第二十七話  いさよひ、其の五

 紅の化粧を施され、いつもの質素な衣ではなく、綺麗な紫草むらさき染めの衣を着て。

 大人びたおみなの顔で、小鳥売ことりめが立っている。


(これが小鳥売なのか。)


 五百足いおたりは動揺して、目があちこち泳いだ。

 あまりにも、普段の姿とかけ離れている。

 どこかの美しい郎女いらつめ(お嬢様)みたいだ……。


「ど、どう……、どうしたんだ、その格好は。」


 小鳥売は恥ずかしそうに頬を赤くした。


真比登まひと佐久良売さくらめさまのご好意です。今日だけ借りました。」


 真比登が、


「ぷっ、全然気が付かねえの! わははは!」


 とおかしそうに吹き出し、佐久良売さまがさっと倚子を立ち、


「ほほほ……。ちょっとあたくし達は出てますからね。ほほほ……。」


 と優雅に笑いながら、真比登の手をとり、お付きの女官をともない、部屋を出ていった。

 部屋には、五百足いおたりとうつむいた小鳥売だけが残される。


「や、やっぱり、はたらのあたしが、こんな立派な格好させてもらっても、おかしいだけ、よね……?」


 小鳥売は泣きそうだ。


「小鳥売! 違う。あんまり……。」


(えっ、この先言うの───? 恥ずかしいんだけどぉぉ……。)


 五百足はためらいつつ、小鳥売を泣かさないように、言葉をつむぐ。


「あんまり……、美しかったから、気がつくのが遅れただけだ。似合ってる。」

「本当!?」


 小鳥売は顔をあげた。


「ああ、本当だ。」


 五百足いおたりは穏やかに微笑み、倚子を立ち、小鳥売の前に立った。


「顔を良く見せておくれ。」


 小鳥売の可愛らしい丸い目が潤んでいる。

 恥ずかしそうな口元。

 太めの眉。

 まるい頬。

 額には花鈿かでんが赤く塗られている。


「オレの万々妹ままいも(異母妹)は、美しくなったな。もう、大人だ。」

「はい、大人になりました!

 だから、五百足いおたり! あたしを……妻にしてッ! 五百足いおたりを恋うていますっ!」


 小鳥売が真っ赤な顔で目をつぶり、両手を握りこぶしにして叫んだ。


(!!)


 五百足は驚き、口をぱかっと開けた。

 胸が、どっくん、と大きく脈打った。

 嬉しいが、驚きすぎて、なんと言ったら良いものか、しばし言葉を失う。





     *   *   *





(勇気を出して、妻にしてって言ったのに……。

 やっぱり、あたしじゃ駄目なの?

 五百足いおたりは、ずっとあたしのそばにいてくれた。でも、妻にするなら、もっと他のおみなが良いの?)


 五百足はポカンとした顔で、黙ったままだ。

 小鳥売は顔をおおった。


(この沈黙に耐えられない!)

 

 大きな声で、


「へ、へ、返事してっ!」


 と叫んだ。


「オレも恋うてる。夫婦めおととなろう、小鳥売!」


 大きな声で、五百足の返事がきた。


(!)


 小鳥売はさっと顔をおおった手をどけ、目を見開いて五百足を見た。

 顔が赤く、眉をたて、真剣な顔をした、大好きなおのこの顔が、そこにある。


(嬉しい。夢にまで見た言葉、今、やっと聞けたのね……。)


「い……。」


 五百足いおたり、嬉しい。


 そう言おうとして、五百足の背後、妻戸がバタンと開いた音にかき消された。


「やったー! ふおぉぉぉぉおおおっあひゃ───!」


 と特大の奇声を発しながら、若大根売わかおおねめが駆け込んできて、がばっと小鳥売にだきついた。

 それを小鳥売はがしっと受け止め、


「きゃー、若大根売わかおおねめ、ありがとう!」


 身体の内側から喜びがはじけ、きゃーっ、と嬉しく叫んだ。





   *   *   *





 五百足いおたりをよそに、小鳥売とお付きの女官が、きゃーきゃー言って抱き合った。五百足は一歩ひいた。

 小鳥売は嬉しそうに女官を抱きしめながら、


「うっ……。」


 と泣き笑いした。あとから、上機嫌の佐久良売さまが、


「うふふっ。良いものを見させてもらったわ。」


 と優雅な足取りで入ってくる。


(見てたんですね……。)


 と五百足は生暖かい笑顔を佐久良売さまに向ける。これ以上の抗議はできない。

 佐久良売さまはその視線に気が付き、たちまち澄まし顔をした。

 しかし、良心りょうしん呵責かしゃくが少しはあったのだろう。

 あとから部屋に入ってきた真比登の影に、すっ……、と隠れた。

 真比登が苦笑する。


五百足いおたり、悪いな。許してくれ。」

「はい……。」


 五百足も苦笑をかえす。

 向こうでは小鳥売が、


「あだし、うれじい、うう、うえん、うええん……。」


 と本格的に泣き始めているが、若大根売わかおおねめが、


「きゃー、泣かないで! でも気持ちわかるわぁ! 泣けるわよね!」


 と泣き止ませたいのか、泣かせたいのかわからない言葉を親身にかけている。


(泣かないで、と言いたいのだが。

 小鳥売から言わせてごめん。ありがとう。オレもずっと、同じ気持ちだったよ、と言いたいのだが。

 今夜、オレの部屋においで、と小鳥売に言いたいのだが。)


 小鳥売と女官がずっと喋り続け、五百足が口を挟む隙はない。


 おほん。


 佐久良売さまが咳払いをした。

 しかし、女官のお喋りが止まらない。


若大根売わかおおねめ!」


 佐久良売さまが鋭く言い、はっ、と女官と小鳥売が口を閉ざした。


「たしか、二人とも、婚姻の許可を得なければいけない親はいないのよね? 婚姻は決まりね。おめでとう。小鳥売、お祝いに、今着てる衣はあげましょう。」




   *   *   *



 真比登は、


(さすがです佐久良売さま、お優しい。オレの天女……。)


 と満足して頷いた。

 すかさず小鳥売が、


「本当ですかっ? 帯も?!」


 と確認する。


(さすがだな小鳥売。うちの働きはしっかりしてる……。)


「ええ。あげるわ。婚姻の宴で着ると良いわ。」

「ありがとうございます!」


 小鳥売がはちきれそうな笑顔で言った。五百足いおたりが、


「ありがとうございます、佐久良売さま。」


 と礼の姿勢をとった。

 小鳥売があわてて、礼の姿勢を一緒にとる。


 真比登はそんな二人を微笑ましく見る。


(やっとだな……。)


 ずっと、二人を見守ってきた。

 まだ幼い頃、


(過ちが起こる前に、寝る場所を別にしてやったほうが良いんじゃないか?)


 と悩んだが、家族だから、と持ち出されると、真比登は弱かった……。


 耳は良いので、まだ幼い小鳥売の悲鳴が聞こえたら、すぐに飛んでいってきついお仕置きをするつもりだったが、そういった事にはならなかったようだ。


(早く婚姻しちゃえば良いじゃん。)


 小鳥売が十六歳になってからは、そうじれったく思って見ていたのだが、ようやく二人の想いが通じて、良かった。







 ……小鳥売が十三歳のとき、小鳥売を試した事がある。

 ……あれは、田吉売たよしめの事があったから。

 どうしても、試さずにはいられなかった。

 小鳥売が、試しを乗り越えられなかったら、鎮兵となった五百足いおたりと二人で暮らせ、と、あの家を出ていってもらうつもりだった。

 結果、小鳥売は、立派に試しを乗り越えた。

 それを嬉しく思うと同時に。





 少しだけ、あの時はさみしかった。





 きっと、小鳥売は、真比登の疱瘡もがさを恐れない、希少なおみなであるから……。




 でも、小鳥売は、五百足いおたりをまっすぐ恋うていて。

 五百足いおたりも、きっと小鳥売を恋うていて。



 幼い二人の恋路を、真比登は応援する以外、考えつかなかった。





 真比登は、寂しい男だった。





 佐久良売さまと出会うまでは……。









 今、目の前で、立派な大人になった五百足いおたりが、美しいちの小鳥売の、腕をつかみ、自分に引き寄せ、何事かを耳元で素早くささやいた。

 小鳥売は真っ赤になった。

 五百足いおたりは、小鳥売を見つめ、優しく微笑んでいる。


 きゃー、と若大根売わかおおねめが盛り上がり、ふふふ、と佐久良売さまが楽しそうに笑う。


(うん、良かった、良かった。)


 真比登はうなずく。


(ちょっと見世物にしちゃって、ごめんね五百足いおたり。でも、この高い衣の下賜かしは佐久良売さまの優しさだから、許してね。

 やっぱり、佐久良売さまが楽しそうになさってると、オレも嬉しいんだよ……。)


 五百足いおたりと目があう。言葉なくとも、長く一緒に暮らし、擬大毅ぎたいきとしても真比登を支えてくれているおのこは、


 ───わかってますよ。


 といった苦笑を浮かべた。


 

    

 










   *   *   *



 著者より。


 奴婢売ぬひうりのいちに立たされた小鳥売ことりめを救うエピソードを、真比登目線で綴った、スピンオフ中編をご用意しております。

 

りつつをらむ  〜真比登まひととそのひなたち〜」

https://kakuyomu.jp/works/16818093078535136488


 全5話。

 真比登と小鳥売と五百足いおたりがどのように多賀郡たがのこほりで暮らしていたのかにも触れますので、ぜひ、お立ち寄りくださいませ。







 かごのぼっち様より、ファンアートを頂戴しました。

 かごのぼっち様、ありがとうございました。

https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818093084083597598

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