第六十話  も、もう我慢なりません!

 夕刻。


 伯団はくのだん戍所じゅしょに、ふっくらした身体つきの、五百足いおたりの妻、小鳥売ことりめがきた。

 五百足いおたりと、真比登が、


「どうした?」


 と迎える。

 若大根売わかおおねめから、伝言を預かってきたという。


佐久良売さくらめさまは、本日、新しく来た女官に、真比登さまの容姿をあてこすられて、ひどくご立腹なさいました。

 今宵は早めに佐久良売さまのお部屋にお顔を見せて欲しい、との事です。」


 真比登は、途端にそわそわし始めた。

 チョビ髭の五百足いおたりは、そんな真比登を見て、


「真比登、早く佐久良売さまのところに行ってやれよ。ここはもう良いから……。」


 と雑事は全て請け負う。


「ありがとう、五百足いおたり! 小鳥売も伝えに来てくれて、ありがとう! 味澤相夜あじさはふよをや(さようなら)。」


 真比登は風のように、愛しいいものところへ走りだした。


 残された五百足いおたりと小鳥売は、手を握り、よりそい、真比登の背中を見送った。




    *   *   *




 真比登が佐久良売さまの部屋につくと、


「真比登……。」


 と、泣きはらし、目元の赤い佐久良売さまが、真比登の胸に飛び込んできた。


「今日は早いのね。嬉しい。」

「小鳥売が、早く来るようにって、若大根売わかおおねめからの伝言を伝えに来てくれました。」

「まあ! 若大根売わかおおねめ、ありがとう。」


 佐久良売さまは真比登の腕のなかから、お付きの女官を見て微笑む。


「はいっ!」


 若大根売わかおおねめは、にっかり、笑うと、礼の姿勢をとり、静かに部屋をあとにした。

 部屋には二人きり。


「真比登、真比登、今日、今日ね……。」


 佐久良売さまは、そう口にしたあと、続きを言うのが辛い、というように、真比登の胸に顔を埋めた。


「簡単に聞きましたよ。オレの容姿を新入りの女官にあてこすられたって。……疱瘡もがさのことですね?」

「…………。」


 佐久良売さまは、泣き顔で、真比登を見上げた。


「そうよ。あなたの事を醜い疱瘡もがさ持ちと。腹が立って、腹が立って……。頬を二回、打ってやったわ。」

「オレが醜い疱瘡もがさ持ちなのは、本当のことです。今まで、さんざん言われてきました。」


(それ以上のことも。)


「今更、です。オレは気にしませんよ。」

「ううう……っ。」


 しくしくと、佐久良売さまは、真比登の胸で泣きはじめた。


「あたくしの愛子夫いとこせの事を何も知らないくせに、疱瘡もがさがあるって事だけで、卑下されて、あたくし、本当に悔しかったの。

 うっ……。

 あなたが、どんなに、頼りになって、細やかに愛してくれて、素敵なおのこなのか。

 ひっく……。

 あたくしにとって、どんなにかけがえのない、大切な人なのか。何も知らないくせに!

 ぐすっ……。

 真比登は、こんな屈辱に、今までずっと耐えてきたのね。あたくし、胸が張り裂けそう。」

「佐久良売さま!」


 真比登は愛おしさがこみあげて、佐久良売さまをぎゅーっと強く抱きしめた。

 佐久良売さまは、ちょっと苦しそうに息をつめる。

 でも、じっとして、真比登の抱擁を受け入れてくれる。


「も、もう我慢なりません!」


 真比登は佐久良売さまを解放すると、素早く部屋の半蔀はじとみ(釣り上げ窓)を全て降ろした。

 部屋が夕焼けの色から、影の色にかわる。

 蝋燭も灯していなかったので、暗い。

 でももう、暗かろうが、かまわない。

 蝋燭を灯す時間も惜しい。


 さ寝をするには、少々早い時間だ。


「かまわないですね?」


 真比登は、ふんふん鼻息荒く、ぽかんとした顔の佐久良売さまを抱き上げた。   



   *   *   *



(そんなに、あたくしが欲しいのね?)


 鼻息が荒くとも、優しく微笑む真比登が、愛おしい。

 佐久良売は、くすりと笑い、真比登の首に腕をまわす。


 寝床で、愛子夫いとこせに身体の全てを開く。

 深く、深く。

 肌は汗で潤い、おみなの壺は蜜で洋溢よういつ(満ちあふれる)となり、身体の深くから、つきあげるように、悦びが湧き上がる。


(愛している。

 心から、愛している。

 真比登……。)


「あぁ…………………………。」


 真比登の逞しい身体が、佐久良売に勢いを持ってぶつかる。


 快楽くわいらく


 真比登の想いが、愛が、その手、その腰、佐久良売を見下ろすその眼差しから、伝わってくる。


「もう良いんです、佐久良売さま。」


 真比登は佐久良売を貫きながら、


「あなたが、いてくれるから。」


 玉の汗をかき、


「オレの疱瘡もがさのせいで、あなたまで嫌な思いをさせて、申し訳ないです。」


 おみなの壺を甘く揺すぶりながら、静かに、悲しそうに言った。

 佐久良売は押し寄せるくわいらくに、


「……う、あっ。」


 ともだえながら、頭を激しくふり、


「違う、真比登ぉ……。あたくし、嫌じゃない。違うの。あたくしは、あなたの辛さを、一緒に、分かち合いたいの。あなたを、愛しているから。」


 思いの丈を叫ぶ。

 すると、いっそう、鋭く奥まで押し刺された。


「ひぃっ!」


 たまらない。


 良い。


 くわいらくが多重の花となり、大きく花開く。


 ───悦喜えっき───。


 佐久良売は真比登の腕のなかで弓なりにのけぞった。


「佐久良売さま! 愛しています!」


 真比登の腕のなかは、安心する。佐久良売の身体を支えて、びくともしない。


(真比登。


 いつまでもこうしていて。

 

 あたくしを癒やして。


 あなたを癒やしたい。


 あなたの深い傷を。その悲しみを。


 あたくしがどれくらい、その傷を埋めてあげられるかは、わからない。

 でも、癒やしてあげたい。

 あたくしは、真実、あなたのいもで、あなたは、この世にたった一人の、あたくしの愛子夫いとこせなのだから。)


「あ……、真比登……。」


 佐久良売は愛子夫いとこせを抱きしめ、真比登のこれまでの過酷な人生を思い、涙を流した。




    *   *   *




 若大根売わかおおねめは、夕餉の前に、軽くつまめるもの、白湯とむき栗を厨屋くりやで用意して、佐久良売さまの部屋に戻ってきたのだが、半蔀はじとみがすべて降ろされている。


(……!)


 部屋のなかからは、佐久良売さまの、睦みあう声が聞こえてきた。

 若大根売わかおおねめは、盆を持ったまま、妻戸つまと(出入り口の扉)の前にたち、番をする事にした。


 きっと、佐久良売さまは、これで慰められて、このあとは、いつもの笑顔に戻ってくださるだろう。

 そうできるのは真比登さまだけだ。

 真比登さまに感謝。


 まあ、もとはといえば、真比登さまの疱瘡もがさのせいだけど。

 いやいや、完璧な人なんていない。

 真比登さまは、悪くない。


 完璧な人、と言えば、若大根売わかおおねめの想い人だ。


 みなもとは、どうしてあんなに完璧なんだろう?


 かっこいい。

 背が高い。

 くっきりと出た喉仏。

 広い肩幅。

 優しいし、笑顔が素敵だし、頭が良いし、話をしていて楽しいし。

 聞くところによると、武芸もかなりの腕前だと言う。


 毎夜、焚き火のそばで、若大根売わかおおねめと源は待ち合わせをしている。

 長い時間ではないが、お互いのその日のことを語りあい、必ず別れ際、


 ───若大根売わかおおねめ……。


 と、自分に笑顔をむけてくれた源は、素早く、ちゅ、と若大根売わかおおねめに口づけをするのだ。


「はあ……。」


 若大根売わかおおねめは頬赤く、ため息をつく。


 源は、それ以上は、若大根売わかおおねめに何かしようとはしない。


 自分が仕える主が、悦びの時間を過ごしているのを、女官として部屋の外から守りながら、若大根売わかおおねめはほとんど陽の落ちた山の端を遠く眺める。


(あたしもいつか、源と……。)




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