第三十九話 五百足と三虎
チョビ髭の
兵士は、通常、寝ワラで一斉に雑魚寝する。
一人部屋というのは、ありがたいものである。
「呑むか?」
自分で呑む為ではなく、こういう時に使う為だ。
なぜ、オレの親は、と、
「ありがとう。一杯だけいただこう。
手ぶらですまないな。
……
「ああ、良く戦ってたんじゃないか。
初戰とは思えないくらいだ。
さすが
「ふ。」
あの衛士二人は、三虎の部下だと言う。部下を褒められて嬉しかったのだろう。いつもむすっとした表情の三虎の口元がほころんだ。
こうやって注意深く見ていれば、感情の起伏はわかる。
話してみれば、三虎の中身はまっすぐな、歪んだところのない男であった。
三虎に言っておきたい事があるからだ。
「真比登から聞いたぞ。
古志加を死なせるな、
そうしないとオレの身が危ないって。
そんな脅しを言わなくても、真比登は、守って欲しいと言えば、きちんと守る。
あまり真比登をいじめてくれるな。
可哀想に、顔色が蒼かったぞ。」
「おや、これはすまなかったな。」
三虎は、ひょい、と片眉をあげた。
「オレと真比登は、
古志加と花麻呂は自力で阿呆どもを倒したあとだったが……。
真比登が睨みをきかせたから、もう同じ事をしようとする阿呆は出てくるまい。」
「ああ、噂できいた。
「実際に荷車をひいたのは、源や嶋成だがな。真比登が自ら、一日のうちに陸奥六団全部を回って注意をしたのなんて、初めてだぜ?」
通常は伝令兵を使う。
「感謝してる。真比登にも会ったら、感謝を伝えよう。」
「荷車をひいて回ってる時、花麻呂は堂々としてたが、古志加は真っ赤になって、恥ずかしそうに
可愛い
「…………。」
三虎が五百足を睨み、まとう空気がぴりぴりと尖った。
あまりにわかりやすい。
ぷっ、と五百足はふいた。
「ははは! 冗談だよ。悪いが、妻以上に可愛い
もう三虎からは、婚姻祝いだと、
こんなに沢山、と五百足は驚いたが、三虎は豪族の次男で、
三虎は眉間にシワをよせ、盛大にむすっとむくれた。
「からかうな。からかわれるのは苦手だ。」
「はは、そう言うな。」
(いや〜、これ、からかうだろ? 面白いもん。絶対、
「それで
「そうだ。」
三虎は
豪族の男なら、
荷車を引き回している時に近くで見た古志加は、
白河団の阿呆どもが、古志加が来て一日で気狂いしたのも、わかる。
あれは、男が放っておけない美貌だ。
そんな古志加を部下としている三虎も、きっと……。
(オレと同じだな。まわりから見てるとわからない、何かの
それは、人にほっつき回されたくない、大事な感情なのだ。
その後は、軽く会話をして、
「あの二人、よろしく頼む。」
と三虎は帰っていった。
* * *
その頃。
「この昆布の握り飯も美味しいです! 佐久良売さまの握り飯が毎日食べれて幸せです!」
と歓喜しながら握り飯をほおばり、佐久良売は、さ寝したあとのしどけない色香を漂わせながら、血色の良くなった赤い頬で、
「ふふ……。」
と愛おしそうに
* * *
その頃。
くるくる癖っ毛の女兵士、古志加は、女官部屋で十一人の女に囲まれていた。
そばかすの可愛い女官、
「昨日は、あなたの話がきけて、良かったわ、古志加。」
と
若大根売は佐久良売さまお付きの女官として、一人部屋が与えられている。にもかかわらず、古志加の話聞きたさに、昨日も女官の十人部屋に押しかけて来て、蝋燭がつきるまで長居して帰った。
(うぅ……。どうして
昨日一日で、古志加の恋心は丸裸にされてしまった。
花麻呂とは恋仲ではないのね、とも確認された。
額に藍色の布を巻いた花麻呂は、背が高く、顔も良く、笑顔が爽やかだ。
「花麻呂は良い奴だけど、
と古志加が言ったら、
「ちっ。」
と女官たちが舌打ちしていた。怖い。
「昨日、話す時間がとれなかったけど、今日こそは話すわ。副将軍殿の秘密を……。」
(秘密? そんなもの、大川さまにあったかな?)
古志加は首をかしげる。
そして知る。
衝撃の事実を。
* * *
その頃。
美貌の副将軍、大川は、白絹の夜着の上に白い
「ふう……。乱れるな。」
戰場で毎日鉾をふるってはいるが、どうも、型が乱れ、思う通りの綺麗な型が決まらない気がする。その乱れは、大川にとって許せるものではない。
「……良し。」
ようやく、長年鍛えてきた鉾の型に、ぴたりと添う形になった。
止まるところは止まり、吸い込まれるように鉾を突くところは突く。
己が納得できる身体の動きになったところで、大川は密やかな稽古を終える。
* * *
翌朝。
朝日が山の端を照らす、早朝。
遠く、朝もやが山にたなびく。
十月の朝は身を切るような冷たさと、厳かな雰囲気に満ちている。
静かな早朝に。
───
鶏の鳴き声と。
───たぁん!───
弓を射る音が響く。
弓の稽古場にチョビ髭の
「早いな。」
「ああ。」
他に人はいない。
別に、示し合わせて来ているわけではない。
三虎は従者。
集中して弓を射る時間をとるには、この時間くらいしかない、というだけだ。
三虎は的に全て命中させる。
一矢、
三虎が、
「ふん。」
とバカにした目で見る。
「ちっ!」
これはお互い様なのである。
朝の稽古に張り合いがでて、実は、
多分、三虎もそうであろう。
朝日が山際から完全に離れ、昇りきった。
三虎は、
「お、時間か。
とさっさと稽古場をあとにした。
このあとはすぐ、副将軍殿の部屋に行き、朝のお世話をするのだと言う。
(従者は大変だね。)
「ふああ。」
欠伸がでた。
(今朝の稽古はもう終いにしよう。……寝不足だ。)
昨日の夜、三虎が帰ったあと。
一人部屋とは、ありがたいものである。
↓挿絵です。
https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818093077670919395
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