第二十一話  金ぴかで若い副将軍殿

 まだ七月の話。


 前の副将軍が、あっけなく戰場で生命を落としたあと、後任でやってきた副将軍は、なんと金きらりんの挂甲かけのよろいで全身を固めていた。


(なんつー派手なよろい


 真比登まひとは呆れた。


「初めて見ました。金のよろい。」


 思わずそう言うと、まだ二十四歳という若さの上毛野君かみつけののきみの大川おおかわさまは、ふふ、と目を細めて笑い、


御祖みおや伝来のもので、父上から持たされたものだ。自分で選んだのではない。」


 と涼しい顔で言った。

 すこぶる美形なので、また、その姿がさまになる。呉男ごなん伎楽ぎがく……民衆むけの仮面をつけたお芝居でのプレイボーイ)でも、こんなに美形のおのこは登場するまい。


(まあ、着任した初日だけ、かっこつけで着飾ったのかな。さすがに戰場では、もっとつつましいよろいで来るだろう。)


 そう思っていたら。

 着任翌日、大川さまは、しっかり金のよろいで戰場にやってきた。


(目立って死ぬぞ。バカか。)


 真比登まひとは呆れた。

 陣形が整い、いよいよ出陣、という直前。


「大川さまは、本当に戰場でも、金ぴかのよろいなんですね……。的にされます。あんまり前に出ちゃあ、危ないですよ。」


 そう戸惑いがちに声をかけると、副将軍殿の傍に控えた従者からにらまれた。


「口を慎め。」

「はは、良いさ、三虎。」


 大川さまは軽快に笑った。


「言ったろう? 父上に持たされた、と。いさおをたてる為なら伝来のよろいにいくら傷をつけてもかまわない。御祖みおやに恥じ入る戦いだけはしてくれるな、と言い含められている。」


 そこまで涼しい顔で言ってのけたあと、ぎら、と目に好戦的な光をみなぎらせ、ニィ、と美しい唇を笑みの形に釣り上げた。


上野国かみつけのくにおのこがいかに勇壮か、その目で見るが良い。三虎!」

「はい!」

嚆矢こうし!」

「はい!」


 嚆矢こうしとは、戰の始まりをつげる、笛のつけられた鏑矢かぶらやである。

 この場所で一番位が高いのは、大川さま。

 嚆矢を放つ時を決めるのは、大川さまだった。


 命をうけた三虎が、きり、と弓に矢をつがえた。


(良いかまえ。相当弓が使えるな。)


 栗毛馬の鞍上あんじょうで、どっしりと姿勢が安定し、肩に無駄な力みはなく、山のように悠々とした構えだった。

 ほう、と見入る真比登まひとの後ろで、ちり、と擬大毅ぎたいき(副官)である五百足いおたりの気配が尖った。

 五百足いおたりも弓矢が得意の自負がある。如己男もころお(ライバル)を見つけた、といったところか。


 大川さまの従者、三虎が、大空に嚆矢を放った。



 ビュィィィィィ…………。



 高く笛を吹き鳴らしながら、嚆矢が大空を行く。

 予想通り、矢は遠くまで飛んでいき、すぐに、南、西、東、三方から、



 カ───ン。

 カ───ン。

 カ───ン。



 しょう(大きな銅鑼どら)が鳴らされる。

 棒にくくりつけられた四角い旗、赤、黒、白、青、黄、五色の軍幡が、天高く掲げられた。

 次の号令は、真比登まひとだ。


「弓矢構え!」


 声は四方へ広がる。


「射て!」



 ブォ───!



 いくつもの大角はらのふえがいっせいに吹かれる。

 弓矢が、敵、四百人ほどへむかい、一斉に放たれる。

 敵は、さっと広がり、弓矢の範囲から逃げる。逃げ足が早いのだ。

 何人かは矢にあたり倒れる。

 その後。




 わぁぁぁ……。




 雄叫びをあげながら、味方の兵士千人、その先陣が、敵に突っ込んでいく。


(さて……。)


 真比登まひとも、愛用の武器、流星錘りゅうせいすいを、ぶうん、ぶうん、振り回しながら戰場を駆けるが。

 金ぴか副将軍殿と、その従者が、飛び出した。


 大川さまは、七尺(約212cm)、大川さまの身長より少し高いほこを持つ。鉾の刃は、変った形。上向きの刃の下部に、片方のみ、分かれた刃がかぎ型に横に突き出している。

 大川さまは、鉾を高速で振り回し、蝦夷えみしを刺し、斬り、首をね、かぎでヒョイとひっかけ、転倒させる。

 三虎が、少し距離をとりながら、これまた早業で矢を放ち、大川さまが転倒させた蝦夷に矢を立て、大川さまに群がる蝦夷えみしを次々と射抜いてゆく。


「ハァ───イッ!」


 美男の凛とした気合が、七月の空に響く。

 金ぴかの挂甲かけのよろいが、もうもうと立つ砂埃のなかでも、陽光を受けて、きらり、きらり、と光る。


 びゅうぅ、びゅうぅ、目にも止まらぬ速さで大川さまのまわりを鉾が旋舞せんぶし、白馬と金のよろいのまわりを朱華色はねずいろ円舞えんぶが飾る。


 真比登まひとは、轟轟ごうごう蝦夷えみしを上に打ち上げ、蹴散らしながら。


(へえ、立派なもんだな。金ぴかの挂甲かけのよろいに敵さんが群がってくるのは、想定済みか。あれは、鍛錬を積んだ鉾さばきだ。)


 と感心した。

 とくに真比登まひとが張り付いていなくても、あれなら簡単に死ぬ事はなさそうだ。


 と、大川さまが、ちらっとこちらを見て、ふっと笑った。

 凄惨な、血と砂埃と悲鳴が泥のように交じる戰場で。

 白い顔に浮かべた微笑みは、清らかでもあり、その流し目は、ぞわりとさせるような色気があった。まるではちすの花のような麗しいおのこである。


(おえ……、勘弁……。おのこにその気はねぇよ……。)


 そそくさと真比登まひとはその場から離れた。











 戰場を引き上げ、帰り道。肩で息をする大川さまに、真比登まひとは捕まった。大川さまは興奮気味で、


「すごいな! 貴殿きでんのような戦いぶりの益荒男ますらおが、戰場にはいるのだな! ふふふ……、見とれたぞ。」


 と、にっこり笑顔を向けられた。

 その目は明るい色を浮かべている。

 後ろにぴったり寄り添う従者が、ニコリとも笑わず、


「大川さまがこれほど称賛くださるとは、めったにない事だ。喜べ。光栄に思うが良い。」


 と尊大な口調で言った。なんだか、この従者は可愛くない。


「ありがとうございます。」


 真比登まひとは、上司とその従者に、きちんと礼の姿勢をとった。


「貴殿が気に入った。これからよろしくな。」


 大川さまは、そう爽やかに言って、去っていった。





   *   *   *




 さて、八月。

 びっくり仰天の縁談を真比登まひとに押し付けた大川さまは、その翌日、朝の軍議のあと、真比登まひとの肩をつかまえて、眉根をつめ、本当にすまなそうな顔をした。


軍監殿ぐんげんどの。許してくれ。今回、私の配慮が足りなかった。もし佐土麻呂さとまろさまにバレたら、私からも謝罪をしよう。まずは、貴殿に謝罪の品を……、三虎。」

「はい。あわと麦あわせて一こく(約84kgと)、油壺五壺を、あとで下人げにんに届けさせよう。よしなに。」


 びしっ、と三虎は清廉な礼の姿勢をとった。このおのこ、顔は無表情のままだが、悪いと思っているらしい。




 ───三虎は、顔の表情がいつも動かねぇから、とっつきにくいヤツだが、話してみれば、中身は、案外いいヤツだ。まあ、名家の若さまって匂いがプンプンするけどなー。嫌いじゃねぇぜ。


 とは、いつの間にか三虎と酒を呑んでいた五百足いおたりの言葉だ。




 今回、二人には一言ぐらい恨み言を言ってやりたいと思っていた真比登まひとだったが、二人の顔を見ていて、その気がすっかり失せてしまった。


「粟、麦、油壺、ありがたく頂戴します。」


 礼の姿勢を返す。


(今夜は皆で粟、麦でささやかな宴会をしよう。)


 戰のあとの楽しみができた。自然と頬がゆるむ真比登まひとであった。

 真比登まひとの後ろでは、五百足いおたりが、黙ってはいたが、満足そうに笑って頷いていた。




    









↓挿絵です。

https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16817330669049536250



  



 

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