第三十八話  花麻呂、そういう話、やだよっ。

 夕餉を食べ終わり。

 古志加こじかと花麻呂がのんびりと話しつつ、女官部屋に向かう途中。

 こちらにむかって土の道を歩いてくる三虎を見つけた。


「三虎!」


(会いたかった!)


 今日、戰場ではちらっと会えたけど、ほんのちょっとだけだった。

 古志加は嬉しくなって、たたっと走り、その勢いのまま、


「三虎ぁ!」


 三虎の首に抱きついた。


「おっ……と。」


 三虎は少しよろけるが、古志加を優しく抱きとめてくれた。


(あれ? こらっ、離せ! とか、離れろ! とか、冷たく言われない。)


 年に一回か二回、上毛野君かみつけののきみの屋敷で三虎に抱きつくと、いつもそう言われてたのに……。

 三虎は、離れろ、と言うどころか、背中に腕をまわし、ぽん、ぽん、と背中を叩いてくれた。


(やったー、なんでかわからないけど、嬉しい。今のうちに沢山抱きついちゃお……。)


「えへへ……。」


 古志加は笑顔で身体を擦り寄せる。三虎は背が高い。すらりとした身体は、しなやかな筋肉で覆われ、硬い。

 三虎の浅香あさこうの、甘く奥深く、すぅと頭の裏まで染み入るような、良い匂いがする。


「怪我はなかったか。古志加、花麻呂。」


 古志加は、


「はい!」


 と三虎の肩に顔を埋めながら、ふがふが言い、花麻呂は、古志加の後ろからゆっくり歩いてきて、


「はい、ありません。」


 と卯団長に接する一衛士として、きちんと言った。


「昨日、さっそく下衆が湧いたそうだな?」

「はい、すみません。オレがもっと警戒していれば……。」


 花麻呂がうつむく。

 古志加は慌てて、


「花麻呂のせいじゃないよ! あたしが、あのおのこたちの、落とし物を見たっていう言葉を信じたのがいけないの。

 花麻呂はね、少し怪しい、待て古志加って、始めからあたしに耳打ちをしてくれた。

 でもあたしが、誰かにくしを拾われてしまわないか不安で、早く拾いにいきたいってワガママを言ったの。

 花麻呂を責めないで!」

「古志加はこう言ってるが、……花麻呂?」

「それでもやっぱり、オレの警戒不足です。思い返せば、あの下衆ども、声をかけてきたはじめから、いやらしい顔をしてました。」

「そうだな。次からは充分警戒しろ。古志加を守れよ、花麻呂。」

。」


(え〜? 三虎、なんで花麻呂にそんな事言うの。あたし守られなくても良いのに。ちゃんと強いのに。)


 三虎が、あたしの肩に両手を置いて、あたしの顔を、じっ……、と覗き込んだ。


「古志加……。」


 優しい声。

 あたしの胸が早鐘を打つ。


「来て早々、怖い思いをしたな? なんともないか?」

「不愉快な思いはしましたが、なんともありません。もう忘れました。

 それより三虎、聞いてください。花麻呂が毎日女官部屋まであたしを送っていくって言うんです。一人で平気だよって言ったのに。」


(三虎からも、花麻呂、それは必要ないって言ってやって!)


 花麻呂に、変に子供扱いされているようで、古志加は不満だ。

 花麻呂とは衛士の同僚なのだ。剣で五回仕合をすれば、三回は古志加が勝つ。


 三虎は古志加の背中に腕をまわしたまま、花麻呂を見て、


「花麻呂、それで良い。」


 と短く告げる。


「むぅっ。」


 古志加はむくれた。三虎はかまわず、無表情に、


「初戰、どうだった。」


 と二人に訊いた。古志加もさすがに三虎から離れた。

 花麻呂が、


「ええ、まったく、普段の警邏けいらや稽古とは違いました……。」


 と己の右手を見た。古志加は顔を引き締めた。


「あたしも。馬から降りたら、へたりこんでしまいました。

 でも、上毛野衛士団かみつけのえじだんとして、恥ずかしい剣はふるいませんでした。」


 三虎の口元が満足そうに笑った。


「良し。」

「三虎……、あたし、てっきり、三虎と、大川さまのもとで戦うんだと思ってました。」

「ふ。兵士が足りなくて呼んだわけでもなく、オレと大川さまの武威が足りぬわけでもない。

 真比登の下につくから、ここに来た意味がある。真比登の強さは、ただの益荒男ますらおの域を超えている。まさしく天下無双、建怒たけび朱雀すざくだ。

 真比登の強さから、学べるものは沢山あるだろう? 古志加、花麻呂。」


 古志加は、


「はいっ!」


 と応え、花麻呂は、


!」


 と応えた。


「あ……。」


 古志加は、しまった、という顔をする。


「ふふ、励めよ。もう行け。味澤相夜あじさわふよをや。」

! 味澤相夜あじさわふをや。」


 ふふ、と笑い声を出しつつも顔の筋肉はほぼ動かないまま、三虎は去っていった。

 古志加と花麻呂は、礼の姿勢をとり、三虎を見送った。


(長い時間、抱きついちゃった。えへへ、幸せ……。三虎、恋うてる……。)


 そう思いつつ。






 

 古志加は知っている。


 三虎が白梅のおみなを抱くようには、古志加を抱きしめてはくれない事を。









 女官部屋へ歩き、花麻呂が、


「……なあ、古志加、三虎、なんだか……。違うよな?」


 と訊いてきた。

 古志加もそう思う。


(ちょっとだけ、あたしに優しい、と思う。なんでだろう……。)


「うん……、えへへ。」


 古志加がはにかんで笑うと、花麻呂がにやっと笑った。


「告げなむ(告白)したら?」

「はわっ! し、しない! 真比登から強さを学べって言われたばかりじゃない!

 こ、ここには、強くなる為に来たんだよっ。花麻呂ったら、ここが上野国かみつけのくにじゃないからって、そういう事、言わないでっ。」


(花麻呂は、女官たちみたいな、恋愛大好き、恋愛話を聞かせろってせまってくる事なかったのに!)


「花麻呂、そういう話、やだよっ。」


(花麻呂も三虎も、上野国かみつけのくにを離れると、人が変わっちゃうのだろうか?)


 古志加は真っ赤になって、困って、頬を両手でおおって、ふるふる頭をふりながら、そう言った。

 花麻呂はため息をついて、


「へーへー、すいませんね……。」


 とやれやれ顔をした。




     *   *   *





 古志加を女官部屋へ送り届けた花麻呂は、帰り道、頭に巻いた藍色の布に手をやりながら、


「まったくあの二人は……。あー、じれったい!」


 とけっこう大きな声で独り言を言った。




     *   *   *






 古志加と花麻呂と別れ、伯団はくのだん戍所じゅしょについた三虎は、焚き火を囲み、くつろぐ鎮兵ちんぺいたちを、キョロキョロと見回した。


 真比登を探すが、見当たらない。


 ちょび髭をはやした真比登の擬大毅ぎたいき(副官)、五百足いおたりが、


「三虎、真比登を探してるのか? いないぞ。もう佐久良売さまの部屋に行った。」


 と教えてくれる。


「そうか、……じゃあおまえで良い。」

「なんだ?」

「…………。」

「ここじゃ話しづらいのか。いいぜ。兵舎のオレの部屋に行こう。」


 五百足いおたりは穏やかに笑って、そう言ってくれる。

 言葉数が少なく、また、表情の乏しい三虎にとって、五百足いおたりは付き合いやすい男であった。
















 きんくま様から以前ちょうだいしたファンアートの再掲載です。

 可愛い古志加に癒やされます。

 きんくま様、ありがとうございました。

https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818093074566754783



 

    

   

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