第八十話 月下の恋人たち(一部、男たち)
明るい月夜。
ただ尻尾だけが、たしっ、たしっ、と揺れ、佐久良売への親愛の情を示している。
静かだ。
ここ、佐久良売の部屋には、佐久良売と
ちょっとでも早く会いたいだろう、と、佐久良売は今日は早めに、
(まだ真比登は来ないのかしら……。)
やはり、
部屋のなかは、月光と、蝋燭で、明るい。
たしっ、たしっ……。
「あたくしには、あなたがいてくれるものね?
佐久良売は、刺繍の手をとめて、自分の刺繍の出来栄えを
「ん〜……。赤いイモムシに見えるのはこれ
割となんでもこなせる佐久良売だが、刺繍だけは、どうも苦手だ。
昨日、
「
オレの宝物です。
オレはもう、あの時から、恋に落ちていました!」
と堂々と言ったのだ。
(ちょっと良いわね。)
と思った佐久良売は、重い腰をあげて、自分も木綿に刺繍をして、
「はあ〜……。」
佐久良売はため息をついた。
この出来栄えでは、全然、駄目だ。これでは真比登の愛が冷めてしまう。
(いいわ、次の木綿に、新しく刺繍をし直して、真比登にあげよう。
一枚目は適当に縫い上げて、お父さまに差し上げようっと。
あたくしの刺繍の贈り物なんて、十年ぶりぐらいだから、お父さまは喜んでくださるわ。赤いイモムシでも……。)
佐久良売は、静かに刺繍を続ける。
愛する夫は、まだ来ない。
* * *
パチ、パチ……。
焚き火が爆ぜる。
背が高く福耳の
「嶋成が、
そばかすの可愛い女官、
「
と訂正する。
「大椿売と恋仲になれて、嶋成、今日は一日、浮かれててさ。見てるこっちまで、幸せな気分になったよ。」
「
「うん。嶋成は大事な友だ。」
源は爽やかに笑う。
「あたし、源のそういう心が明るいところ、好きよ。」
と告げる。源はますます笑顔を濃くし、
「ありがとう。
ずっとオレを見ていて欲しい……。」
と左手で握りしめた
「へにゃん……。」
と顔を真っ赤にしながら微笑み、源も整った顔に笑顔を浮かべ、
* * *
明るい月に照らされて。
「あー、嶋成も幸せになりやがってぇぇ。畜生、めでてえ!」
大岩に座り、浄酒を呑んでいた。
口調は荒いが、顔には、嶋成の幸せを喜ぶ笑顔が浮かんでいる。
お腹が立派で、目が小さい
「さみしいなあ、独り身は?」
と
「あー、本当だよ。嶋成や源や、真比登を見てると、しみじみ、そう思うよ。
おまえ妻がいるんだもんな。
羨ましいぜ。
オレの恋の話はもうしたろ? 久自良の話をきかせろよ。
妻は同い年?」
「二歳下。」
「どこで知り合った?」
いつの間にか、男二人の話は、ひそひそ話となる。
「幼馴染さ。」
「ほう、それで……、やったのはいつだ?」
「それ、訊くか。……妻が十六。」
ひそひそ話は続く……。
* * *
鷲鼻の嶋成を、自分の女官部屋に招き入れた
嶋成は、それを目ざとく見つけ、
「大椿売……?」
と遠慮がちに訊いた。
「あの、勘違いしないで。
嶋成とさ寝するのが嫌なわけじゃないんです。
ただ、うまく言えないのだけど……、もう初めてではないのに、何を、と思われるでしょうけど、あの……。」
大椿売は、両頬を手でおおい、恥じらいながら、
「昨日は、気持ち良すぎて、ちょっと怖かったのです。
一夜だけのつもりでしたから、あたしも思い切って、その……。」
恥ずかしそうに目が泳ぎ、声が聞き取れないほど、小さくなった。
「乱れましたから……。」
声の大きさが戻り、
「嶋成にはわからなかったと思います。
今宵、もう一度、と思うと、ちょっと怖いのです。」
と言った。嶋成は、
(ええ───っ! あれだけ優しくしたのに、怖がらせちゃったのか!)
と驚きで口を鴨のようにつきだした。
(たしかに、オレも久しぶりだったし、舞い上がっちゃってたから、やりすぎちゃったかもしれない。)
「すみませんでした。もう怖くしません。」
……実は、嶋成は、昨日、充分すぎるほど優しかった。
結果、あまりに
嶋成は優しく導いたので、何も悪くはないのだが、大椿売にこう言われ、即座に自分が悪かった、と思う素直さは、彼の宝である。
ちなみに、もし昨日快楽が足りてなければ、大椿売から、痛かったと言われていた。
どちらに転んでも、今宵、嶋成は、大椿売に謝る以外の道はなかった。
その事を二人は知らない……。
嶋成は、ぱぱっとはだかになった。
「これが、あなたの
嶋成は、衣をきっちり着たままの、大椿売の手をとった。
「オレを、触って確かめてください。」
柔らかい手のひらに口づけし、自分の頬に押し付け、そのまま、首、胸、と導いてゆく。
「……はい。」
ごく、と唾を呑み込んだ大椿売は、いつしか、自分から手を動かし、嶋成の身体をためらいがちになぞりはじめた。
無理のないように。
優しく。
静かに。
嶋成はさ寝をする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます