第四十四話 喚犬、と書いて、ま、と読む。
今、上機嫌で、
やっと、準備ができた。
やっと、
正直、七日前、佐久良売さまが五回目の縁談にのぞんで、
助けだし、屋敷に帰る時に、あの
でも、駄目だね。まだ七日前は準備ができてなかった。
その後、あの憎らしい
あんな事をした
だから、隙を見て、死んだ蝦夷から奪った毒矢を吹いてやった。
あのまま黄泉に行けば良かったのに。邪魔くさい奴め。汚らわしい
まあ良いさ。
オレは見てたよ。あの
ふふふ、天はオレに味方し、佐久良売さまはオレが迎えに行くのを待ってくれてるんだね。
準備が整った日に、オレが事を起こしやすくしてくれてるんだから。
うん。分かってるよ。オレたちは愛しあっている。
* * *
「あれっ、いないなぁ?」
もう、佐久良売さまに抱いていた、形容できない気持ち、このオレの深淵なる悩みは、充実した話し合いによって氷解している。
だから、もう覗く必要はないのだが、なんとなく習慣で、また覗きにきていた。
でも、いない。
(残念だな。)
早々に気持ちを切り替え、嶋成は木立をぷらぷら歩きはじめた。
と、一人の
(…………。)
あの
実は、医務室をこそこそ窺う日々のなかで、何度か、あの
その男が、今、楽しそうに口元をにやけさせながら、
何かが、嶋成の心に
その
(どうしよう……。)
嶋成は迷ったが、門番へ、
「おい、今の
と声をかけた。
「お? 佐久良売さまに呼ばれてるんだとよ。証拠に、上等の錦の袋持ってた。佐久良売さまが好んで使う櫻刺繍だ。」
(怪しい。……袋を持ってれば、なかに入れるのか?)
嶋成は、佐久良売さまの父、
小物入れとして今は使っているものだが、もともとは、縁談の申し込みのさいに届けた財貨の返礼として、この錦の小袋には、
ばれた時の言い訳を考えつつ、ためしに、
「オレは……、
と、青い波模様の錦の小袋を懐から出し、門番に見せた。
「うん……? そうか。たしかに、佐土麻呂さまの錦だ。」
あっさり中に入れた。
(いいのかよ!)
嶋成は屋敷のなかを進む。
佐久良売さまの部屋は……、部屋は……、実は場所を知っている。
ちょっとだけだ!
屋敷のなかに侵入したことはない。
この小袋が使えるともっと早く知っていたら……。
いやいやいや、もう、佐久良売さまのことは、吹っ切ったのである。
迷うことなく佐久良売さまの部屋へ進むと、あの
「おまえ、怪しい奴!
嶋成は大声を出して
声も出せず女官は倒れた。
「てめええええ!」
嶋成は怒り、
「うらぁ!」
左拳が
「ぐぅ!」
(!)
すれ違いざま、ズバ、と腹に衝撃を感じた。
斬られた。
嶋成が
焼ける痛みが左脇腹から走る。じわ、と血が衣を濡らすのを感じる。
(痛ぇ! 畜生! だけど、これで
佐久良売さまの姿は見てないが、お付きの女官がいたのだ。佐久良売さまはこの部屋にいる。
「うぉぉぉ!」
嶋成は
───何かを掴んだ。
「しつこいんだよ。」
(あ、やべ、気を失ってる場合じゃ……。)
嶋成は気絶した。
* * *
「門を開けてくれ、これから、人にうつる病になった者を、遠くへ捨てにいくんだ。」
馬にのった一人の
門番は、下に二人。門の左右、
門番の一人が、
「おおい、門を開けてやれ。」
と指示する。二人がかりで
一人が、
「なんで弓持ってる? なんだか怪しいな。」
と薄ら笑いを浮かべている馬上の
と犬の喚き声が聞こえ、ヤブから六匹の猛犬が飛び出し、地上に立つ門番二人へあっという間に襲いかかった。
「わああ!」
「ぎゃっ! 誰か!」
悲鳴は地上からだけではない。
「うっ!」
「ぐわっ!」
「ぎゃあ!」
薄ら笑いの
残された一人が、櫓の上から弓矢を放った。
ビュウ!
薄ら笑いの
その時には、櫓の上の門番の胸に深々と一本の矢が刺さっている。
「こうやって使うからだよ。」
門番六人は全員、倒れ、ここに立っている
薄ら笑いを浮かべた
懐から
猛犬たちは尻尾をふってクンクン鳴きながら、干し肉を喰らう。
男がもう一度、ピュウイ! と口笛を吹くと、猛犬たちはほうぼう、好きなところに散った。
「ふふ……、今までありがとうな。」
「ふふ……、うふふ……、ははははは!」
おかしくて堪らない、というような笑い声とともに、午後の日差しを遮る山の森のなかへ、
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