第二十二話  御勝という男、其の一。

 真比登まひと桃生柵もむのふのき軍監ぐんげんとなってから、自分がもともと率いていた伯団はくのだんだけでなく、他の陸奥みちのく六団とも交流をはかるべく、擬大毅ぎたいき(副官)である五百足いおたりを伴い、時々、夕餉の時間に、他の団に顔をだした。


建怒たけび朱雀すざくだ!」

「ようこそ、ここに座ってください。」

「おう、誰か美味い浄酒きよさけ持って来い! 軍監ぐんげん殿へ呑ませてやれ!」


 と、皆歓迎してくれる。


 建怒たけび朱雀すざく


 真比登まひとの戦いぶりが、伝説の鳥、朱雀すざくが怒りの雄叫おたけびをあげ、たけり狂いながら敵をほふるかのようだ、と、兵士の誰かが言いはじめ、またたく間に広がった───らしい。


 そんな派手な呼び方は、真比登まひとの望むところではない。

 真比登まひとは眉尻をさげ、ぼそぼそと、


軍監ぐんげん殿か、真比登まひとで良いよ……。」


 と言うのだが、


「なーに言ってるんですか! あなたは建怒たけび朱雀すざくですよ! まことに吉祥! めでたいもんだ。」

建怒たけび朱雀すざくはまったく強い。」

建怒たけび朱雀すざくがいれば負け知らずだ。なあ、皆!」

「うべなうべな!(そうだそうだ。)」


 と、どこの団に行っても、皆、建怒たけび朱雀すざく真比登まひとを呼びたがるのだった。

 真比登まひとは尻がムズムズ、恥ずかしい気持ちがするが、しょうがないか、と諦めるのが常だ。


 真比登まひとの目的は、直接、戦う兵士たちと顔をあわせ、声をかわす事。楽しく一緒の大鍋の夕餉を過ごしたら、最後はこう締めるのだ。


「おまえら、必ず、オレの命令を聞けよ。

 オレの声を、良く覚えておけ。

 いつ、どんな状況でも、オレの声がしたら、すぐに従え。

 そしたら、オレがお前らを無駄死にさせない。

 兵役があけたら、家族のもとへ帰してやる。

 わかったな。」


 そう、力強く微笑みつつ、八百人ほどいる団の、はしに届くように、大きな声で、真比登まひとは言うのだ。


 わあ。


 という拍手でその言葉はむかえられ、真比登まひとは帰る。






 数日前。

 陸奥みちのく六団のうちのひとつ、玉造団たまつくりのだんで、少々、印象深い事があった。






流星錘りゅうせいすいを触らせてください。」


 と兵士の一人が言うので、真比登まひとはにっこり笑い、


「ほらよ。無理に扱うなよ。筋を痛めるからな。」


 と手渡す。兵士は両手で、一つの流星錘りゅうせいすいを受け取る。顔を真っ赤にして、なんとか持ち上げ、


「おーっ! 重てえな!」


 と嬉しそうな声をあげる。


「オレも、オレも!」

「おい、貸せよ!」

「はっ、お前に持ちあげられるかよ!」

「ははは……。」


 と、皆もりあがり、兵士たちの間を流星錘りゅうせいすいが渡る。そのうち一人が、


建怒たけび朱雀すざく流星錘りゅうせいすいを振ってみせてくださいよ!」


 とお願いをしてきた。

 真比登まひとは笑顔のまま頷き、つい流星錘りゅうせいすいを兵士から受け取り、両手で構えてみせる。


「いいぜ。誰か弓矢を用意できるか?

 射てみろ。」

「良いんですか?! オレが!」

「オレも!」


 用意の良い兵士が二人、名乗りをあげる。


「二人、同時に射ろ。」


 真比登まひとが言うと。


 ほおーっ。


 と、皆からどよめきが起こる。

 これは兵士達の良い気晴らし。見世物だと、真比登まひとも心得ている。


「真剣に、狙え。当たって血がでても、怒らねえよ。」


 と、わざとあおる言葉を口にする。

 今は、夕餉の時間なので、真比登まひとを含め、皆、よろいは身につけていない。

 皆、ワクワクと期待に目を輝かせて、自分を見つめているのを、真比登まひとはひしひしと感じる。

 五百足いおたりが、


「号令はオレが。弓矢構え!」


 と、さっと宣言する。

 兵士二人は、無駄のない動きで弓矢をつがえ、真比登まひとに矢を向ける。

 五百足いおたりの声に迷いはない。


「───射て!」


 声にあわせて、びゅっ、と夜空に矢が飛んだ。ぶん、と重量のある大岩が二つ、弾むように動き。


 カッ。

 カッ!


 と、二つの矢を難なく弾いた。

 緩やかに流星錘りゅうせいすいを下におろす真比登まひとは、涼しげな顔で笑っている。


 わあ───!


 と割れるような拍手がおこる。

 遠くで、ぎゃっ、と流れ矢に悲鳴があがった気がするが、まあ、むくつけき野郎どもの巣だ。誰も気にしない。


「すげえや!」

建怒たけび朱雀すざく!」

建怒たけび朱雀すざく!!」


 と、皆大喜びだ。

 五百足いおたりは、


(良く出来ました。)


 と言いたげな笑顔で真比登まひとを見て、真比登まひとは、


(当然でしょ。)


 との思いをこめて、五百足いおたりに頷く。


 ここまでは、良くある光景。

 ただ、この日の玉造団たまつくりのだんは、ここからが違った。


「くはッ、おまえらァ、矢をはたき落としただけで、そんなにすごいかよ?!」


 若いおのこの尖った声が響いた。

 二十二、三歳の、郷のおのこにしては良い衣のおのこが、兵士たちを割って、真比登まひとの前に進み出た。

 中肉中背、太い眉、ギラギラ光る目、口にはニヤニヤと人を見下す笑みを貼り付けている。


「なあ、そうだろ? 軍監ぐんげん殿。

 オレは蜷川にながわの御勝みかつ玉造郷たまつくりのこほり郷長さとおさの息子だ。覚えておけよ。」


 にやっと笑いながら言った若いおのこに、五百足いおたりが不快を隠さず口を開こうとするが、その前に、玉造団たまつくりのだん大毅たいき(団長)が、素早く歩み寄ってきて、若いおのこの首根っこを捕まえた。


「わっ!」

「これ! 御勝みかつ! 生意気だぞ! 申し訳ない、軍監ぐんげん殿。これは甥でして、まだ軍に入って間もなく……。」


 三十代半ばの大毅たいきはへこへこと謝る。


「離せよ、叔父さん!」


 御勝みかつは叔父をふりはらい、


「オレは決めたぜ。これでも、叔父さんを追い落として、大毅の座をもらうのは、悪いと気が引けていたんだ。だからオレはその上の、軍監ぐんげんの座をもらう。だって、……ただの百姓ひゃくせい出身なんだろ? あんた。」


 不敵に笑い、さきほど弓をひいた兵士二人のほうを向き、


「おい! おまえ、オレにも同じく、弓矢を同時に二矢、射てみろ!」


 と命令し、す、と叔父や真比登まひとたちから、安全の為に距離をとる。

 玉造団たまつくりのだん大毅たいきは、頭が痛い、というように、片手で顔を覆ったあと、


「射てやれ。」


 と投げやりに言った。

 自信をみなぎらせた御勝みかつは、用意が良いことに大刀たちを……腰に、二刀、佩いている。右手、左手、両方に大刀たちを握った。


(珍しい。二刀使いとは、初めて見た。)


「さっ、来ぉ───い!」


 御勝みかつが叫び、つられるように、矢が飛ぶ。

 ひゅう……、目にも止まらぬ速さで、二刀がひらめき、正確に二矢を叩き落とした。

 手並みは鮮やか。

 派手で、人目を引く。


 おー。


 と兵士たちは声をもらし、御勝みかつはますます、口の端を釣り上げ、真比登まひとくらい焔が燃える瞳で見て、


「……建怒たけび朱雀すざくの、名前も欲しいなァ……。」


 ともらした。


 その後は、大毅たいきに首根っこをつかまれ、形ばかりの謝罪をさせられ、ずるずると兵士の間に引きずられていった。


 玉造団たまつくりのだんから、伯団はくのだん戍所じゅしょに帰る道すがら、五百足いおたりは苛立ちを隠そうともせず、


「チッ……、あの生意気なおのこ。」


 ともらしたが、真比登まひとは穏やかに肩をすくめ、


「はは、建怒たけび朱雀すざくの名前が欲しけりゃ、いつでもくれてやるのにな。」


 と言ったら、五百足いおたりに、


真比登まひとッ! あんたは軍監ぐんげんだぞ。なめられちゃいけねえ。」


 と𠮟られた。


「ああ、わかってるよ。郷長さとおさの息子だろうが、武芸が派手で人よりちょっと優れていようが、それだけで軍監ぐんげんになれるものじゃないさ。わらはには分からないのかもしれないけどな。」


 と真比登まひとは落ち着いてかえすだけだ。

 あのようなやっかみなど、真比登まひとにとって、取るに足らないものだ。


 とはいえ、そのように真比登まひとに噛みついてくるおのこは最近は珍しいので、印象に残った……。





 





↓挿絵です。

https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16817330669050150793

 

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