第五十六話  花麻呂!? からかってるでしょ!

 古志加こじか嶋成しまなりに、葛の根堀りの片付けを任せたことを謝罪した。

 嶋成は笑って許してくれた。

 良い人だ。

 

 花麻呂は、時々、嶋成、みなもと久自良くじらの三人と、夕餉のあと浄酒を呑むそうだ。仲良しの人ができて良かったと思う。あたしは、ちょっと興味がわいて、


「いつもどんな事喋るの?」


 と花麻呂に訊いてみた。


「あー? いろいろ。」

「教えてよ。」

「んん? おまえの事だよ。」


 花麻呂がイタズラっぽく笑う。


「えっ? 何? どんな事?」


 花麻呂があたしの側頭を拳骨でコツン、と小突きながら、


「おまえは可愛い。」


 と卯団うのだんにいたら口にしないであろう事を言う。あたしは思わず赤くなり、


「はっ? 花麻呂!? からかってるでしょ!」

「うん。からかってる。」

「もうっ! バカッ!」


 あたしは見切れる速さで拳を胸に打ちこむ。花麻呂はきちんと掌でうけて、


「ははは。」


 と笑う。




    *   *   *





 源はすごい奴で、何がすごいって、向上心がすごい。

 剣、弓、ほこ。何でも、優れた使い手がいたら、


「教えてくれーっ!」


 とあとをくっついてまわって、武芸を教えてもらってる。


 源と剣の手合わせをしたら、強かった。

 負けた。

 悔しい。

 稽古のあと、


「ねえ古志加、何か怒ってる?」


 と訊かれたのが印象的だった。怒ってないのにな。

 花麻呂と源が手合わせをしたら、花麻呂が勝った。

 でもあたしは次の日、花麻呂と手合わせをして花麻呂に勝ったので、源とあたしら二人の実力は、同じくらい、良い勝負、なのだろう。


 源が時間をみつけては、教えてくれ、といろんな人のところにいくのを、嶋成は、


「あれに全部つきあってると、へとへとになるぜ。」


 と言いつつ、二回に一回は、


「オレにも教えてくれー!」


 と源と一緒に、強い人に教えを請うている。

 戰場で命のやりとりをしてきたあとなのに、体力がすごいよね。


 あたしと花麻呂も、時々、それに便乗して、


「教えてください。」


 と武芸を教えてもらう。


 久自良は、


「オレはもう年だー。」


 とまだ若いのに翁のような事を言い、基本、見てるだけだが、気まぐれに、源と一緒に教えを請う。


 なんだか、とても楽しいよ。


「三虎は、教えてくれってお願いしても、従者のお勤めがあるからって逃げられる。むぅっ。」


 と源がほっぺをふくらませるので、あたしは、源をはじめ希望者十人を連れて三虎のところにいき、


「お願い、三虎、弓を教えてください。お願い……。」


 と心を込めてお願いした。三虎は、


「……おまえ……。」


 とすごく嫌そうに絶句したけど、大川さまが、


「あははは! 異国の鎮兵に慕われて良いことだな三虎! 教えてやって来い。」


 と言ってくださったので、三虎に弓を教えてもらった。

 三虎の弓の腕、いつ見ても惚れ惚れとする。

 的に吸い寄せられるように、矢がまっすぐ飛ぶ。絶対にはずさない。

 かっこいい。

 三虎は口が悪くて親切じゃないけど、卯団長だから、実は教え方もうまいんだ。

 宇志うし久自良くじらなどは、三虎に教えてもらった一回だけで、ずいぶん、弓の命中率があがった。

 源はもともと、弓も上手で、三虎に一番褒められていた。悔しい。

 あたしと嶋成は、同じくらい下手くそで、


「よくそれで鎮兵ちんぺいができたな。ブレブレだぞ。なめてんのか!

 おまえもだ古志加。戰場で弓を持たず、はじめから剣で戰うのはかまわん。

 だが弓は基本だぞ。桃生柵もむのふのきに来て弓が下手になってどうする! このバカ!」


 久しぶりに三虎の罵詈雑言を浴びた。

 しゅん、とするとともに、叱る時の顔も好き、と思ってしまうから、あたしはどうしようもない。




     *   *   *




 あたしは嶋成を丸太運びに誘った。

 定期的に、貯蓄してある丸太を運びだし、薪割りをするのだ。丸太は二人一組で運ぶ。

 嶋成は、


「オレ、丸太運びの当番じゃないし……。」


 と渋った。

 たしかに、あたしも嶋成も、丸太運びの当番ではない。

 でも、手伝いを申し出る事は可能だ。普通、そんな奴はいないけど。 


「それに古志加、おみなじゃん……。」


 丸太運びなんてできないだろ? と言いたげに嶋成があたしを見た。

 花麻呂が、


「わかってないな、おまえは。古志加は衛士だ。衛士として、おのこと同じ仕事を一通りする。」


 と冷たく言う。あたしは眉を立て、


「そうだよっ!」


 と胸をはる。

 まあ、卯団で丸太運びをする時は、さすがに太めの丸太は免除してもらってるんだけどね……。

 あたしと花麻呂が組み、あたしが慣れた様子で丸太を肩に担ぐと、


「うわー……。」


 と嶋成は驚いた。

 嶋成と源を組ませ、丸太を担がせると、やっぱり、嶋成だけ足がふらついた。


「嶋成、頑張れ! しゃがんで立ってみて!」

「えっ? 嫌だよ。」

「あのね、丸太を肩に担いで、しゃがんで立つと、足腰が鍛えられるの。ほらっ!」


 あたしが丸太を肩に担いだまま、しゃがんで立ってみせると、


「うわー……。」


 と嶋成がひいた。


「嶋成、頑張れっ! ほらっ!」


 じわっと汗をかきながら、あたしが嶋成に促すと、花麻呂がにやっと笑いながら、あたしの口調を真似して、


「嶋成、頑張れっ!」


 としゃがんで立つ。源も、


「嶋成、頑張れ。」


 と同様にする。


「オレだけか! オレだけなのか!」


 嶋成はしゃがみ、


「うぐぐ……。」


 顔を真っ赤にしながら、ゆっくり立ち上がる。あたしがすぐ、


「はい、もう一回! 頑張れ!」


 と言うと、


「頑張れ。」

「嶋成、頑張れ。」


 と花麻呂も源も嶋成を励ます。


「ぐおぉぉ……。」




 そのあとも、嶋成は良く頑張った。

 強くなれると良いね。





    *   *   *





 雪がふり。


 あたしと花麻呂ははしゃぎ、嶋成たちに呆れられた。


 桃生柵もむのふのきは雪に閉ざされ、戰は途絶えた。


 冬。


 人の往来ができないほどの、豪雪。


 ───そして春。


 雪解け。



 乙卯きのとうの年。(775年)






   *   *   *



 嶋成は思う。


 オレは、本当は、佐久良売さまに恋をしていたんだ。

 でも、告げなむ(告白)できなかった。

 なぜだろうな。

 きっと、佐久良売さまの隣にいる自分が、想像できなかったからだ。


 佐久良売さまに現実を突きつけられたあとから、オレは自信を失い、自分のことが嫌いになった。


 ───佐久良売さまを惚れさせるのは、オレには無理だ。


 それが心のどこかでわかっていて、いろいろ理由を作って、告げなむする気になれなかったのだろう。


 だから、次に恋をした古志加には、きちんと告げなむしたかった。

 見てるだけの恋じゃなくて、己の気持ちをぶつけたかった。

 大国造おおくにのみやつこの息子としてではなく、ただの嶋成、一人のおのことして。


 古志加に思いが届かなくって、悲しかった。

 オレは泣いた。

 たくさん泣いた。


 でも、冬が過ぎ、春が来て。もう、今は泣きたいとは思わない。

 なぜだか、心が晴れやかなんだ。


 古志加は、妻問つまどい(プロポーズ)を断ったけれど、そのあとも仲間として、笑顔で接してくれる。

 素直で良い子だ。

 古志加の明るい笑顔に、オレは助けられているのかもしれない。



 オレは驕り高ぶった、まわりの見えていない愚かな自分を変えたくて、桃生柵もむのふのきに来た。

 益荒男ますらおになると心に決めて。


 五ヶ月たって、どうかな。

 オレは益荒男ますらおになれたかな。


 答えは、否、だ。

 真比登や、源や、他にも、強い奴はいっぱいいる。花麻呂や古志加だって、オレより強い。

 そんな人たちを差し置いて、オレの方が益荒男だ、と言う気にはなれない。


 昔はさ、根拠なく、自分に自信たっぷりだったんだよ。

 良い衣を着て、贅沢できて、身分もあって、オレはすごい奴だと思っていたんだよ。

 でも今は、自分は普通のおのこだと思っている。

 そして、そんな自分のことが、嫌いじゃない。


 不思議だよな。

 益荒男になれてないのに、前より、自分のことが嫌いじゃない、なんて。


 鎮兵ちんぺいの新入りとしての仕事も、手にあかぎれを作りながら、自分でこなしてきた。

 鍛錬をして、己を鍛えた。

 誇れる友ができた。

 佐久良売さまを悪漢から守る為に戦った。

 戰場で、仲間に助けられ、仲間を助けた。

 古志加に飾らない想いを、伝えることができた。


 オレは全部に、まっすぐ向き合ってやってきた。

 その一つ一つが。

 今のオレを作ってくれてる。


 だからオレは、今のオレが嫌いじゃないし、こう、堂々と言える。


 オレは、オレを一人のおのことして見てくれるおみなと出会いたい。


 オレは、新しい恋がしたい!







    *   *   *





 雪解けとともに───。


 蝦夷との戦は再開される。


 嶋成は傷を負った。












 ↓挿絵です。

https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818093078310429661


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