第四十六話 海底撈月 〜かいていろうげつ〜
※
* * *
「
「今はまだ暴れるでしょう? 縄は
ここは、
もともと、場所が悪いところに、
「くっ……。」
望みは薄い。そう思いつつも、叫ばずにはいられない。
「誰か───ッ! 誰か来やれ───ッ!」
「誰も来ないってば。ここは
オレはここの事を、誰にも言ってない。誰もここの事は知らない。
疲れたでしょう? 蜂蜜食べる? 好きなんでしょう?」
(?!)
たしかに蜂蜜は好きだが、なぜ、会ったこともないこの
(誰がこの
「嫌っ! 早くあたくしを解放なさい。あたくしが誰だがわかっているの?! 豪族の娘を
「もちろん誰だかわかっていますよ、
「佐久良売さまこそ。オレの名前を早く呼んでくださいよ。」
「知らぬ!」
男はため息をついた。
「
「何を言っているの……?」
「あの犬達を
虫麻呂は床に置いてあった包みを開いた。そこには、立派な金細工や銀細工など、さまざまな宝があった。
「二人で遠い北の果てへ逃げて、ずっと一緒に暮らす為に、宝は必要だからね。」
兵舎の離れに宝物殿がある。日本国の富として、財宝が蓄えられている。それを盗んだのだ、この男は!
「この
「二人の為に使うと
「
「オレ達は愛し合っている。何度も
起きてからも、二人は同じ夢を覚えている。
魂をとばして、相手の夢に現れるものだからだ。
そして、
「してないわ。」
「くくく……。
男はうっとりと、熱に浮かされたようにそう言い、懐から首飾りをだした。
(あ……!)
「おまえが盗んだのね……!」
(どうやってかはわからないが、この男の罪だ。
そうとは知らず、罪のない
怒りのあまり、目にうっすらと涙が浮かび、顔が紅潮した。
「おまえのせいで、あたくしは……!! この
「嫌……っ。」
ぞっとした。
いつも身につけていた首飾り。我が身を卑しい舌が
(嫌、嫌……。真比登……!)
この首飾りを通じて、この
「オレと佐久良売さまは、強く結びついているんだよ。」
「違う!」
「これだけじゃない。佐久良売さまは、これを目印に、今まで魂を飛ばしてきていたんだよ。」
虫麻呂は首飾りを床に起き、懐から今度は白い錦の小袋をだした。
櫻刺繍。
紛れもない、佐久良売が愛用する柄だ。櫻の花びらのまわりに銀糸の縫い取りを施してある、佐久良売が考案した柄だ。この錦は、佐久良売が使うか、佐久良売が気を許した少数の女官にしか持たせていない錦だ。
佐久良売は驚愕で目を見開いた。
「どうしてそれを……!!」
虫麻呂は小袋に頬ずりをした。
「覚えてない、か。
「え……?」
そんな記憶はない。
「オレは薬草園に忍び込んだ。オレを見つけた佐久良売さまは、オレが、病気の家族の為なんです、と泣いてはいつくばったら、罰するどころか、この小袋ごと、乾燥した高級な薬草をくれたんだ。」
「……!」
思い出した。あれは、奈良に采女になる為に旅立つ直前。
十五歳。
たしかに、薬草園に忍び込んだ
この
八年も前から……。
(助けて……。真比登……。)
思わず、泣きそうになる。
(泣くものか。このような下衆に、豪族の娘の泣き顔を見せてなるものか!)
佐久良売は唇を噛んでうつむいた。
* * *
目の前の佐久良売さまは、ようやく分かってくれたようで、うつむき、しおらしくなった。
その顔は、美しい。
夢のなかでは、何度も何度もさ寝して
「あの薬草は高く売れた。本当に高く。感謝しています。」
病気の家族は嘘だ。うちは貧乏だった。薬草を盗み、売り払う目的で、豪族の薬草園に忍びこんだ。そしたら、その生えてる草より、もっと高級な薬草を手に入れる事ができた。
「とても助かりました。この錦の袋も、良い値がつくだろうけど、売らなかった。オレと佐久良売さまの、大事な思い出、魂をつなぐ
美しく優しい佐久良売さま。一目見たときから、お慕いしていました。ずっと、ずっと。
あなたほど美しい
本当に不思議だ。
豪族の娘と、ここの郷人だった虫麻呂は、本来、顔をあわせるはずもなかった。
豪族の娘とは、滅多に
だがどうだ。
虫麻呂と佐久良売さまは出会った。
そして佐久良売さまは、優しさと、この出会いの証しをくれた。
(オレと佐久良売さまは、縁がつながっている。運命の恋人だからだ。)
虫麻呂はうっとりと微笑みながら言う。
「奈良に行かれてしまって、もう駄目かと思ったけど、あなたはこうやって帰ってきてくれた。
すぐ縁談となり、やっぱり他の
それで、オレは分かりました。どうすれば良いのかと。
きっと神様が、オレの努力を試してるんだ。
だから、縁談のたび、付け火をしました。
七日前の縁談のときも、ちゃんと火をつけたんですよ?
思いがけず賊の襲撃があり、紛れてしまいましたけど……。
さあ、オレの努力がわかりましたね?
オレとの
オレの
しかし、女が返事として、男を
うつむいていた佐久良売さまが顔をあげて、虫麻呂を睨んだ。
「呼ぶものか! この
「あの
つい、かっとなり、虫麻呂は佐久良売さまの右頬をばしっ、と平手で打ち据えた。
「きゃあっ!」
ぞくぞくする悲鳴をあげて、たっぷりの
「ああ、ごめん、ごめんよ。殴るつもりじゃなかったんだ。美しい顔に傷がついてしまう。ごめんよ。」
虫麻呂は佐久良売さまに嫌われたくない。優しく謝った。
「佐久良売さまが、あの
虫麻呂は優しい手つきで、自分の粗末な
「ぐっ……。むぐっ!」
佐久良売さまは虫麻呂を睨んだ。
(そんな顔をするのも今だけだ。すぐに素直な良い子になるよ。
虫麻呂は笑顔で上衣を脱ぎ、
「ふふ……、遠くに逃げる前に、たくさん……、たくさん、
尻を出し、佐久良売さまに覆いかぶさった。
(ああ、いよいよ。待ちに待ったこの時が来た。)
佐久良売さまは首をふり、布で塞がれた口で、
「んん──────っ!」
と声をあげた。次の瞬間。ばがん、という木を叩き割ったような音が聞こえた。
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