)


「また気まぐれを……。」


 小薩は、小さくぼやいた。


(気まぐれなのか……。不安だな。)


 小薩が真比登のほうに顔をむけた。


「真比登。オレはこの金砂を使って、お前の為に、新しい衣、大刀たち、弓矢、ほこ、馬を用意する。

 どれだけの大金が、おまえ一人の為に動くか、わかるな?」


 真比登は、こくこく、と頷く。


(なんだかすごい事になってしまった。)


 神妙な顔をしていると、小薩の厳しい顔が緩み、


「鎮兵は、兵舎が用意され、穀物も大和朝廷が用意してくれる。

 昼餉も夕餉も、穀物が食べられる。皆で自炊して作る、大鍋の食事は、うまいぞ。」


 と言ってくれた。


(うまい食事! ありがてえ!)


 真比登はつい、笑顔になる。


「くくく。」


 朝獦あさかりさまが意地悪く笑い、


「真比登、おまえ、二十一歳までに、鎮兵四つの団のうち、どこかの小毅しょうき(副団長)になれ。

 なれねば、許さぬ。

 期待しておるぞ?

 鎮兵は慣例的に、十年務めたら拝辞はいじを払って辞めることが許されているが、おまえにかぎり、生涯、鎮兵を辞めることは許さぬ。

 覚えておけ。」


 難しい言葉を並べられて、真比登は正直、話があまりわからなかった。

 だが、生涯やめられない、という事だけはわかって、すこし、げんなりした気分になった。





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