第四話 この童が化けるのが見たい。
真比登は、
「腕を切り落とすのは、やりすぎです。やめてください。そのねこは、無事じゃないですか。」
真比登は、十三歳でも、怪力である。
おそらく武人として相当鍛えあげられているであろう、体格の良い
「
と、面白がるように言った。
「はい。」
「ふふ、真比登と言ったな。その
「そうです。目の前で、やりすぎの制裁が加えられるのを、黙って見てられません。」
真比登は、まっすぐ、
真比登は力が強い。誰かがバカな事で喧嘩をしてる時は、止めに入るようにしてる。
己の怪力が役に立つからだ。
この武人に真比登は顔を蹴られたが、土はついてもかすり傷だけだ。数日でキレイに治る。
この武人が腕を落とされたら、それは一生のことだ。
理不尽を止める力があるのに、それを黙って見ているのは、真比登の
(エライ人の機嫌を損ねたって、罰をもらうかもな。
でも、いいや。)
最悪、この武人のかわりに右腕を落とされるかもしれない。
……もし片腕になっても、砂金とりの仕事は続けられるだろう。
それに、これで腕を落とされ、熱がでたり、膿んだりして、命を落とすなら、いい。
家族のなかで一人、生き残ってしまった真比登は、家族の為にも、自ら死ぬことはできない。
でも、己が正しいと思う行動をし、死んだのなら、黄泉にいる親父も母刀自も、許してくれるはずだ。
───楽になれる。
「くっくっく……、気に入った。良し、真比登、お前に免じて、この
真比登、お前は、これからこの……。」
そこで、
「にゃー。」
「
「ええっ? でもオレ、ここの砂金とり……。」
「くくくっ。真比登は、私と一緒に来い。おまえの代わりの砂金とりは、この
朝獦さまは地面に膝をついたままの武人に、くい、と顎をしゃくった。武人が、
「
と哀れな声をあげた。
「おまえは、もういらぬ。ここで砂金をとれ。」
「うぐ……。」
武人がうなだれた。
「腕がつながったままで良かったな。」
とだけ声をかけた。
真比登は、そのまま急かされるように、
朝獦さまが先頭、二番手に
真比登は、生まれてはじめて、馬に乗った。
父の形見の
真比登の荷物は、それだけだった。
「にゃん……。」
猫は、藤の
その
どうやら、猫というのは、目を離すと、この
「麦刀自は、私の娘から、
そう語る
(この人は怖い人だな……。)
全身から、他を圧倒するような気を発している。さっき、顔色をかえずに、一人の
「
と、ふんぞり返って得意げに言った。
「…………。」
真比登はあきれて、声もでない。
とにかく、エライという事はわかったが、真比登の世界でエライのは、郷長で、そのあとは、金山の管理者だった。しかし、二人とも、尊敬はできなかったので、身分が上すぎる人を前にして、どんな反応をして良いのかさえ、わからない。
「オ、オレをどうするおつもりで?」
びくびくしながら問いかけると、
「はははは!」
「私たちは、
「私はおまえが気にいった、真比登。
おまえは身軽だ。力が強い。度胸もある。仁もある。おまえは
「へ……?」
「鎮兵、知らぬか?」
「ええと……、民を守ってくれてる、兵士……。」
それ以上の知識はない。見たこともない。
「そうだ。ここ
まつろわぬ蝦夷。
許しがたいことだ。
もっと許しがたいことは、蝦夷と戦うと、ヤツらは強い、という事だ。
我が軍、
腕前が違う、と言いたいのだろう。
「そのための鎮兵だ。鎮兵は、兵役がない。専属の、武芸に秀でた兵士たちの集まりだ。馬を駆り、弓矢に秀で、剣も、鉾も、無双の集団だ。ふふふ……、この、強さが、この大和の国には必要なのよ。
いずれ、蝦夷をすべて、
そして大和の国は、まわりの
「真比登、おまえは見込みがある。
豪と仁を併せ持つ、鎮兵を率いることができるほどの将となれ。
小薩、これを。」
(あ、それ。)
中身は、真比登たちが集めた金砂であるはずた。
「これで、真比登の支度金とせよ。」
小薩がしっかり、革袋をつかんだ。
「は。いつから入団させましょう?」
「猫のお守りが終われば、すぐ、そうだな……、
「……真比登は、年が……。」
「いくつだ?」
自分に質問されたらしい。
ぽかん、と聞いていた真比登は、
「十三歳です。」
と答える。はっとして、
「あ、あのオレ、
と、へどもどしながら言う。
「ああ、うむ。そうだな。……それは自分で乗り越えよ。」
(えっ、それだけ?)
「
(この人もオレの
「ふっ、だからだ。早くから鍛えて、この
荒稽古で死ぬなら、それまでのことよ。かまわぬ、大人の稽古に放り込んでやれ。
私が欲しいのは、強い兵だからな。」
(ひでえ扱いだな!)
「また気まぐれを……。」
小薩は、小さくぼやいた。
(気まぐれなのか……。不安だな。)
小薩が真比登のほうに顔をむけた。
「真比登。オレはこの金砂を使って、お前の為に、新しい衣、
どれだけの大金が、おまえ一人の為に動くか、わかるな?」
真比登は、こくこく、と頷く。
(なんだかすごい事になってしまった。)
神妙な顔をしていると、小薩の厳しい顔が緩み、
「鎮兵は、兵舎が用意され、穀物も大和朝廷が用意してくれる。
昼餉も夕餉も、穀物が食べられる。皆で自炊して作る、大鍋の食事は、うまいぞ。」
と言ってくれた。
(うまい食事! ありがてえ!)
真比登はつい、笑顔になる。
「くくく。」
「真比登、おまえ、二十一歳までに、鎮兵四つの団のうち、どこかの
なれねば、許さぬ。
期待しておるぞ?
鎮兵は慣例的に、十年務めたら
覚えておけ。」
難しい言葉を並べられて、真比登は正直、話があまりわからなかった。
だが、生涯やめられない、という事だけはわかって、すこし、げんなりした気分になった。
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