第34話 白猫令嬢は身柄交換に赴く

 こうしてチャコと過ごす3日間はあっという間に過ぎていき、身柄交換の日の当日となった。



「ぐがーすぴーぐおー」

「自分が当事者だと思っていないような寝相だな……」

「あはは……」



 本来ならアルフレッドと数名の騎士達だけで向かう予定だったが、チャコがミリエルと一緒じゃないと嫌だと駄々をこねたので、彼女も同乗することに。


 アルフレッドと同じ馬車に乗り、ミリエルはガーディン王国東の大荒野に向かう。そこにはシュターデン領より物寂しい荒れ地が広がっていた。



「ごがー、ごがー、ミリエルぅ……」

「寝言でも君の名を呼ぶとは。相当好かれているようだな」

「はい……チャコちゃんはどんな時でもわたしにくっついてきました」



 現在自分の膝を枕にして眠っているこの魔物少女は、人間のあらゆる物事に興味を示していた。ミリエルはその様子を思い出す。



「そうか……さぞかし愛着も沸いたことだろう。だが見てくれでわかる通り、彼女は魔物だ。魔物と人間は相互理解が難しい」

「……難しいだけであって、できないわけじゃないんですか?」

「む……」



 アルフレッドが魔物に対して強い警戒心を抱いているのは十分に理解していた。ミリエルはそれがまだ薄いからこそ、歯に衣着せずに発言する。



「チャコちゃんはキャラメルを食べたくて、人間の国にやってきたと教えてくれました……だから戦う以外の選択肢は存在します」

「……そうだな。ミリエルはキャラメルを作るのが上手だから、その道が切り開けるだろう。だが俺には剣しかない」



 アルフレッドは携えていた剣を鞘ごと取り出し、触れながら語る。諦め切った目をしていた。



「この身体は血に濡れてしまった。今は君の為に少しでも落とそうと努力はしているが……根付いてしまったものまでは、流石に変えられない。立場がそうさせてくれないのだから」

「アルフレッド様……」



 アルフレッドが言う立場をどうにかしなければ、本当の意味で彼に報いることはできないと考えたミリエル。そうすれば今よりずっといい笑顔が見れると思ったのだ。



「……たとえ俺が死ぬようなことになったとしても、君がいるならシュターデン領は安泰だな。万が一の時は頼むぞ」

「アルフレッド様、またそんなことを言って……わたしはアルフレッド様が生きていないと嫌ですからね」

「君はそのように主張しても、果たして魔物達がそれを容認してくれるか」

「……むぅ」



 厳しい現実を知っている分、アルフレッドの方が正しいのかもしれない。それでも人の死を心配しないのは間違っていると、ミリエルは確固とした考えを持つのだった。




 やがて交換予定の場所に到着し、馬車は止まる。その頃になると、すっかりチャコも起きていた。



「うーん、おはよー。ここどこだ?」

「交換を行う場所だ。寝起きで申し訳ないが、降りてもらえないだろうか」

「わかったー……おおっと」


「足下に気をつけてね、チャコちゃん。かなり荒れていて……わわっ」

「ミリエルも気をつけろよなー! 変な靴履いてんだから!」



 馬車から降りるミリエル達。チカやジャンも合流し、周囲の様子をうかがう。



「ふう、地図で見る以上に開けていますね。どこから狙撃されてもおかしくない……」

「魔術師達が結界魔法を展開いるから、ひとまずその心配はない」


「わたしが結界魔法を使うべきでしたでしょうか?」

「それも考えたが、元々君が来る予定はなかったからな。当初の予定通りで問題ない。魔物達に君の魔法が知られてしまう可能性もある」

「んー? ミリエルは魔法使えんのか?」



 チャコが会話の内容に興味を示し、見上げながら混ざってくる。



「そうだよ。わたし、ちょこちょこといなくなっていたことあったでしょ。あの時魔法の訓練してたの」

「猫の遊び相手を頼まれてた時かー! キャラメルも作れて魔法もできるなんて、やっぱお前すげーやつだ!」

「まーちゃん様、結局最後まで名前を覚えられませんでしたね……」



 苦笑するチカだったが、その時ある人影を発見する。



「あっ、アルフレッド様あちらを。例の魔物達ではないでしょうか?」

「かーちゃんもいる! かーちゃん、あたしはここだぞー!」



 視力がいいのか、チャコは母達に向かって存分に手を振る。どんどん影は大きくなっていき、数十体の魔物が構成している部隊であることが見て取れた。



「何だか猫の魔物以外にもいっぱい来てません?」

「お互いに不意打ちが打てる場だからな。警戒しているのだろう――」



 アルフレッドが再度魔物達の部隊を見遣ったその時。



 部隊を襲うように爆発が起き、何体かの魔物がそれに巻き込まれた。




「……えっ? かあちゃん……?」


「チカ、ミリエルとチャコ殿を馬車に。ジャンは俺と一緒に来い」

「承知しました!」

「了解!」



 アルフレッドは瞬時に戦闘態勢に移り、指示を出す。チカはミリエルとチャコを馬車に押し込み、扉に鍵をかけた。



「チカさん……!」

「ミリエル様、まずは馬車にいるべきです! 何が起こっているのかわからない現状……!」

「そんなのいやだ!! かーちゃんが、かーちゃんが!!」



 チャコが取り乱す間にも、爆発の音と回数は増えている。そして規模も音量も大きくなっており、それは発生源が近くに来ていることを示していた。




「ま、魔物がかーちゃん達を攻撃するなんて考えられない……!! 人間だ、人間がやったんだ!!」

「落ち着いてチャコちゃん……! チャコちゃんのお母さん達を攻撃したのは、わたし達じゃないよ!」

「うん、それはそうだと思う……だったらアルフレッドのやつ、あんな驚いた表情しない……!」



 ミリエルもチャコの言う通り、あの爆発はアルフレッドの計画ではないと考えていた。真面目な彼がそのような不意打ちは行わないと確信していたのである。



「だとしたら誰が――くっ!」

「犯人を見つけよう!! 爆発を止めないと、皆もだし、あたし達も危ない!! ぎゃっ!!」

「チャコちゃんの主張もわかりますが、この爆発の中で探すのは……!」



 続きを言おうとしたチカに、ミリエルは光魔法の防護壁を付与する。



「だったら爆発を凌げる耐久があれば大丈夫ですよね?」

「ミリエル様……」

「安全に行きたいので、歩みは遅くなるでしょうけど……それでも進まないよりはマシです!」

「合点だミリエル!! あたし達でかーちゃん達も、アルフレッド達も助けるんだ!!」



 チカは馬車の扉を開ける。彼女と共に、慌ただしく二人の猫が降り立った。



「っ!? い、今の……!!」

「チャコちゃん、何か見つけたの!?」

「こっちだ!! あたしは行くぞ!!」

「あっ、待って!! 行くならわたし達と一緒に行こうよ――!!」

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獣臭いと虐げられた白猫令嬢は、狂犬王子に溺愛される ウェルザンディー @welzandy

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