第十二話  その言い繕いはどうかと思う。

みなもと!!」


 いきなり背後の木陰から大声で名前を呼ばれて、みなもとは、ぶっ、と吹いた。

 声でわかった。真比登まひとだ。

 真比登まひとの声は、ごつい体つきに似合わず、柔らかく、優しく、甘い声質だ。


真比登まひと、いたのかよ。あんた今日、非番じゃないだろ。しかも、オレの名前呼んだよ?! 大声で?! どうすんのこれ?)


 百合の花束を抱えた佐久良売さくらめさまは、きょとん、と首をかしげている。


(バレたら斬首なの、忘れてない?)


 豪族に無礼、騙す行為は不敬の罪。ただの郷人さとびとなら、簡単に首が飛んでしまう。


 本日非番である源は、ただでも大きい目を、さらに見開いて、後ろを振り返った。

 焦った表情の真比登まひとがそこにいた。顔は直垂ひたたれで隠していない。


ーっても心配してます、佐久良売さくらめさま!」


 下手な言い繕いに、みなもとは、再び、ふいた。


(まったく、なんて慌てっぷりだよ。伯団はくのだん建怒たけび朱雀すざくが。)


 とは言え、面白がってる場合ではない。佐久良売さくらめさまにバレてはいけないのだ。

 

「こいつはオレの部下です。」


 みなもとがそう言うと、部下扱いされた真比登まひとが、あからさまにムッとした顔をし、目をそらした。


(むはは。面白ぇ。)


 佐久良売さくらめさまは、落ち着いた目線を真比登まひとによこした。

 真比登まひとは、さっとおびえた表情を浮かべた。


(?)


 みなもとは、それがなぜかわからない。




     *   *   *




 真比登まひとは息を詰めた。

 確かめるのは、怖い。


 まともに、佐久良売さくらめさまと目があった。

 この、疱瘡もがさをさらした顔と。

 普通なら、さっと目をらすか、穢れそのものを見てしまったように顔をしかめるものだ。


 佐久良売さくらめさまは動じなかった。

 豪族の娘らしい、しゃんと背が伸びた、気位の高さが伝わる表情だが、真比登まひと疱瘡もがさを注視するわけでも、目を逸らすわけでもない。

 真比登まひとを、ただそこに立つおのことして見てる。

 やはり、昨日、真比登まひと疱瘡もがさを見た上で、何も反応しなかったのだ。

 

(どうして。何故。どうして、そのように、忌避の目で見ない?

 何故、普通の顔で、オレのことが見れる?)


 訊きたい。

 知りたい。

 どうしても、二人で話をしたい。

 

 佐久良売さくらめさまが、淡々と喋る。


「あたくしを昨日、運んでくれた兵士ね。心配をかけました。

 父から褒美があるでしょうが、あたくしからも何か褒美をとらせましょう。何か望みはありますか?」

「文字を教えてください!」


 真比登まひとは食いつくように返事をした。




    *   *   *




 みなもとは、真比登まひとの予想外の願い事に、つい心のなかで、


(食べ物とかちょっとしたお宝とかじゃー無いのかい!)


 とつっこんだ。

 佐久良売さくらめさまも、


「え……?」


 と、戸惑って首をかしげた。

 真比登まひとは、必死の懇願を顔に浮かべ、佐久良売さくらめさまを見ている。


 源は考える。

 文字を教える。それは、桃生柵もむのふのき領主の娘が、一兵士にしてあげる仕事ではない。

 佐久良売さくらめさまは断わるだろう。

 だから源は、佐久良売さくらめさまが口を開く前に、言葉をかぶせた。


「そう、ぜひ、お願いします。

 本来は佐久良売さくらめさまに頼める事ではありませんが、こいつは武勇並ぶ者無き益荒男ますらおですが、文字が書けないのです。

 文字が書けないと、昇進ができません。」


 嘘である。だって文字書けない真比登まひと、既に軍監ぐんげんだもんね。


「もちろん、佐久良売さくらめさまのお手すきの時間に、一回、佐久良売さくらめさまの気韻生動きいんせいどう(気品のあるおもむき、生き生きとして真に迫る)の書を近くで見せていただくだけで、けっこうです。」


 交渉事は、人懐こい笑顔も重要である。にっこり笑って佐久良売さくらめさまを見ると、


がそこまでおっしゃるなら……。」


 と佐久良売さくらめさまが、了承してくださった。


「ありがとうございます!」


 真比登まひとみなもとの声がかぶった。

 ぱちぱち、佐久良売さくらめさまがまばたきをする。

 真比登まひとが顔を赤くして、汗を額から垂らしながら、礼の姿勢をとり謝罪するので、みなもとは吹き出すのを抑えるのに必死だ。


(良かったな、真比登まひと。)


 真比登まひとは、昨日、佐久良売さくらめさまを賊から助けたあと、ずっと、佐久良売さくらめさまを目で追っていた。


(もしかしたら、恋したのかなぁ? おっかないけど、綺麗な郎女いらつめだもんな。)


 さっき、文字を教えてほしい、と佐久良売さくらめさまに願い出た真比登まひとの顔は、真剣な……、切ない顔だった。


(いや、首、かかってるんだけどね。なんだこの状況。わけわからん。)


 それを思うと、あはは、と乾いた笑い声を発しそうになるが、みなもとは、敬愛する建怒たけび朱雀すざくが恋路を歩むなら、応援してあげたい……。




   *   *   *




 佐久良売さくらめは、昨日助けてくれた兵士を見た。


「名前は?」


 なぜか、兵士は少し間を置いてから、


「か、韓国からくにのみなもとです。」


 と言った。が、なぜかまた、ぶっ、と吹く。


(この人、笑いやすい人なのかもしれない。笑いのツボが良くわからないわ。)


「よろしい。。では、今から、短い時間ですが、書を見せてあげましょう。ついておいで。」

「えっ、今から……?」

「今からです。あたくしは、今日できる事を明日にまわしません。」


(ここは戰場いくさばなのだから。)


 そのまま、殿に別れの挨拶をし、医務室に戻り、佐久良売さくらめの女官である若大根売わかおおねめに百合の花束を預け、一緒に、佐久良売さくらめの部屋に向かう。

 若大根売わかおおねめが、珍しく嫌悪の感情をあらわにし、兵士の顔をイヤそうにジロジロ見る。

 

(ああ、疱瘡もがさか。)


 兵士は、悲しそうな顔をして、目線を下にさげた。ちょっと可哀想である。


若大根売わかおおねめ。この兵士は、昨日、あたくしを助けてくれた一人ですよ。」


(めっ。)


 軽く叱ると、若大根売わかおおねめは、


「はい……。失礼しました。あるじを助けていただき、感謝申し上げます。」


 と、百合の花束を持ったまま、礼の姿勢を膝でとった。



   *   *   *



 真比登まひとは、若大根売わかおおねめと呼ばれた女官から、ジロジロと顔の疱瘡もがさを見られ、たまれなくなり、うつむいた。一瞬、


 ───やっぱり、直垂ひたたれを外しておみながいるところを出歩くんじゃなかった。


 と後悔が胸をかすめた。

 しかしすぐに、佐久良売さくらめさまが、


若大根売わかおおねめ。この兵士は、昨日、あたくしを助けてくれた一人ですよ。」


 と真比登まひとをかばった。

 真比登まひとは衝撃で顔をあげた。

 兵士が、さらわれた豪族の娘を取り戻す為に働くのは、当然の事だ。それを、このように言ってくれるなんて。


天女てんにょだ……!)


 はちすの花びら揺れる極楽浄土の空には、それはそれは美しい天女が、微笑みながら、ひらひら、空を舞っているそうだ。


「はい……。失礼しました。あるじを助けていただき、感謝申し上げます。」


 女官が真比登まひとに謝罪した。

 真比登まひとは礼を返し、佐久良売さくらめさまを見たが、佐久良売さくらめさまは女官の謝罪を満足そうに見届けたあと、真比登まひとには一瞥もくれず、すぐ背を向けてしまった……。


佐久良売さくらめさまは、本当に天女みたいだ。どうして、疱瘡もがさを、ここまで気にしないでいられるのだろう? 絶対、答えを聞いて帰りたい。)


 そう決意する真比登まひとは、実際はおみな二人相手に何を話せば良いかわからず、無言のまま、歩いた。




    *   *   *




 佐久良売さくらめは小石を敷いて、歩きやすく整えられた道の先頭を歩きながら、


(あ、殿に、あたくしは婚姻する気はない、と念押しするのを忘れた……。)


 と気がつく。そして、先程、殿に耳元でささやかれた言葉を思い出した。




「───この花束は、嶋成しまなりからです。」



 なぜ、あの人は、あのような事を言ったのだろう?





    *   *   *



 著者より。

 次話、登場人物一覧には、最後に、小話があるから、読んでいってね!

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