第三話 一握りの金の砂
真比登は、家族すべてを、
郷の人たちとの行き来は、断絶した。
一冬、誰の顔も見ずに、過ごした。
春、真比登は、全てを捨てて、山を降り、
きっと、真比登は死んだ、と郷の人は、思うだろう。
今年、
真比登は、
どこか行くあてもない。
道が続いているから、歩いた。
真比登は
でも、田を捨て逃げた十三歳の
行く先で、いろんな
真比登の
いつの間にか、
そこは、砂金がとれる。
川の底の砂を洗い、洗い、金の粒を探すのだ。
そこには
働き手を常に必要としていた。
ぶくぶく太った金山の管理者は、真比登にさほど興味もないようで、身の上を細かく聞くこともなく、
「働いてよい。きひひっ。」
と笑った……。
働く男たちは、
真比登のように、田を捨て郷を抜けた
ここで働く男たちは皆、真比登の
朝から、日暮れまで。
川に立ち、砂を洗い、洗い、小さな金のきらめきを探す。
腰は痛くなり、手は荒れ、ささくれた。
ただ、ここで働いてるかぎりは、一日二食、最低限は食べさせてもらえたし、屋根のある場所で眠れた。
寝ワラで、大勢の
そこで、真比登は、
金山の管理者から言われたのではない。
「新入りは、特別に、奉仕しろ。」
と言われたのだ。
真比登は従った。
己も働きづくめで、疲れてはいたが、幸い、真比登は体力に恵まれていた。
うつ伏せになった
「良く見れば可愛い顔してんのになあ。
と、不愉快きわまりない顔で見てくる大人の男もいた。
真比登は目をあわせず、無言で按摩を続けた。
人生で唯一、
時には一人、夜空の下で、
「会いたいよ……。親父。
と涙にくれた。
真比登は一人で生きていくしかない。
優しく、温かで、家族全員で団子のようにくっついて、安心して眠った幸せな日々に、帰れるものなら、帰りたかった。
くる日も、くる日も、川床から、砂をさらった。
一日、砂を洗い続けて、見つかる金は、ほんの少量だ。
ある日、作業をしていた
「ああ〜ん? 息はしてんのか? してない? そうか。誰か遠いところに捨ててこい。熊や山犬がでてくるからな、くれぐれも近くに捨てるんじゃねえぞ。」
金山の管理者はそう言っただけだった。
真比登が思わず、非難の目をむけると、ぶくぶく太った管理者は、それに気がついたのだろう、ニヤリ、と笑った。
管理者が左手に持った、手のひらにのる大きさで、中身がずっしりしている皮の袋に、右手をつっこみ、手を握ったまま、上に出した。
きらきら、きらきら……。
握った手の指の間から、金の砂が零れ落ちた。
あの一袋、金の砂を貯める為に、ここにいる働き手が、どれくらい汗を流し、時間をかけたろう……。
「おまえらの命など、この一
「ああ、そうかよ。」
真比登が冷静にかえすと、管理者は満足したように笑い、丁寧に砂金の袋を閉じ、
「働け! ムチが欲しいか!」
と歯をむき出して言った。
目は、こぼした砂金がないか、あたりをギョロギョロ、確認している。
真比登は素早くその場を離れた。
グズグズしていては、管理者が腰にくくりつけているムチで打たれる。
管理者にとって、労働者をムチ打つのは、ただの挨拶だった。
(オレたちの命など、あの一握りぶんの
そうだな。
その通りだ。
オレ達は、使い捨てだ。
死んで、誰が嘆いてくれるだろう?)
金で買われてきた下人。もしくは、真比登のようなはみだし者ばかりが、吹き溜まりに集まるように、ここには集まっていた。
(同じ言葉を喋る人間なのに、この違いは何だろうな?
あの男は、ぶくぶく太って、欲しいまま食べ、清潔な衣を着て、オレたちを見て高笑いをしている。
オレたちは、皆、ガリガリで、不健康そうな顔色で、いつ死んでもおかしくない……。
この違いは……。)
あの管理者がガリガリになり、真比登たちが太れるほど食事に恵まれる事は、ない。
ひっくり返る事は、ないのだ。
ただ事実を事実として、真比登は認識した。
───そんな日々が、奇妙な動物の命を助けた時より、変わりはじめる。
* * *
「よくもねこを逃がしたな。この
と冷たく見下ろした。
「罰だ。右腕を落とせ。
顔色をまったく変えず、言った。
後ろに控えた従者らしい男が、
「はい。」
と前に進み出て、腰に佩いた
(本当に斬るのかよ!)
「ひいっ! お許しください!」
武人は青ざめて震え、一歩あとじさった。
ざわざわ、見物人たちが恐怖のざわめきをあげ、金山の管理者も、恐ろしい、と怯える顔で
「ねこをこちらへ。」
ねこは大人しくしている。
「右腕を出せ。
「ひぎ……っ。おゆ、おゆる、おゆるし……。」
武人は小さくつぶやきながらも、観念し、膝をつき、ぶるぶる震えながら、右腕を前につきだした。
真比登は動いた。
すっと二人の間にはいり、
「童、なんの真似だ。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます