第五十二話  下よし戀ひば、其の二

 嶋成しまなりは立ち上がり、大きく息を吸い、はっきりと想いを口にした。


古志加こじかは、オレに新しい喜びを教えてくれる。オレ、古志加を恋うてる。オレの妻になってほしい。本気だ。」


 古志加は振り向き、


「…………。」


 驚き顔で無言だ。


桃生柵もむのふのきの戦が終わったら、一緒に牡鹿おしかで暮らさないか。

 オレには、古志加が必要なんだ。返事はすぐじゃなくても良い。」


 たゆらちゃんも立ち上がる。

 彼女は立ったまま、しばらくうつむき、逡巡しゅんじゅんしたあと、顔をあげた。


「………ごめん。あたし、恋うてるおのこが他にいるの。嶋成の妻にはなれない。」


 ズキッ。


 オレの胸が傷んだ。


「古志加は、そのおのこ妻問つまどいされたのか?」


 たゆらちゃんの目がゆらゆらと揺れる。


「……されてない。」

「何か約束してくれたのか?」

「……ない。」

「オレは、古志加を妻にしたい。

 古志加を幸せにするって約束する。

 恋うてるんだ。

 その男を忘れて、オレを選んでくれないか、古志加。」

「……ダメ。」

「古志加……。」


 こんなに、言葉を尽くしても、通じないのか。

 佐久良売さまといい、たゆらちゃんといい、道嶋みちしまの宿禰すくねの名前のないオレは、


「オレは、そんなに魅力がないのか……。」

「違う。……嶋成は、良いヤツだよ。会って少ししかたってないけど、それはわかる。

 妻問つまどいしてくれて、嬉しい。

 だけど、あたし、たった一人のおのこを恋うてるの。

 妻問いしてくれないし、将来を約束してくれるわけじゃないし、ほとんど優しくしてくれない。

 嶋成のほうが、きっと、優しい。

 でも、そういう事じゃないんだ、あたしの恋は。

 あたしは、あの人だけが恋いしい。

 格好良くて、強くて、全てが凛々しくて、素敵で、わかりにくいけど、本当は誰よりも優しい人なの。

 他のおのこの妻になる事なんて、考えられないの。

 あたしは、あの人に全部あげたい。

 あの人の為に死にたいの。

 あの人は、主に何かあったら、いつでも盾になって死ぬって言ってるから、あたしが、あの人を守るの。

 あの人が主の盾になるなら、あたしがあの人の盾になって、あの人のかわりに死ぬの。

 だから、嶋成をそういう目で見る事はできない。

 ……ごめん。」

「…………。」


 ズキズキズキ。


 胸が痛い。


 たゆらちゃんの言ってる事は、正直、良くわからない。それって恋なのか? 

 ただわかるのは、完全に振られたって事だ。


「なんだよ、それ……。盾になって死ぬなんて、良くないだろ。

 古志加は女なんだから、屋敷にいて、安全なところで男に守られてれば良いんじゃないのか? 

 命を危険にさらすなんて……。」


 たゆらちゃんは目をそらし、寂しく笑った。


「あの人は、どうやら、あたしを妻にはしてくれないみたいなんだ。

 それなら、そばにいて、いつか盾になって、あの人に命を捧げたい。

 あたしは、あの人に命を助けてもらったの。だから、返すんだ。

 それがあたしの恋なの。

 ふふ、おかしいだろ? 

 理解してもらえなくてかまわない。あたしも、こんな事言う女を、他に知らない。」


 たゆらちゃんがこっちを見て、息を呑み、困った顔をした。


「ごめん……。嶋成、泣かないで……。」


 オレ、泣いてんのか。


「えぐっ。」


 泣いてた。ちくしょー。


「ごめんね、元気だして……。」


 たゆらちゃんが静かにそばにきて、ぎゅ、とオレに抱きついた。


(バカー! そんな事したら胸もんで口づけしたくなっちゃうだろー!)


 だが実際には、オレはそんな事はせず、ただ、たゆらちゃんを抱きしめた。

 ああ柔らかい。

 胸が豊かだ。

 背中や肩は、筋肉がついて、硬く引き締まっている。

 髪の毛から、花のような良い匂いがする。




 でも、オレの妻にはなってくれないんだな……。




「なあ古志加、もし、オレが……。

 本当はすごい金持ちで、貴族だって言ったら、国司こくしの息子だって言ったら、オレと牡鹿おしかに来るか?」

「行かない。」

「……そうだよな。いきなり貴族だって言われても、嘘くさいよな。」

「んん……、でも、そうかもね? ちょっと信じちゃうかも。嶋成、着てる衣が上等だもん。髪の艶も良いしね。」

「ふふっ。」


 信じちゃうかも、という、素直なたゆらちゃんが、愛おしい。


「えぐっ。それでも……、一緒に来てはくれないんだな。」

「うん。嶋成が本当に貴族だとしても、行かない。」


 ぱーんと竹を割ったように、心がスッキリした。

 なんでだろう?

 こんなに辛く、悲しいのに。


「えぐっ。えぐっ。……もう良い。離れろ。」


 オレは古志加を引き剥がし、顔を袖でぐいぐい拭った。

 両手でぱん、と自分の両頬を打って、気持ちを切り替える。

 そして明るい声で、


「まだ、葛の根堀りが残ってる。さっさと済ませちまおうぜ。」


 と笑った。古志加はこちらを気遣うように見てから、


「……うん。」


 と、根堀り作業を再開した。

 オレは、ぐすぐす鼻をすすりながらも、無心に根堀りをした。

 古志加も、オレも無言だった。

 ほとんど根堀りを済ませた頃。


「おや、古志加か?」


 薬草園のそばの小道から、おのこの声がした。


















挿絵です。

https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818093078218827829

 

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