第七話 ほほづきのいろも
幸せだった
あの頃はまだ、
「ワーホイ、ワーホイ、鳥追いだー、鳥追いだー。
かもかも、かもかも、
ワーホイ、ワーホイ、鳥追いだー、鳥追いだー。
(ワーホイ、鳥追いだ、白い米を狙った鳥、好きなだけ叱りつけよ。
好きなだけ、好きなだけ、上の枝に(刺して)引っ掛けるぞ。)」
ぱんっ、ぱんっ、木の枝を持って、田に群がる鳥を追い立てる。
ちいさな
五、六歳の
「うまいぞ、
畑仕事に精を出す父親に、明るく笑って褒められた。
だから、鳥追いの仕事は、大好きだった。
父は、いつも笑顔を絶やさない人だった。
母刀自はお喋りが大好きで、川で衣を洗濯してる時も、料理をしてる時も、ずっと、口が動いている人だった。
まだ
「おや、泣き虫ね。強くなりなさい、
と優しく笑いながら、すっぽりと抱きしめて、寝ワラで一緒に眠ってくれた温もりを、忘れない。
一番上の長男、
その下の長女、
「
オレがある日、五歳年上の、
「
あたし、心配だわ……。
おまえは、
今ここで、
「うん、わかった、
まだ六歳だった
「良い子ね。」
四歳年上の
あの日の
「
橙色の
弾けるように笑ってくれているだけで、自分よりちっちゃな
すると、
「きゃっ、きゃっ。
と
もちろん、
ここ、
「あ〜ぁ、
と冬が来るとよくぼやいていたが、母刀自に、
「何さっ、バカ。
とよく、どやしつけられていた。
親父が子供の頃に、国の命令で、
ここで生まれた
寒い冬、家族皆で、寝ワラで、
すると、あったかい。
あのあったかさがあれば、充分だったよ、親父……。
あの日。
秋の寒い風が、ひょうひょうと吹き付けた日。
十七歳の
「今年こそ、オレも妻をもらわなきゃ、かな。」
と、意中の
十歳の
「
と、たくさんの
見知らぬ
その
「今なら高く買うぞ。」
親父は、無言で戸口から振り返り、
びくり、と
「……今年は売らないで良い。」
親父はそう言って、しつこい
こん、こん。
咳をしていた。
「わあ───!」
「いや、いや、あたし、どこにも行かない……。」
親父と母刀自は無言だった。
ちいさな
今年は、不作ではない。
しかし、不作の年だったら。
子供が売られ、銭に替えられてしまう事は、郷において、珍しい事ではなかった。
震え、
その夜。
親父が、熱を出し倒れた。
それから三日のうちに、次々と、母刀自も、兄も、姉も、熱を出し倒れた。
高熱にうなされ、全身火で炙られる心地のなか、
「
と
どれだけの時間、うなされたか。
わからない。
だが、
残されていたのは、高熱で起き上がることすらできない
「嘘だ! イヤだ、イヤだ! 目を開けてくれ───っ!」
「おにい……ちゃん……。」
(このままでは、小真須売まで死んでしまう!
誰か、誰か助けて……!
なんとか、薬草を……、薬草を分けてもらおう。
オレの家は、郷のはじ、ちょっと山を登った、離れた場所にあった。
薬草を持っているかは分からなかったが、親族に会いに郷に降りていくと、親族は
「誰か、誰か薬草を……、
「来るな!
助けを求めても、今まで仲の良かったはずの郷人から、石を投げられた。
オレの全身は、
石ががつん、頭にあたり、オレは泣いた。
家に戻り、小真須売のそばにずっとついていたが、一向に熱は下がらず、
「良かった、
そう言い、ゆっくり目を閉じ、黄泉に下った。
まだ十歳だった。
「わああああ! イヤだあああ! 死ぬな、死ぬな! 兄ちゃんを置いていくな! 逝かないでくれぇ……っ!」
オレは小麻須売の、まだ温かい亡骸を抱きしめて、めちゃめちゃに泣いた。
(オレより幼いのに、なぜオレより先に死んだ。死ぬなら、オレの方が先じゃないのか。……幸せになってねって、幸せになるべきなのは、
泣いて泣いて。家族一人ひとりを抱きしめて、また泣いた。
「イヤだ、なんでオレ一人だけ、生き残ってしまったんだぁ───っ!!」
オレは、泣きながら、家族の墓を家の裏手に作った。
翌日、
オレのことを、まだ死なないのか、という
それ以外、郷人は、うちに来なかった。
当然だ。
オレは、この家で、ひとりで暮らそう、そう思った。
(食料の
水も、田もある。
ひとりで、生きていけば良いじゃないか……。)
すぐに雪がふり、冬となった。
オレは山からおりず、誰とも会わず、墓を守り、畑仕事をし、過ごした。夜、寝る時は、寝ワラで皆の温もりを思い出しながら、ひとり眠った。
雪が深くつもり、
───春。
雪解けとともに、
(ああ、山を降りよう。)
と思った。うららかな春の日差しに照らされ、ひとりで郷を出よう、と思った。
もう、一人は、いやだ。
この郷も、いやだ。
どこかへ、行こう。
(母刀自。親父。
寂しい思いをさせる。でもオレ、これ以上、ひとりではいられない。許してくれ。オレは、行くよ。)
何か思い出のよすがを、と思ったが、家には、本当にろくなものがなかった。
母刀自の身につけていた
鉄でできた
しかし、
結局、親父が黄泉にくだってから、
それだけをよすがとして、
(
───なあ、小真須売?)
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