第七十一話 うたてこの頃
オレが
いっそう想いを強くするこの頃です。
※
※うたて……いっそう、
万葉集 作者不詳
* * *
あの
はじめは、こっちを見下してきて、可愛くない
でも、違った。
本当は、すごく可愛い
大きな瞳。しっとり水気のある桃色の唇。
魅力的なふくよかな身体つき。
顎だって、今は気にならない。
毎日、オレのところに来て、話をして帰るんだ。
初めの頃は、毎日、必ず品物を持ってきてくれて。
オレは有頂天になったけど、すぐに、心配になった。
この
でもある時、
───明日からは、何も持たないで、ここに、同じ時刻に来ます。
よろしくて?
と恥ずかしそうに頬を染めながら言うので、もう品物は持ってこなくなるんだな、と安心しつつも、その表情の可愛さに、オレはもう胸がぎゅーっと! ぎゅーっと苦しいくらいだった。
───もちろんですよ!
そう伝えたら、
───良かったわ。
と嬉しそうに微笑んで、
───今日は、あたし、握り飯を作ったの。よろしかったら、召し上がって。
と、大きな塩握り飯を渡してくれた。
すぐに、大岩に腰掛けて食べた。
ただの
美味しかった。
どんな、
───美味しい。こんな美味しい握り飯は初めてです。
これは、塩以外に、何か使ってるのですか?
と聞いたら、違う、とくすくす笑っていた。
あの時は、ずっと笑っていて、
……ああ、良い笑顔だな。可愛いな。
と、オレは長らく、あの
いろんな事を話したよ。
医務室の仕事は、過酷だけど、負傷兵からお礼を言ってもらうと、それが嬉しくて、励みになる。
佐久良売さまに言われた通り、常に足を動かして、率先して医師の手伝いをしている事。
佐久良売さまに、
───良くがんばってるわね。
と褒めてもらえたこと。
両親から愛されているけど、期待も一身に背負っていること。
刺繍は得意。
舞にも自信がある。
琵琶は、一番努力はしたけど、腕前はそこそこ……。
食べ物は
毛桃だけは、お腹がパンパンになるまで、いくらでも食べてしまうそうだ。
ただ、
オレは気がついたよ。
佐久良売さまもそうだけど、あの
舞が得意な女もいたから、たしかに動き方は女らしい動作だった。
でも、佐久良売さまや、この児に感じるような品の良さは、感じなかった。
何なんだろう。
何が違うんだろうな?
とにかく、
そして、その淑やかさは、努力して身につけたものなんだ。
きっと、
オレは、
そりゃあ、銭目当てでオレにすり寄ってきた
オレが、何も見てなかったんだから。
大鍔売だけが、オレに、心のこもった贈り物をくれた。
オレの為に刺繍してくれた
オレの為に握ってくれた握り飯!
可愛い笑顔とともに……。
あの
その目には、オレを邪険にしたり、蔑んだりする色はない。
とても好意的に見てくれている、と思う。
なんなら尊敬……。
尊敬だって!
自分で言うのはアレだな、うん。
ともかくだ。
あの
オレが、
その上で、オレを好意的に見てくれて、微笑んでくれて、毎日、オレのところにきて、短い話をして帰るんだ。
それが、もう、一月以上……、あとすこししたら、二ヶ月、続いてる事になる。
信じられないなぁ。
信じられないよね?
……オレの事、恋うてるのかな?
恋?
恋しちゃってるの? オレに?
オレも恋うてます!
タハ──────ッ!
タハハ──────ッ!
まいっちゃうね。
春。春なのかなあ。
おほん。
オレは時々、こうやって舞い上がってしまうのだけど、でもさ、あの
おそらく、あの児がオレのことを憎からず想っていたとしても、あの児は、何も言わず、何も行動を起こさないだろう。
名家の娘は、親の言いつけに従って婚姻するものだから。
慎み深いのだろう。
きっとオレが、男女の適切な距離をつめたり、男女のことを匂わせるような事を言ったら、衝撃を受けて、すぐに逃げ、もう、オレに会いに伯団戍所へ来ないだろう。
ただ、毎日、短い話をする、友人。
それが実際の、二人の関係だ。
…………これで良いのかなあ。
そうも思うが、オレは、大鍔売を大切にしたいんだ。ひな鳥を真綿でくるむように、ちょっとも傷つかないように、大切に大切にしてあげたいんだ。
過去、井戸に身投げを試みるほど、追い詰められた事のある、あの児。
今だって、医務室で過酷な仕事をし続ける、あの児。
「オレは、あの
そう言ったら、真比登が、
「わかる。大鍔売がいる
オレたちが、守るんだ。
そう思うと、戰場でもっと強くなれるぞ。」
と嬉しそうに笑って、ばしばし、二回、肩を叩いてくれた。
源と久自良も、
「
と短く同意し、ばしばし、背中を叩いてくれた。
オレはますます、戰場で戰う気合が入ったよ。
今、なんだか、とても心地よいんだ。
毎日、戰場で
それが、楽しみなんだ。
どうしよう。
いつ言おうかな。
桃の木に、ちらほら、花が咲きはじめている。
まだ
桃の木に、
桃の木の下ではじめて手を握って。
オレは本当は
オレの妻になって欲しい、と。
───伝えたい。
* * *
(※注一)万葉集では、愛しい女性、恋人のことを、
この場合の
児ろの、ろは、田舎言葉、
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