第七十五話 朱華の衣
(どういう事だ?!)
「あたしは、
あとは、いつここから帰るかは、ご
と嶋成に告げた。
(あ───ッ! こっちか! 佐久良売さまか!!)
佐久良売さまは世話好きだ。
佐久良売さまのおかげで、
(これは佐久良売さまのおせっかい、企み、恋愛のお世話なのだ。
その矛先が、まさか自分に向くとは……!)
「お連れしましたよ。
と部屋のなかに声をかけた。
戸はすぐに開き、なかから、顎に手をあて、
(ほああ──────ッ!)
室内に、蝋燭が灯されている。
髪型も、いつもと違う形に結い上げ、額に
若い
(いや、そんな事を考えてる場合じゃない!)
今は夜。
ここは、
こんな時刻に、男が、そんな場所を訪れてはいけない。
嶋成は、じり、と後退りをし、
「ンまっ、人に見られたら困りますわぁ────! 早く入れ。」
「何す……っ!」
嶋成が両手両足を床につくと、バタン、と戸が外から閉められた。
(ぬぉぉぉぉ……、部屋に入ってしまったぁ……。
「嶋成、立てますか?」
さらりさらり、と衣擦れの音がして、大鍔売が嶋成を助け起こそうと近づいてくる。
「平気です!」
嶋成は、びょん、と立ち上がった。
大鍔売はくすり、と笑った。
(可愛い。)
嶋成は、かーっと己の顔が熱くなるのを感じ、目を下に向けた。
(まずいまずい! オレはここにいたら、おかしくなってしまう。早くこの部屋を出ないと……。)
「嶋成、昨日は頬を叩いてしまったこと、謝罪をします。あたしを許してください。……まだ怒っていますか?」
「怒ってません! 全然怒ってませんよ! また、
嶋成は、大鍔売の顔が見れない。
「ではこれで、
「まあっ! 帰らないで!」
大鍔売があせった声をだした。
* * *
大鍔売は、佐久良売さまのご好意で、早めに女官の仕事を切り上げ、湯屋を使った。
そして、
髪は
あたしは照れながらお礼を言い、佐久良売さまは、
「ふふ。綺麗よ。心配はいらないわ。良き夜を過ごしてね。」
とあたしを送り出してくれた。
あたしは、
鷲鼻の可愛い人。
あたしの大事な人。
もう怒ってないかしら?
あたしは、うまく言えるかしら……。
(素敵……。)
と、照れた。佐久良売さまのご好意で、上質な衣をまとった嶋成は、まるで奈良にいる貴公子のように見えてしまう。
(嶋成は、あたしの姿を褒めてくれるかしら……。
あなたの為に、着飾ったのよ。)
嶋成は、あたしを見て何か言うどころか、困ったように一歩、後ずさった。
(まずは謝罪よね。)
あたしは、昨日、嶋成の頬を叩いてしまった事を謝罪した。
嶋成は、怒ってない、と言いつつも、下を見てばかりで、あたしを見てくれない。
(褒めるどころか、見ようとしてくれない……。)
と悲しくなった。
嶋成は、帰りの挨拶をしかけたので、あたしは慌てて止めた。
(帰す気なんてないんだから!)
「だめ、帰っては。あなたは、嶋成は……。」
(あああ、恥ずかしー! でも、言うわ!)
「今宵、あたしの
* * *
(ほぎゃああああああ!)
いや、そうかなとは思ったよ。
だって、夜、
(春だあああああああ!)
いや、待て待て。落ち着けオレ。
(
* * *
大鍔売は戸惑って嶋成を見た。
ずいぶん時間がたってから、
「なぜ
と嶋成は目を泳がせながら訊いた。
「あなたを恋い慕っているからです。でも、
だから、一夜だけの、
「……恋い、慕って……?」
「そうです。あたしは、あなたを恋い慕っています。心から。」
嶋成の頬が赤く色づいた。嶋成はようやく、あたしの顔を真正面から見た。
「オレも、大鍔売を恋うています。」
と言ってくれた。
(……!)
嬉しい。
嶋成も、あたしを恋うていてくれた。
あたしだけじゃなかったのね。
恋い慕った人も、あたしを恋うてくれる。
なんという
* * *
嶋成は、顎に手をあてたまま華やかに微笑んだ大鍔売の、潤んだ瞳を見つめた。
(オレを、ただの鎮兵のオレを、恋い慕っていると言ってくれるのか。
清いその身を、オレに一晩くれるというのか。
母刀自にそむいて。
そんなに、オレのことを恋い慕ってくれるのか。
嬉しい。
愛おしい。
うらぐはし児ろ、大鍔売。
もう、頃合いだろ?
言え、オレ!)
* * *
「大鍔売、一夜と言わず、オレの正式な妻となってほしい。オレは本当は貴族なんだ!」
「まあ、ほほほ。」
大鍔売はびっくりして、目を丸くした。
(あり得ないわ。)
嶋成はいきなり何を言い出だすのだろう?
これが、地方豪族の
でも、言うに
(これが、
「言ったでしょう? あなたとの婚姻は母刀自が許しません。
貴族だなんて!
佐久良売さまから立派な衣を貸していただいたからって、そこまで気を大きくしてはいけませんよ。」
「しっ、信じてもらえない……。」
嶋成はなんとも情けない顔をした。
(まだ言うか。困った人ね。)
「
そう、それは本当に、嬉しい。
「あたしは、今宵一晩限り、あなたの妻です。
それで許してね。
……貴族になったつもりで、嶋成さま、と、今宵だけは呼びましょうか? あなたがそれで満足するというなら……。」
「……いいえ。それはオレが望むことじゃない。
嶋成と呼んでください。
……ただ、本当に、一夜だけの妻にするつもりはないんです。」
「一夜だけよ。」
それは避けたい。
「あまりあたしを困らせないで。
ねえ、他に言うことはないの?」
「え?」
「あなたの為に、今宵は、着飾ったのよ。」
あたしは渋々、顎から手を離し、自分の全体を見せた。
嶋成はしげしげとあたしを見て、
「
と言ってくれた。
(嬉しい!)
心のなかで、佐久良売さまと
あたしはすぐに、目立つ顎を手で隠し、
「あなたも、その
照れながら、正直に伝えた。
↓挿絵です。
https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818093079524036926
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