第三話 とうとう縁談。怖ぇ……。
酉の刻(夕方5〜7時)。
「ようこそ、お待ちしておりましたぞ。ささ、お入りくだされ。」
にこやかな
続く、
「本日はお招きありがとうございます。オレが、
胸を張って、にっこり笑顔全開で、福耳の立派な
「私は、
私の妻は、すでに黄泉渡りして久しい。妻の
こちらは、娘の
父親の隣りに、娘が立った。
背丈は普通。ほっそりした体つき。
水が流れるような美しい所作で、礼をした。
「
伏し目がちな目は、黒ぐろと、夜の宝玉のように輝いている。
肌は白い雪のようにきめ細やか。
桜色の唇。
調和のとれた美しい顔立ち。
うりざね形のすっきりした顔の形。
手入れの行き届いた、濡れたのか、というほど艶を放つ髪。
表情は氷のように冷たいが。
(
とくに、肌が美しい。
あんな肌の
そう、
(こいつら、豪族って生き物だもんな……。)
(そもそも、オレは
そう思うのに、
(……あんな美しい
との思いが、さっと
源のみ、ご馳走の用意された机に着席する。
供の二人、五百足と
(……さあ、首をかけた縁談の宴が始まったぞ。)
佐土麻呂さまは機嫌良く、
「
お若いのに、まこと頼もしい
ふぉっふぉっふぉっ……。」
と笑い、
「……ん? 若い……。」
と源の顔を見て、ぽつっと言う。
(うっ。やはり十歳差はごまかしきれんか。)
「はい、若いです! ありがとうございます!」
カッ、と後光でも差してきそうな明るさで、源が堂々と言った。福耳が神々しい。
「ふぉっふぉっふぉっ……、武人とはもっと
佐土麻呂さまは笑顔を深くして、そう言った。
どうやら、ごまかせたようだ。
(源。お前に託して良かった……!!)
「おっと、春日部真比登さま、
我が娘、
さ、
佐土麻呂さまの隣の倚子に腰掛けた
「どうぞ。」
氷のように冷たい表情で、じろり、と
「春日部真比登さまは、本当に、他に妻はいらっしゃらないんでしょうね?」
いきなり
「はい、いないです!」
「
「はい、いないです!」
「ふうん……。」
まさしく、今、品定めをしているのである。
(怖い。こんな
さすがに
「こ、これ。
と娘をたしなめる。
娘は無言で戻り、自分の倚子に座ったあとも、ニコリともしないまま、まだ源をジロジロ見て、
「福耳……。」
とつぶやいた。
(うぉぉぉ、
* * *
(えーと……。)
源は、
(褒める。会話する。褒める。とにかくご機嫌とって、振られてこい! って言ってたな!)
くっと
「美味しいです!」
大きな声で言った。
その大声に、
(あれ? 褒めるって難しい?? そんな事ないよな。これで良いはずだ。)
あちこちで、ご飯を食べた時に、
「美味しいです!」
大きな声でそう言うと、皆、嬉しそうに、
「んまー、良い子!」
と褒めてくれた。
(だから間違ってないはずだ!)
今、目の前のご馳走のなかで、ひときわ光を放つのは、真っ白い団子のような
「これは初めて見ました。
これは贅沢品だ。名前を聞いたことしかない。ワクワクしながら口に入れると、まったりと濃厚な口溶け、独特の風味、舌に残る、癖になる甘さがあった。すぐに口中で溶けてしまったのが惜しい。
(旨ぁ───い!!
オレ、ちょっと、来て良かったかも!!)
源は満面の笑みで、腹から声をだした。
「美味しいです!」
その後も源は、ご馳走美味しいです作戦を
* * *
無我の境地。
源は、ご馳走に箸をつけては、
「美味しいです!」
と大声を出す事を、しきりに繰り返し、
「よ、良い食べっぷりですな……。」
それでも、なんとか会話を引き出そうと努力する父親の姿は涙ぐましい。
「
「はい、何でも食べます。好き嫌いはいけませんので!
「何かご趣味は?」
「そうですね、趣味というほどではありませんが、木を薄く削るのが得意です。このナズナの塩ゆで、美味しいです!」
「家ではどのように過ごされているんですか?」
「家族と過ごします! この桃、美味しいです!」
「ぐ、
「何でしょう?
「…………。」
佐土麻呂さまは、矢尽き剣折れた顔で疲労をにじませた。
「あたくし、もう部屋に帰ってよろしい? お父さま?」
と
「むう、いかん、いかん。もっと話を春日部真比登さまとしなさい。」
顔をしかめすぎたので、鼻にもシワがよった。
そして源を見据えた。正直言って、
(怖ぇ……!)
見守る
「何しに来たのあなた。さっきから食べてばっかり。」
ぱちぱち、
「縁談です!」
馬鹿正直に笑顔でそう答えた。
……また後光が見えた。
(ああ、この後光がオレの頭の中身を照らして、今すぐ
「あたくしにその気はございません。良き妻は他でお探しになる事ね。
ご存知ない? あたくしは怖いという噂を。それは真実よ。
鬼より怖い
これはご存知?」
「やっ、やめなさい!」
父親が慌てて口を挟んだ。しかし娘は
「※
父親が、
「やっちまった……。」
と小さく呟いて、右手で自分の顔を覆った。
(げえ……、何言ってるのか、全然わからん。)
自分がこの質問を投げかけられていたら、と想像しただけで震え上がった。
ところが源は、
「柳條未吐緑。梅蕊已芳裾。即是忘歸地。」
とスラスラと言った。
「えっ……。」
その場の全員が、同じ反応をした。
今のは日本語ではない。
「
「う……、う……、嘘……。まさか、
「あってるだろ? オレ、知ってるよ?」
と
「あってますわ……。春日部真比登さま、お
そのしおらしい態度に、男性陣皆、
「ふぉぉぉ……。」
と感嘆の声をもらした。
↓挿絵です。
https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16817330667927680934
* * *
以下、読み飛ばしてOK。
気になる方へ。
※
柳の枝は、まだ緑の芽をつけていないが、梅花の
とりもなおさず、ここは
参考
古代歌謡集 日本古典文学大系 岩波書店
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