第五十一話  下よし戀ひば、其の一

 はぎはな  咲く秋の野に


 くずの  


 したよしひば  久しくもあらむ





 芽之花はぎのはな   咲秋野尓さくあきののに

 蔓葛はふくずの

 下夜之戀者したよしこひば  久雲在ひさしくもあらむ






 萩の花咲く秋の野に、

 豊かに生い茂るくずの葉の、

 下に隠れるように、ひっそりと、

 恋しているだけなら、

 恋がかなうまでに長い時間がかかってしまうだろうね。





 ※下よし戀ひば……感情が、上、つまり人の目につく表にはあらわれず、下、人から見えないところに隠したまま、ひっそりと恋い慕う様子。







   *   *   *







 この薬草園には、嶋成と、たゆらちゃん、二人きり。


「オレ、今日、いきなり休みになったんだ。良かった。こうやって、古志加の手伝いができて……。」


 オレは、くずの葉を刈りながら、吉弥侯部きみこべの古志加こじかをちらちら、横目で見る。

 髪を涼やかに結い上げ、あらわになったうなじが、色香を放つ。

 たゆらちゃんはすまなそうに、


「休みなのに、ごめんね。疲れたらやめて良いからね。あたし一人でできるから。」


 と笑って言う。


 ズキ。


 オレの胸が痛む。


(オレは、たゆらちゃんと二人きりで作業が出来て、嬉しいのに、たゆらちゃんは違うのかよ。オレと一緒にいても嬉しくないのかよ。……オレ、なんとも思われてないのかな……。)


 気持ちが、ぐん、と沈む。


(……なんだ、これ。こんな些細なこと、何、気にしてるんだよ、オレ!

 オレはこんな細かい事、気にする男じゃなかったろ?

 どうしちゃったんだ……。)


「オレ……。」


 オレと一緒にいるの本当は嫌かよ、と言いかけて、オレは、ぐっと言葉を呑み込む。そんなカッコ悪い事は言いたくない。

 

 吉弥侯部きみこべの古志加こじかは手をとめて、こちらを見て、首をちょこん、とかしげた。

 言葉の続きを待っている。

 なんかうまい事言え、オレ!


「オレ、疲れない。」


 全然うまくない! なんだそれ!


「あの、ええと、疲れないのは、さっき聴こえてきた唄が良かったからで、あれを聴いてたら、疲れない。

 ずっと聴いてたいくらいだ。

 それにな、オレ、土いじりが好きなんだ。」

「そうなの? ……あたし、唄おうか?」


 たゆらちゃんが、花がこぼれるように笑う。

 オレも、つられて、笑う。


「うん、聴きたい。」

「わかった!」



 ───菅叢すがむらのや、はれ……。


 小菅叢こすがむらのや。


 むらのや……。


 菅叢すがむらのや……。



 たゆらちゃんが唄をうたい、また葛の葉を刈り取りはじめた。横顔が微笑んでいる。

 オレも、無言で唄を聞きながら、葛の葉を刈る。

 そよ、と秋風に、遠くで白い萩の花が揺れ、葛の葉が揺れ、緑の濃い匂いが鼻に届く。

 穏やかな時間。


(こういうの、良いな……。

 もし、もしもだよ?

 たゆらちゃんがオレの妻になってくれたらさ。

 時々は、こんな風にたゆらちゃんの唄を聴きながら、土いじりしたいな。

 そしたらすごく、幸せだ……。)




 刈り取り作業に没頭し、葛の葉は刈り取り終わった。次は、根堀り作業だ。

 ざくっ、ざくっ、と鎌の先端で土をかきだす。たゆらちゃんもさすがに唄い疲れたか、唄がやんだ。


 たゆらちゃんは、葛の根を掘り出す手際が良い。


「根堀り、うまいな。」

「……そう?」


 たゆらちゃんは、不思議そうにする。


「ああ。うまい。古志加も土いじり、好きなのか?」

「うん? 好きかどうかなんて、考えた事なかったよ。宇母うも(里芋)を掘って食べるのは好きだけどね。……いつもやってる事、それだけだよ。」

「そうか、オレは土いじり、好きだ。」


 八歳の頃までは、普通に、小さい畑で野菜を育てたり、土いじりをしていた。

 桃生柵もむのふのきでこうやって土をいじっていると、普通の良民りょうみんだった、まだおごる事を知らなかったあの頃を思い出す……。


「……あたしは、土いじりより、剣をふってるほうが、好きだな。」

「剣を?」

「そう。あたしは剣が好き。剣をふってると気持ちが良い。」

「気持ちが良い? オレは、剣をふってても気持ち良くはないかな。」


 稽古とか、面倒なだけじゃん。


「稽古相手を倒したら、気持ち良いでしょ?」

「それならわかる! 勝てたら嬉しい。」

「うん、そういう事だよ。」

「じゃあ、古志加は、戰場に立つのも好きなのか?」

「うん、あたし、ここに戰しにきたから。

 戰場に立つと、強くなる手応えを感じる。それが、好き。」

「そうか。」


 あの血なまぐさい、玉のが蜘蛛の糸のように千切れやすくなる戰場。

 益荒男ますらおになる為にここに来たオレは、戰場に怯えることはないが、戰場に立つのは、未だに好きではない。

 でも、たゆらちゃんは違うんだな。


「ここに来れて良かったな。」


 オレがそう言うと、たゆらちゃんは嬉しそうにうなずき、笑った。


「嶋成って、話しやすいね。」

「そ、そう? へへ。」


 嶋成は、笑顔の古志加に話しやすいと言われて、有頂天になった。


(やった〜!)


 そして、はたと気がついた。


 話しやすい、と言われて、喜んでる。

 このオレが!


「オレ……初めてだ。」

「何が?」

「話しやすいって言われたの。」

「ふうん?」

「話しやすいって言われて、こんなに喜んだのも……。」


おみなから、話しやすいって言われるだけで、こんなに嬉しいものだったんだな。オレ、知らなかった。)


 古志加がくすくすと笑った。


「嶋成は話しやすいよ! 意外だな。今まで人から言われたことがないなんて。

 あたし、仲良い人と話すなら平気なんだけど、たくさんの知らない人と話すのって、ちょっと苦手……。

 初日、ここでやってけるか、不安だったの。

 でも今は平気。嶋成みたいな人がいてくれて、良かったよ。」


(たゆらちゃん……!)


「オレも、古志加と会えて良かった。」


 胸が熱い。

 心が熱い。

 血潮が熱を持つ。

 熱い。


(たゆらちゃん、恋うてる。)


 ……想いが止まらない。


(オレ、勇気出すよ。)


 見てるだけの恋で、終わらせるつもりはない。


 オレは、心臓しんのぞうが激しく脈打つのを感じながら、顔をあげ、しゃがんで向こうを向いている、たゆらちゃんの後ろ姿をまっすぐ見た。


「オレ、古志加のことを恋うてる。」

「……えっ?」


 たゆらちゃんの、葛の根堀りをする手が止まった。















挿絵、其の一。

https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818093078218754512



挿絵、其の二。

https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818093078218781150

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る