第六十一話 名前を取り上げられた女、其の一
豪族の
いっそのこと、
そうすればこのように、自分の顔に苦しむ事はなかっただろう。
あたしの家、
一人は、遠い血族、
もう一人は、あたしの
主家、
それだけでは、珍しい事ではない。
伯母は、跡継ぎの
しかし、伯母は、すでに迎えられていた
伯母は、たいそう美しく、
あたしの家は、この慶事に沸き返ったそうだ。
だが、伯母は子を為す前に、若くして黄泉渡りをした。
「おまえの叔母、───のようになるんですよ。」
「───のように、
「おまえは───の血をひいてるのだから、必ずや、
そのように言われて、育った。
見たこともない、あたしが生まれる前に黄泉渡りした伯母の名前を聞かぬ日はなかった。
だが、だんだん、その声は小さくなった。
あたしが、
ある日、物陰で、
「あの子は、醜いな。これでは……。」
と、あたしの話をするお父さまの言葉を、偶然、聞いてしまった。
でも、あたしのそんな顎は、お父さまにそっくりだった。
あたしは、美女じゃない。
それどころか……
鏡を見れば、わかる。
顎がいけなかった。
顎をそっと手で隠せば、あたしだって、母刀自に似て、きちんと綺麗だった。
(いいえ、顎が大きいからって、何よ。あたしは車持君の娘。
女官となり、跡継ぎに見初められて、
そう思って、教養を身に着け、しとやかな所作を磨き、刺繍や、舞や、
そして運命の日。
十六歳のあたしは、
跡継ぎである
だからあたしは、その父、
広瀬さまは、四十七歳だった。
かまわない。
あたしの若さが寵愛を得ることに役立つならば。
だが、
「ぐうっ。」
と不快そうにうめいた。
あたしは緊張で胸が早鐘をうった。
二人きりになり、あたしは舞を踊った。舞には自信があった。だけどすぐに、
「やめろ!」
と広瀬さまは怒鳴った。
「血が連なる者と聞いたから、期待しておったのに、似ても似つかぬ。
なんだその顔は!
その舞は!
おまえの伯母は微笑むだけで飛ぶ鳥を落とし、舞うだけで
部屋を叩きだされ、
「おまえ、その名前を名乗ること、
「そんなっ……!」
あたしは名前を、取り上げられた。
(あたしが何をしたというの?!)
ぼろぼろ涙があふれた。主の怒りは収まらず、
「
と離れた
「
即刻、車持君の屋敷へ送り返せ!」
「ひっ……!」
あたしは恐怖で身体が硬直し、目の前が真っ暗になった。
女官として務めながら、途中で生家に送り返されるのは、たいへんな不名誉。
不出来な
鎌売が礼の姿勢をとりながら、
「恐れながら、生家に送り返されるのは、たいへんな不名誉。女官にとって死を賜るのにも等しい苦痛です。
ととりなしてくれた。
「ふん!
手はつけておらぬ。
明日には出立せよ!
その顔、二度と見たくはない。」
あたしは
(どうして、どうしてこんな事になったの?)
涙が枯れるほど、泣いた。
* * *
十二日かけて、陸奥国にきた。
初めて会った、
大川さまは孤高の方で、この年齢で妻はおろか、
(どうしても、何がなんでも、大川さまのお情けをいただかねば。
そうでなくば、
せめて大川さまの
お父さまも
このまま、ただ惨めなまま終わるのは嫌……。)
じっと大川さまの顔を見ていると、大川さまが眉根をつめ、目をそらした。
「三虎。」
冷たく、従者の名前を呼んだ。
「はい。」
と返事をした従者は、にこりともせず、
「
大川さまの世話は一切、しなくて良い。
───いや、するな。
そのつもりで、佐久良売さまのもとで仕えろ。」
「はっ?」
見たところ、
あたしは、大川さまお付きの女官になったのだと、この時までは思っていた。
───違った。
「来い。」
「えっ……。」
従者の三虎は、そう言って、さっさと部屋を出てしまった。にこりともしない、威圧感のある怖い
あたしは急いであとをついて歩き、事態の飲み込めないまま、医務室……佐久良売さまのもとに連れていかれた。
三虎は、佐久良売さまに手短に話をすると、すぐに姿を消した。
↓挿絵です。
https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818093078644825506
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