第六十六話 八穂蓼、其の四
「あたしが刺繍した布です。あなたの親切に感謝しながら、縫いました。
これをお礼に……。」
高価な、麻としては最高級品といえる布であり、郷人は、まず手にする事はない布である。
それに、得意の
刺繍は見ごたえがあり、立派なものだし、布としての価値もあがる。
豪族の娘が、身分ある人に贈り物とするのに、ふさわしい品だ。
ただの兵士相手には、高価すぎる品。
(きっと、嶋成はびっくりするわ……。)
「あなたはこんな布、見たことがないでしょうけど……。」
と嶋成に手渡す。
嶋成は、びっくりするどころか、嬉しそうに笑い、
「ありがとう。
「えっ?」
あっさりと、布の名前を言いあてた。
「どうしてわかったの?」
「
「あなた、何者なの───?」
あたしは叫んだ。
まわりの鎮兵たちが、
「ああ……。」
と、何か
福耳の背が高い鎮兵が、
「皆、言っちゃ駄目だ!」
と叫んだ。
「は? なんなの? どういう事なの?」
あたしは皆をキョロキョロ見回す。
福耳の男が、
「嶋成はただの鎮兵です!」
と、満開の笑顔で言った。
笑顔の圧力が強い。
カッ、と後ろから幻の後光がさして見えた。
「この人が
と、満開の笑顔で言った。
源と
「えええええっ!」
源は背が高い。
(大きい! 小さい! こんなの有りなの?! あ、でも、この人、顔が良いわ……。)
「
あたしは照れながら、頬に手をやった。
やっぱり、恋愛の話は、興味がある。
「もちろん!」
とそばかすのある
あたしは、嶋成に向き直る。
きっと、嶋成と
でもあたしは嶋成が、無欲で、優しくて、人を笑わせるひょうきんなところがあって、誰よりも素敵な大人の
なんだか、謎めいてる人だけど……。
(あなたに会うの、これで終わりにしたくないの。
あたしがここで生まれ変わって、自分を好きになれるまで、あなたに見ていて欲しい……、なんて、思っていても言えないわね。)
頬に熱がたまる。
それでもあたしは、笑顔で、嶋成を見つめ、
「またここに、会いに来ても良いかしら……?」
と、大事なことをちゃんと訊いた。
* * *
嶋成は、
年若い女官は、潤んだ目で、頬が赤く、にっこり笑っている。
(こんな風に
顎が大きい、性格が良くない、あれはないな、と思った自分をすっかり忘れ、
(顎が出てたって、可愛いじゃん! ふっくら体型、好みだし……。え? 何これ。脈ありなの? 春なの?
オレにもとうとう春がきたの───?!)
舞い上がり、
(はっ、落ち着けオレ。彼女は、命を助けられて、感謝してるだけだ。
大人の
調子にのった場所に着地し、くいっと片眉をあげ、自分では、すこぶる大人の男らしい笑顔だと思っている笑顔を作った。
「ふっ……、もちろんです。」
それは、まわりから見たら、ずいぶんかっこつけた、やり過ぎで、正視に耐えぬ笑顔だった。源は、
「…………!」
と声を失い、天地の裂け目を見るような絶望の顔になり、そばにいた
「なんでそんな顔するんだよ!
と小声でつぶやき、他の鎮兵たちも、
(これは引くわ。)
(終わったな。)
(あの女官、どうする……?)
と固唾をのんで見守るなか、
「嶋成ったら面白ーい!」
楽しそうに、ころころと笑った。
(え──────!!)
鎮兵たち、真比登も、皆驚き顔になった。
嶋成だけ、この危機を察知せず、
「あはっ? そうかなあ?」
(何が?)
とわからないまま、テレテレと頭の後ろをかいた。
「うふふ、また来ますね。
と大鍔売は口元を領巾で隠したまま、嶋成に流し目をよこした。顎を隠すと文句なく可愛らしい美女、流麗な流し目である。
嶋成は、鼓動が一気に跳ね上がった。
大鍔売は、皆に礼をし、
残された嶋成が、
(ふわあ〜……。こんな、心のこもった刺繍の手布をくれて。良い子だぁ……。)
と幸せな気持ちで、締まりのない笑顔を浮かべ、もらった
「ししし嶋成ー!」
「話を聞かせろー!」
と鎮兵たちが嶋成のまわりに殺到した。
* * *
※
布は、
一般的な調布の規格が、巾二尺四寸(約71cm)なのに対し、望陀布は、巾二尺八寸(約83cm)であった。
↓挿絵です。
https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818093078766224079
↓かごのぼっち様より、ファンアートを頂戴しました。
かごのぼっち様、ありがとうございました。
https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818093088433439950
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