第十一話  百合の花束

 佐久良売さくらめは戸惑っていた。

 白、黄色、桃色。色とりどりの百合の花束を抱え、爽やかな笑顔を顔にうかべたに、医務室を連れ出されてしまった。


(困ったわ……。いつものように、縁談をその場で断りそびれてしまった。昨日、襲撃があったせいで……。)


 佐久良売さくらめは婚姻する気はない。

 采女うねめは、婚期を逃す事がほとんどだ。

 故郷に帰り、教養をまわりに教えながら、一人静かに過ごすか、寺に入り、尼として余生を過ごすか。

 それが、采女うねめとして若さを平城京に仕え尽くしたおみなのたどる道だ。

 十六歳から十八歳の女が、適齢期なのだ。

 二十歳を越えると、年増と見られる。

 二十三歳の佐久良売さくらめは、立派な年増だ。

 父親の威光をかざして、無理やり、縁談を組む事はできる。

 でも、


「あのような年増。」


 と、ひっそりと陰口を叩かれている事であろう。


(父上は勘違いをなさっている。

 あたくしは婚姻相手を見つけてほしくて、桃生柵もむのふのきに帰ってきたんじゃない。

 桃生柵もむのふのきの戰場を、少しでも支えたいから、父上のそばにいたいから、帰ってきたのに。

 どうしてわかってくださらないの……。)


 父上は、ひっそりと陰口をたたかれている事を、おそらく承知で、佐久良売さくらめの婚姻を急いでいる。


(……あたくしを婚姻させて、この桃生柵もむのふのきから、戰場から遠ざける気なのだわ。)


 婚姻したおみなが、つまのゆかりの土地に行け、と言われたら、断れるものではない。


 佐久良売さくらめは、十五歳で、采女うねめとなった。

 佐久良売さくらめは立派に采女として務めたが、八年間、ずっと、父上に、都々自売つつじめに会いたかった。

 やっと会えたのに、父上は、さっさと佐久良売さくらめを遠くにやろうとする……。

 佐久良売さくらめは、ここにいたい。

 父上と一緒にいたい。

 婚姻なんて、したくない。

 もう、ほとんど婚期は逃がしているのだ。

 いつか、父上が黄泉の母刀自ははとじのもとへ旅立ったら、一人で暮らすので良い。寺に入るのでも良い……。

 今までわざと、縁談相手を怒らせ、その場で縁談を断ってきたが、この殿の態度には、調子を狂わされてしまう。

 昨日、助けてもらった恩もある。


(でも、あたくしは、婚姻する気はないのよ。わかってもらわないと……。)


 そう思う佐久良売さくらめを、は赤いつつじが、ぽつぽつと咲く小道につれて、やっと手を離した。

 もう、つつじの盛りは過ぎている。


佐久良売さくらめさま! 昨日は、お疲れになったはずです。休んでなくて、よろしいのですか?

 心配です。」


 福耳のはそう元気に言って、腕に持っていた百合の花束を、佐久良売さくらめに渡した。


 美しい花束は、嬉しい。

 気遣いも、嬉しい。

 優しい、良い人なのだ、と思う。


「はい、もう大丈夫です。お気遣い、心に染みましてございます。

 昨日は助けていただきまして、あらためて、感謝申し上げます。」


 佐久良売さくらめは、百合の花束を抱えたまま、膝を折り、礼の気持ちを表した。


(縁談を断わるにも、感謝の気持ちはきちんと伝えておかないと……。)


「それなら、良かったです。

 オレたち兵士は、この桃生柵もむのふのきを守ります。どうか安心してください。」


 にっこり笑いながら、が言う。

 佐久良売さくらめもつられて、少し笑う。

 すると、が、笑みを深くして、すっと佐久良売さくらめに近づいた。


「えっ?!」


 ───耳元に、ささやく。



   *   *   *



 真比登まひとは、福耳の立派なみなもと佐久良売さくらめさまの手を引いて歩くのを、静かに尾行した。


 真比登まひとは、悶々とした。


(……それは、軍監ぐんげんじゃないんですよ、佐久良売さくらめさま!)


 本来なら、そこにいるのは真比登まひとのはずで───。

 いや、違う、真比登まひと疱瘡もがさ持ちだから、あんなふうに佐久良売さくらめさまに接する事はできない。

 いやいや、そうじゃない。

 オレが佐久良売さくらめさまを騙して、みなもとを身代わりに縁談に出させたんだ。

 その事を知ったら、佐久良売さくらめさまはどんなに傷つくだろう。

 オレは、佐久良売さくらめさまから罵倒されることを承知の上で、この顔をさらして、縁談の席につけば良かった。

 そうすれば、後になって、佐久良売さくらめさまを大きく傷つける可能性はなかった。

 傷つけたくないのに─────。


佐久良売さくらめさま! 昨日は、お疲れになったはずです。休んでなくて、よろしいのですか?

 心配です。」


 みなもとが、両手いっぱいの百合の花束を、佐久良売さくらめさまに渡した。


(あ、あ、あんの野郎ー! 何を色気づきやがって……。)


 佐久良売さくらめさまは、ほんのり頬を染めて、困ったように、わずかに目を伏せた。


(オレは、昨日、怖い目にあって憔悴してるであろう佐久良売さくらめさまに、花束をあげるなんて、思いつかなかった。

 みなもとおのことして完敗だ……!)


 源は背が高く、可愛らしい顔立ちをしている。武芸も、強さは真比登まひとのほうが上だが、体捌きに光るものがあり、優秀な兵士だ。

 学もあるのだし、家柄は佐久良売さくらめさまに劣るとはいえ、佐久良売さくらめさまと並ぶと、良くお似合いだった。


 ……家柄でいえば、真比登まひとは郷人の出なのだから、みなもとより劣る。


 真比登まひとの胸がズキズキと傷んだ。これはどういう事だ……。


「えっ?!」


 みなもとが突然、ずいっ、と佐久良売さくらめさまに近づいた。

 耳元に、口を寄せる。


(それ以上は許さん!!)


みなもと!!」


 つい真比登まひとは大声をだし、隠れた木の陰から姿をあらわし、源をいさめてしまった。



  




↓挿絵です。

https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16817330669048957353




    *   *   *



 著者より言い訳。

 女性の結婚年齢への意識が、どうしても早婚です。

 奈良時代ゆえ、この年齢設定が動かせません。

 私としては、女性は何歳になっても美しいと思っております。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る