第六話 黄瑠璃に祈りを
身体が上下に揺られている。
馬だ。
だからこれは、味方……。
暗闇から意識が浮上しはじめる時、すでに
ぽつっ。
頬にちいさな水滴が落ちた。
(雨?)
「んん……。」
暗い夜空に雨は降っていない。
天にかかる細い三日月。
自分を見下ろす
(誰だっけ……。ああ、軍監殿のお供か。)
印象が違うから、気がつくのに時間がかかった。
顔の左を隠す、
左頬には、大きな
別に驚かない。
顔に
(なんでそんなに
「…………さっきの兵ね。あたくしの
「えっ……?」
兵は目を見開き、驚いたようにつぶやいた。汗がすごい。
(まさか……!)
「無事なの? 隠さずに言って!」
「無事です。あなたがさらわれた後、すぐに兵が保護しました。傷ひとつございません。ご安心ください。」
(良かった……!)
安心で力が抜ける。
「そう……。良かった。ありがとう。」
ふう、と息をつく。
……しかし、そう思った後、この兵にむらむらと怒りが湧いた。
(驚かせるような反応をして! 早く、無事ですって言えば良いじゃない! まさか、あたくしが先程ひっぱたいたから、腹いせ?)
……でも、今はもう、文句を言う気力もなかった。
ひどく疲れ、倦怠感で身体に力が入らない。
それに、この
(……本当に怖かった。怖かった……。)
ぐったりと疲れていたのである。
庭に、おおくの人々が心配して集まっていた。
「さ。」
春日部真比登さまは、丁寧に
だが、
「お姉さま! よくご無事で!」
すぐに、涙を流した
「あたくしをかばって……、あああん!」
「
「大丈夫ですわ! お姉さまこそ、怪我はありませんの?」
「ないわ。」
きゅっ、と
にっこりと微笑み、首元の透明な黄色の首飾りに手をやった。
「お姉さまからいただいた、この
「あ……、ごめんなさいね、実はあの
大切な緑瑠璃の首飾り。いつも身に着けていた。ただし、医務室に行く時はのぞいて。
せめて緑瑠璃の首飾りだけでも、血の匂いのするあの場所から、遠ざけておきたくて……。
「そうですか……。」
お父さまが涙目で、
「良かった。本当に良かった。すぐに助けだしてもらって。怪我はないんだな? 何ともないんだな? 怖い思いをしたな。」
と
「はい、大丈夫ですわ。お父さま。」
と手を握りかえす。お父さまは何度も頷き、手をはなし、春日部真比登さまの方を向いた。
「軍監殿。このご恩はけっして忘れません。ありがとうございます。
と鼻をすすりながら、礼の姿勢をとった。
「春日部真比登さま。このたびは、賊にさらわれたところを助けていただき、深く感謝申し上げます……。」
と礼の姿勢をとった。横では、
「はい、あの……。」
なぜか、軍監殿の目が泳いだあと、
「良かったです。ご無事で救いだせて。」
と福耳の軍監殿は笑顔で言った。
「
あなたが、あたくしが賊の手に落ちた時、
「当然の務めでございます。
と礼の姿勢をとった。
「
「ありまぜぇん……。ざくらめざまぁ……。」
「まあっ、困った子ね。」
「心配かけたわね。」
「しん、ぱい、……しましたっ! びええええん……。」
可愛らしい泣き声に、見守る人々が、なごやかな顔になる。
そこで、気が緩んだ。
ふらり、と
「
と、慌てて支える。
「大丈夫、大丈夫よ……。」
そこで、さっと一人の兵が近づいてきた。顔半分に
「顔色が真っ青です。よろしければ、部屋までお送りします。」
と言った。
(何かしら? ずいぶん図々しい兵ね……。あたくしに、顔をひっぱたかれたくせに。)
心配されてるのはわかった。悪い気はしない。
「けっこうよ。あたくしをここまで運んでくださり、感謝します。」
その
(あたくしは倒れてるわけにいかない。
明日も、医療の務めが待っているんだもの。しっかりしなきゃ。あたくしは自分で歩けるわ。)
「皆さま、
別れの挨拶をすると、
父上と
「
「無事に……。」
「良かったわ……。」
* * *
「オレ、感謝されるのが辛いって思ったの、はじめてだよ。
と言った。
「悪いな。気に病むな。おまえは何も悪くない。」
と源に笑いかけた。中肉中背、穏やかな目つきの
「今頃、縁談の場で
源、すまんが、こうなった以上、しばらく
……なんだか、噂されるほど、悪い人じゃなさそうだったから、
だが、源があれだけ
お前の功績さ。」
と源の肩をたたいた。
「……うん。」
源は元気なく、返事をした。
大柄で、がっちりした身体つき、四角い顔につぶらな目の
「引き上げようぜ。いつまでも
と明るく言う。
「
「そうだな。」
「うべなうべな。(そうだそうだ)」
兵士たちが次々と屋敷の庭を出てゆくなか、
* * *
お姉さまへ。
今日から、あたし、この
何故か?
気分よ!
なぜかこの言葉が、あたしの胸に空から舞い降りてきたの。
お姉さま、今日は、沢山のことがありました。
なんと、領主さまの館にまで、賊が侵入し、あたしが兵士を呼びにいってる間に、
安心して。
すぐに、兵士が無事、助けだしてくださったわ。
それでも、一人で兵を呼びに行ったあたしのことを、ねぎらってくださったの。
あたし、もう大泣きです。びーびー泣いちゃいました。
だから、この縁談を断ってないの。
運命かしら?
運命よぉぉぉ!!
あたしは、そう思います。
お相手の、
すごい派手な名前よね。
でも実物は、整った顔立ちで、愛らしい印象だったわ。
背も高いし、にこって笑った笑顔が、とっても明るくて。
なんか難しい問答もすらすら答えて、その流れで
掘り出し物!
これは掘り出し物ですわ、お姉さま。
あたしは、うまくいくと良いと思います。
でも一つ、叱ってほしいの。
お姉さまのお叱りの声が聞こえてきそうです。
えーん、許して、お姉さま……。
↓挿絵です。
https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16817330668071219528
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