お泊まり会(前編)

作者前書きーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

更新遅れてしまい本当に申し訳ありません。残すは後編と最終話のみです。できるだけ早く次回は更新します。

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 蓮、お義父さん、ボクの両親、そしてボクとで話し合って今週末の予定が決まった。


 二泊三日の大規模(?)イベントである。金曜に普通にボクの家でお泊まり会をして、その後土曜日にお婆ちゃんの家に泊まりに行くのだ。流石に我が家の帰省に付き合わせてしまうのは少しまずい気もするが、まぁ幼稚園からの仲だし。ほとんど家族みたいなものだから大丈夫だろう……おそらく。


 なぜわざわざお婆ちゃんの下に行くのかというと、お婆ちゃんの住居が八女市にあるからだ。ボクたちが住んでいる場所からそう遠い場所ではない。


 なぜ八女市が理由なのかというと…………まぁ、それは今はいいか。



 とにかく、そうしてかなり強引にお泊まり会の開催が決定されたのである。



 






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 3月××日金曜日。


 朝食を取った後、僕は着替えなどを入れた鞄を持って小野寺宅を訪ねていた。


 実は此度のお泊まり、結構ハードなスケジュールなのだ。菫はゆったりと過ごすのが好きなのだと思っていたので少し意外である。せっかくの春休みだからと盛大に遊びたかったのだろうか。もうそろそろ春休みも終わってしまう。


 来年のクラス分けはどうなるのだろうか。また菫と一緒なら嬉しいのだが。しかし彼女のことだ、クラスが別になっても教室に突撃してきそうな気がする。


 クラス内の注目を浴びながら教室へ入ってくる菫の姿が鮮明にイメージできる。とは言え、既に散々目立っているため気にするのは今更であるが。



 菫の住む大きなマンションに着いたので、そのままエントランスに入る。


 インターホンを鳴らすと、菫のお母さんがオートロックを開けてくれた。普段は大体菫が開けてくれていたで、なんだか新鮮だ。


 ここに来るのも随分と久しぶりである。酷く懐かしい気持ちになりながらホールを抜けてエレベーターに乗る。


 お互いに大きくなってからは、菫の方から僕の家に来ることがほとんどだった。オートロックの前まで彼女を迎えに行くことはあったが、最後にこうして中まで入ったのは随分前のことである。


 五階に到着しエレベーターを降りると、彼女の部屋まで行きチャイムを押す。慌ただしい音が聞こえた後、しばらくして勢いよく扉が開かれた。後ろに一歩下がり、顔面に迫る扉をスレスレで回避する。



「いや危ねぇよ!」


「ご、ごめん……」



 普通に立っていたら完全に直撃するコースだった。心臓に悪すぎる……。


 僕の鼻をへし折ろうとした下手人を見ると、寝ぼけ眼でワタワタと手を動かしていた。髪の毛がところどころ跳ねており、目の下にはほんのりと隈がある。



 調子に乗って夜更かししてさっきまで寝てたやつだな……これは。



「自分で誘っておいて、今から昼寝するとか言わないよな?」


「大丈夫……ふわぁ…………ちょっとモ○エナ飲んでくるね……」



 お邪魔します、と口に出しながら菫に着いて中に入る。そのままリビングへ行くと、冷蔵庫からピンクのエナジードリンクを取り出す菫が見えた。


 そんな彼女を尻目に、菫のお母さんへ挨拶を済ませる。



「蓮くんいらっしゃい! 菫をいつもありがとうね」


「いえ、こちらこそ。しばらくお世話になります」



 小野寺日葵ひまりさんだ。非常に若々しく、菫と並ぶと姉妹にしか見えない。菫と瓜二つで大変美人だ。流石彼女のお母さんと言ったところだ。


 彼女からの要望で今は日葵さんと呼んでいる。最初は恐縮してしまったが、すごく気さくで親しみやすい彼女に意外とすぐに慣れた。


 客間である和室に案内され、そのまま荷物を置かせてもらう。それなりに重たい荷物を下ろして肩を揉みながら後ろを見ると、菫が腰に手を当てモン〇ターを一気飲みしていた。ぷはぁと親父くさい仕草で飲み干す彼女に日葵さんも苦笑している。



「じゃあ、私は仕事の続きをしてくるから、何かあったら呼んでね」



 そう言い残して和室から出ていく日葵さん。確かコラムニストとして働いていたのだったと思う。菫と同じく非常に博識だ、やはり血なのだろうか。



 なぜか飲み終わったエナジードリンクの缶を見ながらぼーっとしている菫を見る。こういうところだけ切り抜くとすごくアホっぽく見える。



「おーい、出かけるんだろ。はやく準備してきなよ」



 呆けている彼女の頭をポンっと優しく叩き、再起動させる。ハッと目に光が戻った菫はよろよろと、覚束ない足取りで自分の部屋へと戻っていく。



 それを見送って、自分も外出用のバッグに財布など諸々が入っているかチェックした。










 ──────────────────────────────












 地下鉄、バスなどの交通機関を乗り継いで、ボクは蓮と共に福岡市まで来ていた。ここら辺の地名はところどころ前世と異なっているが、今日は前世における東区にあたる場所に用があった。



 福岡市の東区、その西の海岸。そこに「海の中道」と呼ばれている場所がある。


 海の中道はその名の通り志賀島と九州本土を結ぶ特大の陸繋砂州である。上空から見ると海へと伸びる大きな道はなかなかに壮観だ。


 砂州の東部は住宅地区となっており、そこから海の方と向かう形で西部に行けばレクリエーション地区がある。


 レクリエーション地区の目玉はなんと言ってもかの巨大な水族館だろう。全国130ある水族館の内でも多くのランキングで一桁を飾っている大規模な水族館だ。


『水族館デート』、それは数あるデートプランの中でも王道中の王道である。ネットにそう書いてあったから間違いない。


 色々調べてみたものの、どれもしっくりこなかったため取り敢えず王道をチョイスしたというわけだ。なんだかボクの方が蓮のことを女の子扱いしている気がしなくもないが、まあ今更だろう。



 蓮の方からこういうのに誘ってくることは…………おそらく無いだろうから。



 そう、ついにボクからデートに誘ってしまったのである。今でも正直緊張やら何やらで頭が真っ白だ。まだ水族館に入場すらしていないのに、既に心臓が破裂しそうになっている。



 デート、デート…………明鏡国語辞典によると『異性と日時や場所を決めて会うこと』。あれ? ということは今まで一緒に遊びに行ってたのは全部デートだった!? 


 いや、今までのはお互いに異性として見てなかったしノーカンだ……そう、これが初デートなのだ。


 色々と混乱しすぎて突然バスの中で電子辞書を弄り出す変人になってしまった。隣の蓮に胡乱な目で見られてようやく我に返った。


 一人で勝手に取り乱して、本当に馬鹿みたいだ。きっと、蓮はデートだとか何だとか全く考えて無いことだろう。澄ました顔をしている彼に少しだけ腹が立つ。


 何となく恥ずかしさを感じたボクは車窓からの景色に目を向ける。海は見えず、ずっと砂浜が続いている。


 しばらくそうしていると、遠くに大きな建物が見えてきた。どうやらようやく目的地についたらしい。そこまで時間は経っていないはずだが、酷く長い旅を終えた気分だ。


 少しの段差を上った先に独特な形をした建造物がずっしりと構えている。


 隣でぼーっとしてる蓮の腕を掴んでささっと建物の中へ入っていく。


 二人で予約チケットの確認を終えて入館する。入口からすぐのホールへ行くと、まず巨大な骨格標本が目に入った。


 天井に大きな魚の骨が吊り下げられている。壁にも多くの骨格標本が展示されていた。



「何これでっか。モササウルスかな?」


「いやうーん、違う気が…………あ、ザトウクジラらしい。そこ書いてる」


「全然違った…………」



 最近Yout○beでA○Kのゲーム実況をよく見ているせいで、大きな魚が全てモササウルスに見えてしまう。よく考えなくとも水族館にモササウルスの化石は置いていないか……。


 ザトウクジラの横にはマッコウクジラの頭部標本が吊り下げられていた。数年前に北九州の沖合でマッコウクジラの亡骸が見つかったらしい。そこで陸上げした際に頭部だけ標本にしたのだとか。この子は結構不思議な経緯で水族館にやってきたようだ。


 エントランスの骨格標本達を一通り見た後、水槽のあるエリアに足を踏み入れた。


 エントランスのある2階には珊瑚礁のエリアや、九州南部の海をそのまま再現したエリアなどがある。巨大な水槽の中に切り取られた海の世界はまさに圧巻の一言だった。


 水槽の横に貼られた説明文を二人で読みながら紹介されている魚を探したり、自分達の知っている魚を教え合ったり、とても楽しかった。まるで一つの生き物のように動く魚群には年甲斐もなく大はしゃぎしてしまった。


 珊瑚礁エリアにはチンアナゴもいてすごく可愛かった。例のポーズをやってみたが、蓮は恥ずかしかったのか乗ってくれなかった。


 そのまま今度はクラゲエリアへ向かう。


 先程の動的なエリアとは打って変わってこのエリアは酷く静かだ。静謐の中暗い空間を揺蕩うクラゲ達の姿が大変幻想的である。


 しばらくクラゲを見ながら二人でゆったりと過ごした。ボクはこのエリアが一番好きかもしれない。ふわふわと泳ぐクラゲが可愛くて何時間でも見ていられる気がする。


 どちらからだったかはわからない。気が付けば、ボク達は手を繋いでいた。じんわりと、触れ合った手が温かい。


 お互いに、そのことについて言及することはなかった。何かを言わずとも何となくお互いの気持ちがわかった気がした。



「そういえば、こうして水族館に来るのも久しぶりだな。幼稚園の頃みんなで来た時以来か」



 ふと、小さな声でそんなことを言う蓮。


「あんな昔のこと……よく覚えてるね……」


 昔、幼稚園の頃。ボクが蓮に近づいてしばらくしてからだったと思う。まだ蓮のお母さんが御存命だった頃だ。


 確かいつも一緒にいたボクと蓮を見て、ボク達の親同士でもよく交流するようになっていたのだ。特に母同士で仲が良かったように思う。そのまま家族ぐるみの付き合いになり、たまに両家合同で遊びに出掛けていた。


 その時に一度だけここにも来たことを覚えている。しかし、なんせもう10年以上前だ。まさか蓮が覚えているとは思わなかった。



「いや、まぁ…………ぼんやりとは覚えてる。そういえばあの時はお前そんなに楽しそうじゃなかったな」


「え!? ほんとによく覚えてるね。うーん、あ、私も思い出してきた。そういえば蓮、イルカを怖がって泣いてたね」


「おい、余計なことを思い出すな」



 イルカに怯えて母に泣きつく蓮はとても可愛かった。あの時は精神年齢が離れすぎてて、子を見守る大人と同じ気分で見ていた。


 あの時のことを覚えててくれているのが嬉しい気持ちもありつつ、どこか苦い気持ちもある。


 蓮のお母さんは、ボク達がまだ小学校低学年だった頃に他界している。今それをボクが気に病むことがどれだけ間違ったことなのかもわかっているが…………。



 そっと、蓮の横顔を見上げる。少し気まずそうな顔をしているが、そこに翳りは見られない。


 昔のお母さんのことを思い出させてしまっただろうか。こういう時、どうして良いのかボクにはまだわからない。


 取り敢えず今は辛そうな顔はしていないことに安心した。気づかれないように小さく安堵の息を吐く。


 悲しい思いをして欲しくてここに連れてきたわけじゃないのだ。



 手を強く握り直して再び次のエリアへ歩きだす。


 入館の際に貰ったパンフレットで館内マップを確認する。どうやら一階にペンギンやイルカ達がいるらしい。ショープールは三階だ。まだイルカショーまでは時間があるので、まず一階を回ってから三階へ行くことにした。


 一階は深海エリア、海底エリア、イルカエリアがある。深海エリアは大きな蟹がいたり、気持ち悪い形の魚がいたり、シンプルに見ていて楽しかった。


 イルカエリアに行くとスナメリという小さなイルカがいた。全体的に丸いシルエットで可愛らしい。背びれがないのも特徴なのだとか。


 イルカの寿命は数十年にも及ぶという。じーっとこちらを見つめるイルカを見て不思議な気持ちになった。この子達は、おそらくボク達が昔会った子と同じイルカなのだろう。イルカと十年来の再会というのもなんだか感慨深い。


 しばらく無言でイルカと見つめ合っていると横から小さく吹き出す音が聞こえた。顔を向けてみると蓮が口元を押さえて思わずと言った感じで笑っている。思わずジト目で見てしまう。


「なにー?」


「いや、なんでもない」


 そう言うと、何故か頬を若干染めて顔を背ける蓮。いちいち挙動不審だ……一体何を考えていたのだろうか。


 どう追求してやろうかと考えていると、少し離れたところから話し声が聞こえてきた。



「ねー見て! イルカ可愛い!!」



 チラリと目を向けると、カップルと思しき男女がイルカ達を指さしながらワイワイしていた。恋人繋ぎをしながらガッツリ腕を絡めて密着している。その甘々な空気に微妙に恥ずかしくなって目を逸らした。


 そして逸らした先で蓮と目があって気づく。よく考えたらボク達も手を繋いでるし似たようなものだった。


 意識したら急に恥ずかしくなってきた。ドキドキするし顔が火照る。ついそれを誤魔化すために繋いだ手をにぎにぎする。やっぱり性別の差を感じさせる大きくてゴツゴツした手だ。ボクも昔はこうだったはずなのに、こうして手を握ってみるとまた違って見えるのは何故だろうか。


 無言で手を弄ぶボクの行動を不思議に思ったのだろうか、先程のボクの視線を追ってカップルへ目を向ける蓮。


 そしてボクと同じ心境に至ったのか、咳払いをしながらあちこちに視線を彷徨わせる。



「じゃ、じゃあそろそろ次行くか!」


「う、うん!」



 側から見たらかなり奇妙に見えたことだろう。二人とも挙動不審になりながら手を繋ぐ男女だ。


 周りからどう見えるか、それを意識してますます顔が熱くなる。そろそろ何か別のことに意識を向けないとまずい。


 チラリと繋いでいる手に目を向ける。恋人繋ぎではない。それが酷く寂しい。


 先程のカップルを頭に浮かべて、の胸を満たしたのは強烈なだった。


 でも、まだあそこには行けない。行ってはいけないのだ。きっとこの二日間は、この微妙な関係から一歩進むための儀式なのだから。


 ほぼ告白に等しい発言をしてからこうして一緒に過ごして、なんとなく蓮の答えもわかった。私だって鈍感ではないのだ。



 だから、指を絡ませる代わりに…………強く強く手を握った。







※※※







 一階の水槽を大体見尽くした後、二人で屋外エリアに出た。丁度ペンギンの餌やりタイムだったようで、ペンギン達が飼育員さんに群がって餌を貰っていた。


 壁にはペンギン同士の友人・恋人関係が書かれたボードがあった。ペンギン達も色々と大変らしい。


 それぞれ個性もあり、小さな社会を築いているペンギン達を見ると、やはりどこの世の中も変わらないのだなと思った。



 途中、こけそうになって危うくプールに落ちかけたりもしたが、二人でアシカに餌やりをしたり寝ているアザラシを観察したりと、屋外エリアを存分に満喫した。これで一階のエリアはほとんど見尽くしたことになる。



 このまま三階のエリアを見ても良かったが、その前に一旦休憩で昼食を取ることにした。なんだかんだ結構お腹が空いてきていた。


 先程地図を見た際に見つけた、一階にあるレストランへと入っていく。壁には大きくメニューが貼られており、その下に券売機がある。どうやら先に食券を買うタイプのようだ。


 せっかくだから水族館っぽいものを、ということで二人でラッコの絵がプリントされたチーズハンバーグ定食を頼んだ。


 そしてテーブルへ向かってる途中、ふと当たり前のことに気づき頭が真っ白になった。


 流石に食事の時は繋いだ手を解かないといけないし、そもそも二人用のテーブルは対面で座るタイプだ。テーブルに着く前に手を離さないといけない。


 それはわかっている。でも、どうしてか手が離れてくれない。蓮は力を入れていないため、私が放せばいいだけだ。しかし、まるで接着剤で固定されたかのように、皮膚と皮膚が癒着してしまったかのように、自分の手は言うことを聞いてくれなかった。


 テーブルに辿りついても手を離さない私に、ほんの少しの間気まずい時間が流れる。時間にして五秒にも満たない短い間であったが、体感では凄まじく長い時間に思えた。



「……菫?」



 そんな蓮の呼び掛けでようやく我に返った私はようやく手を離す。そして慌てて席に座った。


 顔が火傷しそうなほど熱い。でも、繋いでいた温もりを失った手は酷く冷たい。


 私はこんなにも寂しがり屋だったのだろうか。手を繋いでいないと不安になってくるだなんて、うさぎよりも酷いのではなかろうか。まぁうさぎが寂しくて死ぬのは嘘なのだけど。


 自分は今どんな顔をしているのだろう。なんであれ、とても人に見せられるものでは無いに違いない。先程の行動が恥ずかしくてつい俯いてしまう。


 チラリと前に座る蓮に目を向けると、じっとこちらを見ていた彼と綺麗に目が合った。ほんのりと頬を赤くして気まずげに笑っている。


 そのせいで更に気まずい空気が加速するも、それを断ち切るように料理が運ばれてきた。


 テーブルにコトリと音を立てながら置かれた皿がいい匂いを漂わせる。


 ラッコプリントのチーズが載せられたハンバーグを前に二人で手を合わせる



「「いただきます」」



 二人とも誤魔化すように食べ始めるのだった。










 ──────────────────────────────










 昼ご飯を食べた後は3階を少し見て回り、ショープールでイルカショーを見た。菫は何故かショーの待機用プールで遊んでいるイルカの方を見てずっと笑っていた。好き放題飛び跳ねて遊んでいるイルカは確かに可愛かった。



 その後各階の見落としていたエリアを見て周り、現在お土産コーナーに来ていた。



「でっかいチンアナゴ! これはもう買うしかない!」


「なんでかわからないけどドロップって変な魅力があるよね」


「水につけたら大きくなる亀のカプセル……うん?」



 先程から妙にテンションの高い菫がお土産品を見ていちいち反応している。その姿が何だか微笑ましくて、不思議と保護者のような気分で見守っていた。相変わらず手は強く握りしめられていて落ち着かないのだが。


 そう、食事とトイレの時以外頑なに手を離してくれないのだ。流石にこれだけ長く繋いでいるとそろそろ慣れてきたが、ふとした拍子に意識してしまう。


 こうして手を繋いだのは夏祭り以来だったか。あの時も酷く緊張したが、あの時と今では微妙に距離感が違う。


 思えばあの夏から驚くほど距離が縮まったものだ。正直大学に進学するまではずっと同じだと思っていた。



「ねね、見てこれ。このシャチ可愛くない?」



 色々と感慨深く思っていると繋がれた手を強く引っ張られる。菫の指差す方を見ると、小さなぬいぐるみのガチャガチャがあった。


 カニ、ウミガメ、ラッコ、シャチetc……


 それを見ながら菫は目を輝かせているが、正直僕は特にぬいぐるみが好きというわけでもないので曖昧に頷く。


 やはりぬいぐるみとあって、値段は少し高めの400円だ。そこに菫は躊躇いなく100円玉を投下していく。そしてレバーを回して出てきたものを見ると大袈裟にリアクションを取る。



「あぁ……違う君じゃない……可愛いけど違うんだ……」



 残念ながら当たったのはカニだったようだ。うむ、僕はカニも好きだが、菫的にはあまり嬉しくなかったようだ。


「ラインナップは6種類……つまり9回連続で外れる確率は約20パーセント。ヨシッ! 9回引けば80パーセント当たる!!」


「やめとけよ」


 何やら怪しげな計算をして財布の残金を確認し始めた菫の肩を掴んで止める。


 400円か……よし。


 取り敢えず今度は僕が400円を投入してガチャを回す。出てきたカプセルを見るとウミガメのシルエット。残念ながら外れたようだ。菫もチラリとみてなんとも言えない顔をしている。


 あんまり引きすぎると他のお客さんに迷惑だしな…………。


 色々と悩みつつも取り敢えずもう400円入れる。出てきたカプセルにはなかなかに大きなシルエットが。



「あ! ずるい!!」



 開けてみるとシャチのぬいぐるみが当たっていた。確かに可愛いが正直僕はあんまりいらない。隣にいる菫はムッとした顔でこちらを見ている。


 無言で手にしたぬいぐるみを彼女に押し付ける。


「え?」


「あげる」


「い、いや流石にそれは申し訳ないよ……」


 酷く驚いた顔で慌てて押し返してくる菫にそのまま押し付け続ける。はわわと困った顔をする彼女。


「じゃあそのカニと交換しようぜ。僕はカニの方が好きだし」


「え……ほんとにいいの?」


「うん。いやむしろお願いしたいわ。カニが欲しい」


 目を瞬かせて僕の顔を覗き込んだ彼女は僕からぬいぐるみを受け取ると、しばらくじっと手に持って見つめる。


 呆けていた顔が徐々に喜色を浮かべていく。そして、花が綻ぶように笑った。



「ありがとう。なんか今日優しいね」


「別に今日に限ったことじゃないだろ」


「あはは」



 そんなくだらないやり取りを挟みつつ、ぬいぐるみをひと撫でしてカバンに括り付けた彼女と再び店内を周る。



 そしてつい色々買ってしまいなかなかの大荷物になるのだった。







※※※







 何だかんだで夕方まで遊んだ僕たちは、帰りのバスに揺られていた。菫は袋に入り切らない程大きいチンアナゴのぬいぐるみを抱き抱えて隣で眠っている。ずっとはしゃいでいたので疲れているのだろう。



 こうやって遊んだ日の帰り道は、ノスタルジーにも似た不思議な感覚に陥る気がする。中学の頃の修学旅行でもそうだった。帰り道は酷くぼんやりとした気分になったものだ。



 水族館や動物園、プラネタリウム。男女が行くには確かに相応しい場所だろう。だがまさか菫が僕と行きたがるとは思わなかった。


 大変失礼だが、僕の中で菫は家でゲームをしている方が好きなイメージだったのだ。


 正直に言うと、僕も菫も水族館などに行って綺麗なものを楽しむような性格ではない。でも、今日は自分でも驚くほどすんなりと楽しむことができた。


 やはり、行くのは特別なのだろうか。


 今日の菫は色んな表情を見せてくれた。イルカと真剣に見つめ合う姿は不思議ちゃんみが有ってミステリアスな魅力があった。顔を赤くしてもじもじと縮こまる姿は小動物めいていて可愛かった。そして、無防備にも満面の笑みを浮かべる彼女は庇護欲を抱かせる儚さがあった。


 そんな彼女を見れただけでもこうして来た甲斐があったというものだ。もちろん水族館そのものもしっかり楽しかったが。



 そんなことをしみじみと思いながら先程から視界の端で揺れているものに目を向ける。


 隣で舟を漕ぐ菫が先程から気になって仕方ない。大きく前後に揺れており今にも前の座席で頭をぶつけそうである。


 これは……どうするのが正解なのだろうか。


 流石に頭を打つのを黙って見ているのは薄情だし、かといって起こすのも可哀想だ。でもこのままだと前の座の人の迷惑にもなりかねない。



 うん、これは仕方ないんだ…………うむ。決してやましい気持ちがあるわけではなく、友達を守るためであって……



 そんな言い訳を心の中で早口に言いながら、意を決した僕はそっと彼女の肩を抱き寄せる。


 そして優しく、起こしてしまわないように僕の方へと寄りかからせた。


 ふわりと甘い香りが鼻腔をくすぐる。そんな甘い香りと肩に感じるほのかな体温に心臓の拍動が急激に加速し始める。


 しかし流石に自分でやっておいてそれはまずいと、頭の中で念仏を唱えまくって煩悩を鎮めた。



 これ、セクハラじゃないよな……? いやでも流石にあのままなのは可哀想だし、さっきよりは遥かにマシなはずだ……。



 そうして自分で行動しておきながらパニックになっていると、突然右手を何者かに掴まれる。


 何事かと思い見てみると、菫が寝ぼけて僕の手を握りしめていた。



 それを知覚した瞬間、もはや煩悩だとかなんだとか全てどうでもよくなった。男女がどうという域を超えた、愛しさが胸に押し寄せて来たのである。



 そうして、不思議と穏やかな気持ちでバスの乗り換えまで過ごしたのだった。

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TS転生したので幼馴染系ヒロインムーブする エカチェリーナ3世 @YekaterinaIII

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