第二十三話  御勝という男、其の二。

 今日の行軍こうぐんは、伯団はくのだん玉造団たまつくりのだん、合同である。


 

 桃生柵もむのふのきからいぬい(北西)およそ四(約16km)の距離に、トイオマイという蝦夷えみしの郷がある。

 そこが、桃生柵もむのふのきを攻めてきた蝦夷の首領しゅりょうである。

 トイオマイを正面から叩こうとすると、その前には湿地が広がり、日本兵は足をとられ、騎馬も思うようにすすめず、そうこうしているうちに、蝦夷の弓矢にやられてしまう。


 日本兵はトイオマイを思うように攻めあぐねていた。


 今、真比登まひとらは、湿地を大きく迂回し、西の林から、トイオマイへ向かっていた。



 真比登まひとが先頭に立ち、愛馬、麁駒あらこまを歩兵に無理のない速度で歩かせていると、後方より、ぐいぐい、兵士を割って、馬にまたがる、ギラギラした目のおのこが、真比登まひとの側にやってきた。


 真比登まひとは、数日前に出会ったおのこ御勝みかつであると思い出した。


軍監ぐんげん殿。いたいた。

 今日は勝負をしましょうよ。どちらがより多く、賊奴ぞくとの首をとれるか。

 それとも、先に敵の郷に到達した方の勝ちにしましょうか。」


 御勝はニヤリと笑う。真比登まひとのそばにいる五百足いおたりが、


「チッ、てめえ、戻れ!」


 と馬上から怒った。

 開戦後、入り乱れて戦う場でもあるまいに、玉造団たまつくりのだんの兵士が伯団はくのだんのところまで出張でばってくるのは、命令違反と言って良い。


御勝みかつ。勝負はしない。戻れ。」


 真比登まひとが冷ややかに応じると、御勝みかつは顔に嘲笑ちょうしょうを浮かべた。

 五百足いおたりの方は見ない。

 無視をして、真比登まひとのみを見ている。


「なんでだ? 大刀たちをふるって、首を飛ばし、勇壮さを示す。

 感じないか? 

 血がたぎるのを。

 大刀たちをふるえばふるうほど、オレは感じる。

 オレがどんなに強いかを!

 軍監ぐんげん殿にも、わかると思ったんだけどなぁ。」


 真比登まひとは静かに御勝を見た。


御勝みかつ。戰に呑まれるな。命令を聞け。」

「ふん……。見込み違いか。」


 そう言いおいて、冷笑を残し、御勝は来た方へ戻っていった。


「あの野郎。あとで大毅たいきにきつく言ってやる。真比登まひとももっと言ってやれば良いのに。」


 五百足いおたりは相当怒っている。


五百足いおたり。いいさ。」


 真比登まひとは苦笑する。


(……オレの言葉が届いていれば良いんだがな。)


 真比登まひとの胸には、その思いしかない。





 曇天。

 八月の陽気はむしむしと熱く、いたるところで日暮ひぐらし(この場合、せみ。蝉と日暮を区別していない為)が鳴く。


 そろそろと、五百人の兵で林を進む。

 先頭を行く騎馬は、五十にも満たない。馬は貴重であり、馬を扱える兵士もまた、貴重である。


 林には、今のところ、敵の気配はない。だが、蝦夷えみしは木陰にひそみ、気配を殺すのが美味い。


 真比登まひとはずっと無言である。神経をとがらせ、気配を探りながらの行軍だ。

 後ろの伯団はくのだんたちは、真比登まひとの集中を悟り、無言でいてくれる。

 だが、合同の玉造団たまつくりのだんの兵士は、


「このまま行けるかなぁ?」

「下草が邪魔だぜ。」

「はっ、転ぶなよ。転んで味方のほこでグッサリは勘弁だ。」

「ははっ、違いない。」


 と談笑している。


(呑気だな。)


 と思うが、叱り飛ばして無言にさせても、集中力を持ってまわりを警戒してくれるわけではあるまい……。

 真比登まひとは、ただ黙り、周りの林や、藪から、狩りの為に潜む気配がないか、視線を感じないか、探りながら行軍する。


 チュチチチ、チチチ……。


 雀が飛ぶ。


 ふと、鳥の声がやんだ。


 真比登まひと麁駒あらこまを止め、右手をさっと横にあげた。

 止まれ、の合図である。


(…………。)


 真比登まひとは東を見、西へ、ゆっくり視線を送る。

 ちり。

 真比登まひとの首筋が押し殺した殺意を察知した。


「抜刀!」


 真比登まひとが鋭く号令をかけたのと、人の気配の感じられない西の藪から、一斉に無数の弓矢が飛んできたのは、同時。


「わああああ!」


 軍の後ろからも、動揺の声があがる。

 おそらく、後ろからも同時に、矢を射掛けられている。真比登まひと流星錘りゅうせいすいを両手でふるい、雨のように降り注ぐ矢を弾きつつ、朗々ろうろうと響く声で指示を飛ばす。


「騎馬は西へ!

 左翼は西へ!

 右翼は東を警戒!

 尾羽をはは反転、賊奴ぞくとを迎え討て!

 固まって動けよ!」


 真比登まひと五百足いおたりを見る。


尾羽をはに行け。」

!」


 五百足いおたり馬首ばしゅ後尾こうびにめぐらす。真比登まひとは、

 

「騎馬、オレに続け!」


 と西に突進した。

 西の藪から姿をあらわした蝦夷に、真比登まひと率いる騎馬が雪崩を打って猪突ちょとつした。細い木の枝が騎馬の突進にへし折られ、宙を舞う。

 馬上から白刃がきらめき、数多あまたの悲鳴があがる。

 敵味方ばらけ、混戦となった頃、背中がわ、東から、


「ぎゃあああ!」


 と悲鳴があがる。

 東の藪にも、敵が潜んで、時間差で攻撃してきたのだ。

 これは効く。

 日本兵は、おおいに乱れた。


「落ち着け! 乱れるな! 一人で出るな、固まって迎えうて!」


 真比登まひとは大声で指示を出す。


「くはッ、だらしねえ!」


 若い男の声がした。真比登まひとが振り返ると、東にむかい、二刀で矢を鮮やかに落とす御勝みかつが見えた。


「くははは! オレを見ろよ! くははは! オレは強い。オレは強い!」


 御勝みかつ大刀たちを振るうたび、敵の首が飛んだ。

 ためらいのない剣。

 胴体と首を切り離す、と決めてふるっている大刀たちだ。

 馬に乗った御勝みかつが、真比登まひとを振り返り、どうだ、と言わんばかりにニヤリと笑う。

 そして、皆に良く聞こえるよう、大声をだした。


「東へ向かうぞ! 蝦夷の郷へ、誰よりも早く到達するぞ!

 いさおが欲しければ、オレに続け!」


 御勝が大刀たちを持った右手を、真上に掲げて宣言した。

 ……その声は大きく、喧騒のなかでも良く響いた。

 混乱のなかで、徒歩の兵士が、わらわらとついていこうとする。


「勝手は許さん! 行くな!」


 真比登まひとも負けじと大声を出した。

 何人かの兵士は真比登まひとの方をむき、足を止め、顔を見合わせる。


「……ハッ、意気地なしめ。」


 御勝みかつは嘲り、もう振り返らず、数人を引き連れ、


「東はこっちだ!」


 一直線に東へ向かう。


「バカ野郎!」


 真比登まひとは叫び、


「うっ!」


 しゅる、しゅる、しゅる、と三本の荒縄に捕まった。

 六人の蝦夷に囲まれ、両手の流星錘りゅうせいすいの持ち手と、首に、荒縄をかけられていた。

 一瞬の出来事。

 ぎりぎりと首を二人がかりで引かれ、みちっ、みちっ、と流星錘りゅうせいすいを握る腕が筋肉で盛り上がる。

 押し負けぬ。が、身体が動かせない。


(やるじゃねえか。オレ用の対策だな。)


 と真比登まひとは赤く充血した顔で歯をむき笑う。


 イイイイン! と麁駒あらこまが怒り、目の前の一人を前足で蹴り飛ばした。首が楽になる。

 真比登まひとは右腕に、むん、と力を込め流星錘りゅうせいすいを引くが、視界のはじ、左隅に、吹き矢で真比登まひとの額を狙うおのこが見えた。


(マズイ!)


 真比登まひとは右に身をひねった。

 ひねりすぎた、と思った時にはもう、視界がかしぎ、落馬していた。視界が回る。


(うお……!)


 真比登まひとは空中で流星錘りゅうせいすいを二つとも手放し、地面を見極め、右手を地面に突き出す。

 柔らかく。

 勢いの流れに、逆らわず。

 手をつけ!


 ひら。


 真比登まひとは右手をつき、大地を叩くようにして勢いを殺し、くる、と受け身をとる。

 ガシャガシャ、と鉄の挂甲かけのよろいが音をたてる。

 そのまま止まる真比登まひとではない。

 一回転しすかさず立ち上がり、抜刀し、


「おらぁ!」


 気合一閃。

 蝦夷三人の首を一大刀たちで飛ばした。

 血が長く尾をひいた。

 背後から、ぶん、と蝦夷の蕨手刀わらびてとうがせまるが、真比登まひとは高速で身体を回し、かわし、回転の勢いのまま、残り二人、一大刀たちで首を飛ばし、残りのおのこと、後ろに隠れた吹き矢のおのこを、


「おーらぁ!」


 鳩尾みぞおちを串刺しにした。

 大刀たちは貫通し、二人とも仕留めた。

 大刀たちを引き抜く。

 血が煙となり、生臭さが満ち、ここはこの世のものとも思えない。


「ふっ。」


 汗を垂らした真比登まひとが息を吐き、大刀たちの血振りをすると、右足首を鷲掴みにされ、ぐいと引かれた。


「!」


 気配は感じなかった。

 不覚。気が緩んだ一瞬だった。

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