第三十話  やっかいなお願い

 真比登まひとは戰を終え、軍議のあと、時々、陸奥みちのくの軍団をまわって、一緒に夕餉をとる。

 今宵は白河しらかわ団。

 笑顔の兵士たちに迎えられ、夕餉と浄酒きよさけを貢がれ、流星錘りゅうせいすいを振り回して見せる。

 やんや、やんや、と手を叩いて盛り上がる兵士たちを、満足しながら見ていると、後ろから肩を叩かれた。


 副将軍大川さまの従者、三虎だ。

 三虎は、背の高い、いつも可愛げのない無表情のおのこである。


「真比登、ちょっと時間をくれ。

 話がしたい。」

「急ぎか?」

「いや、違う。

 大川さまの用ではない。

 オレ個人の話だ。」

「ほう?」


 珍しい。真比登は興味がわき、にやっと笑った。


「いいぜ。でも、その前に、手合わせしろ。

 白河団に不義理はできんからな。」


 おおーっ!


 手合わせ、という言葉に、見物の兵士が歓声をあげる。

 三虎は苦り切った顔をした。


「その流星錘りゅうせいすいとはゴメンだ。剣が折れるわ。」

「はっ! いいぜ、なら、大刀たちだ!」

「………。」


 三虎は腫れぼったい目を細めた。

 無言の了承。

 三虎は自分の国から持ち込んだ剣を抜いた。

 真比登は流星錘りゅうせいすいを側にいた五百足いおたりに預け、腰にいた大刀たちを抜いた。

 

 ざり、ざり……。


 砂利まじりの地面を、両者の足裏がこすり、音を立てる。

 背は三虎の方が高い。

 体格は圧倒的に真比登の方が良い。

 足を開き、腰を落とし、両者構え、大刀たちと剣、刃を一瞬、あわせた。


 チッ。


 音がなったと思ったら、素早く剣と大刀たちが閃いた。

 踏み込みは同時。

 上段。下段。次々刃をあわせ、火花が散り、幾度となく切り結ぶ。

 速さは互角。


 ギャイイイン!


 真比登の豪速の打ち込みを受け止めた三虎の剣が悲鳴をあげる。


「ちっ! 馬鹿力め!」

「はっ! 無駄口!」


 軽い足取りで真比登が三虎に足払いをかける。ひらりと三虎はかわし、


「シッ!」


 お返しとばかりに腰に蹴りをくらわそうとする。真比登は右膝をあて、相殺する。

 そこからは両者、足技も入った仕合となる。

 互いに、剣をうけとめ、大刀たちをかわし、刃が相手に届かない。

 見物の五百足いおたりは、


「真比登相手にやるなぁ。」


 と口笛を吹いた。

 真比登が、


「おらぁ!」


 気合を発し、大刀たちを上段にかまえ、大きな踏み込みで膂力ののった打ち下ろしを迅雷のごとく叩きこんだ。


「ぐぅっ……!」


 受け止めきれなかった三虎が剣を飛ばされた。

 三虎は息が荒い。


「はっ……、はっ……、オレの負けだ!!」

「はい、お疲れ。良い仕合だったぜ。」


 真比登はうっすら汗ばんで、満足そうに笑った。

 五百足いおたりが飛ばされた剣を三虎に手渡し、


「立派だぜ。なかなか真比登相手にあれだけ持つヤツはいねぇよ。」


 と慰める。

 三虎は、さっと剣を確認し、ほっ、と安心のため息をついたあと、不機嫌そうに、


「慰めはけっこうだ!」


 と、むぅっと唇をつきだした。その顔はわらはのようである。


(なんだ、子供っぽいヤツ。)


 かかか、と真比登は笑った。

 まわりでは、白熱の仕合に、見物の兵士たちが手を叩いて喜んでいた……。




   *   *   *




「部屋で話すか?」


 と真比登が三虎に訪ねると、


「いや、すぐ済む。ここで良い。」


 と人気のない赤土の道で、三虎が立ち止まる。三虎は無表情に、


「一人、伯団はくのだんで面倒を見てほしい衛士えじがいる。

 腕は立つ。

 だが……、死なせないでほしい。

 絶対に。頼めるか?」


 と言った。

 伯団は、真比登が率いる鎮兵の軍団だ。

 真比登は、げぇ、と嫌そうな表情をする。


 そういうのは、厄介やっかいな願い事だ。

 すごい金持ちの息子とか、訳ありの息子とか、まあ、厄介な事情を抱えたおのこを押し付けられる。

 ではあるが……。


 真比登は、肩をすくめ、やれやれ、という顔をし、


「ああ、良いぜ。」


 とあっさり言った。

 鎮兵として長く生き、腕も立つ真比登は、これが初めての厄介なお願い事ではない。

 三虎は、自分でお願いしておきながら、本当に? と探る目で真比登を見た。


「オレの目の届くところで死なさねぇよ。」


 真比登は苦笑する。

 三虎の口元が、ふっと笑い、ずいぶん柔らかい表情を浮かべた。


(おまえ、そんな顔もするんだなぁ。)


 と真比登は意外に思う。


上毛野衛士団かみつけののえじだんのなかの、オレの部下だ。

 護衛にもう一人つけよう。

 二人頼む。

 ある理由から、きっと佐久良売さまの役にも立つ。」


 最後の言葉は、真比登の興味をひいた。


「どんな理由だ?」


 三虎は含み笑いをし、


「会えばわかる。……味澤相夜あじさわふよをや(失礼する)。」


 と礼の姿勢をとり、去って行った……。


 











 それから一月近くたち。

 十月。


 真比登は、三虎の言った意味がわかった。三虎がよこした衛士、二人のうち、一人はなんと、おみなだった。


おみな衛士えじ! 初めて見た。)


 その二人は、どちらも目が大きな美形で、おのこは平均より背が高め、おみなは、おみなとしては背が高め、おのこの平均くらいある。

 同じ髪質、くりくりの癖っ毛だった。

 一目で、


(ああ、兄妹か。)


 と真比登は思った。顔が似通っている。

 おみなは化粧っけがない。耳たぶに高価そうな赤い石を輝かせているのが目をひく。あれは珊瑚……。珊瑚でも色の良い、紅珊瑚べにさんご


古志加こじか、名乗れ。」


 二人を案内してきた三虎が、おみなに言うが、おみなは、口をつぐんで、絶対喋らない、というように頬をふくらませ、隣のおのこの脇腹を肘でつついた。




   *   *   *




 古志加こじかは思う。


軍監ぐんげん殿は、すごく強いって聞いた。

 始めの手合わせだけでも、おのこと思われて本気の手合わせをしてみたい。

 きっと、卯団うのだん(※注一)の皆、あたしがおみなだからって、稽古のとき、どこか遠慮してる。

 こんな機会、逃したくない!

 あたし、背も高いし、おのこの衣だし、胸には麻布を巻いてるし、きっと喋らなければ、おのこに見えるはず。さっき、花麻呂はなまろにも協力をお願いした。いける……!)



   *   *   *



「あー、こいつは、吉弥侯部きみこべの古志加こじかです。

 十八歳。

 オレは北田きただの花麻呂はなまろ、二十歳です。

 よろしくお願いします。」


 脇腹をつつかれたおのこはそう言い、


古志加こじかは、えーと、喋れるんですが、軍監ぐんげん殿どのと手合わせをしてもらったあとに、喋ると言ってます。」


 と、視線を上に彷徨さまよわせながら続けた。


(はあっ?)


 真比登は、がくっ、と膝から力が抜けかけ、三虎も、


「な、なんだそれは。」


 と驚いていた。

 みなもとが、


「おまえら兄妹きょうだい?」


 とズバッと訊いて、


「違います!」


 と花麻呂が答え、古志加はぶんぶん、と頭をふった。

 髪の毛を頭の後ろで一つにまとめ、馬の尻尾のように垂らしているので、頭をふった勢いで、ばさっばさっと隣の花麻呂を髪の毛が攻撃していた。

 三虎が、


「こいつらは本当に兄妹じゃない。出身の郷も、両親も違う。」


 と手早く説明した。





     *   *   *




佐久良売さくらめさま、佐久良売さま、大変です!」


 負傷者に使う荒布あらぬのの追加を、洗濯女のところに取りにいかせた若大根売わかおおねめが、ばたばたばた、と医務室に走り込んできた。


「走るでないっ!」


 佐久良売は叱る。


「はあ、はあ、申し訳ありません。でも、さっき、おみなが、見知らぬ若いおみなが、あの副将軍殿の従者に、人目をはばからず抱きついて、従者は、よしよし、これから伯団はくのだん戍所じゅしょに行くぞって言ったんです。」

「はああああ〜〜っ?!」

「そのまま、従者とおみな伯団はくのだん戍所じゅしょに向かいました!」


 人目をはばからず、おみなおのこに抱きつくなぞ非常識である。


(そんなおみなを真比登に会わせてどうしようというのかッ!!)


 佐久良売は怒りのあまり、絞っていた荒布を、水桶にびっちゃん! と叩きつけ、水が飛び散り、その剣幕にまわりの女官、負傷者、医師までも。


 ごくり……。


 と唾を呑み込み、怯えた。








 ↓挿絵、其の一。

https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818093076847352221


 ↓挿絵、其の二。

https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818093076861936970




     *   *   *



(※注一)……卯団うのだんとは、上野国かみつけのくににある、上毛野君かみつけののきみの屋敷を警護する上毛野かみつけの衛士団えじだん、四つあるうちの、一つ。






 著者より。


 いつもご愛読くださり、ありがとうございます!

 いよいよ、古志加こじかが本格的に登場です。

 古志加は、

「あらたまの恋 ぬばたまの夢」

 の主人公です。

 コメント欄投稿のさいは、バンビちゃん、とお気軽にお呼びください。

 古志加って漢字変換できないですからね。


【お願い】

「あらたまの恋 ぬばたまの夢」(以下、本編と呼びます。)読破済の読者さまへ。

 この物語は、カクヨムコン9参加作品のため、本編未読の読者さまが多くいらっしゃいます。(多分。きっと。そのはず。)


 ●古志加の恋愛の行方は、トップシークレットです。

 ●花麻呂と古志加は、三虎が、「兄妹ではない。」と説明してます。


 コメント欄に投稿のさいは、ご配慮賜りますよう、よろしくお願いします。m(_ _)mペコリ


 古志加に「頑張れ」と応援いただくと、嬉しいです!


 三虎には、

「この野郎、早く古志加の思いに応えてやれ!」

「この朴念仁ぼくねんじん。」

「違う、そうじゃない……。」

「あれ? 本編読んでるときには見えてこなかった三虎の顔が……。」

「こうやって本編から距離を置いて読んでみると、これはこれで有り。」

 などなど、恋の行方がどうなるかに触れなければ、お好きにコメントくださってかまいません。


 三虎「オレの扱いひどくないか?!」

 加須 千花「うん? 読者さまからの愛あるイジリだよ。ひどくない。」




 本編未読の読者さま。


 けして置いてけぼりにはしません!

 真比登や嶋成にとっては「上野国かみつけのくにの衛士が、新しい兵士としてやってきた。」という見方なのを忘れず綴っていきます。


 皆様からのコメント、お待ちしてます!




  

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