第33話 白猫令嬢は魔物に優しい
こうして交渉は難無く進み、身柄交換の日程も決まった。今日から3日後に、城塞から馬車で一時間程の距離にある場所にて行うことになる。
それまでチャコはシュターデン領で保護することに。交渉が終わった後、とりあえずミリエルの部屋に戻ってきた。
「にゃっ? にゃにゃにゃ~!?」
「まーちゃんがとってもいじわるな笑顔を浮かべています」
「自分を馬鹿にした奴が悲しそうで楽しいんでしょう」
「……うるさい! 猫! お前は魚の骨を食ってるのがお似合いだ!」
「に゛ゃっ!?」
「カウンター攻撃が決まった……」
「まーちゃん、あまりにも身分が低い扱いをされるのが嫌っぽい……?」
再び魚の開き状態になったまーちゃんをよそに、チャコはベッドの上に座り膝を抱える。
「チャコちゃん、それミリエル様のベッドなんですけど」
「大丈夫ですよ、チカさん。怒られたら誰だって落ち込みたくなるよね。わたしはとってもわかるんだ」
「ミリエル様……」
すっかりふてくされているチャコに近づき、ミリエルは優しく彼女の肩を叩く。
「ねえチャコちゃん。さっき言ってたけど、チャコちゃんはキャラメルを食べたくてここまで来たの?」
「……うん。任務から帰ってきた皆、キャラメルの話してたんだ。最近戦っている人間は、戦闘が長くなると茶色くて四角いものを食べるんだって。シアンに聞いたらキャラメルって教えてくれたんだ」
「そうなんだ……」
ミリエルやメイド達が作っている、携帯食としてのキャラメルのことを言っているのだろう。どうやら魔物達の間でも噂になっているようだ。
「それでザシュー将軍が持ってきてくれたんだけど、形がひどいものとか、味がまずいものしか入ってこなくって。皆それで仕方ないって満足してたけど……あたしは我慢できなかった!」
「あはは、何だかチャコちゃんらしいね」
「おう、ありがとよミリエル! それで白女、あたしに何か言いたそうな顔だな?」
「私はチカです。えーとですね……つまり将軍と呼ばれている方が頑張っても、その程度のものしか手に入れられなかったということですよね。そのキャラメルってどこから調達したんですか?」
「んー、それは将軍しか知らない。将軍はとっても優しくて、自分が治める魔物は絶対に傷つけさせないようにしているんだ。そのために色んな所を飛び回ってる。そのどっかで手に入れたのかもなー」
「さらっと言いましたけど、飛び回れるってことは、翼の生えた魔物ということですよね。一体どんな姿なのやら……ぶるぶる」
恐ろしい魔物を想像してしまい、チカは身震いする。
「将軍は最強の魔物『マンティコア』なんだぞー! ライオンみたいにがおーってして、コウモリのようにバサバサ飛んで、サソリの尻尾で一撃必殺だ!」
「えー……率直に言って相手にしたくないですね」
「だろー!? 人間なんてイチコロだからな!」
「……」
チカが言っている通り、相手にするものなら死は免れない敵だと思うミリエル。
だが今のシュターデン領は、魔物討伐が主な仕事だ。それを続けていたらザシューとの衝突は免れない。そうなったらアルフレッドは本当に死んでしまうのではないかと――悪い想像を巡らせた。
「……人間を倒すのがかっこいいんだ。そうだよね、チャコちゃんはわたし達よりまだまだ子どもだけど、魔物なんだもん」
「そうだぞミリエル! あたしも将来はかーちゃんみたいな戦士になるんだ! 人間なんて倒しまくって……あっ、でも倒したらキャラメル食べられない……」
「ふふふ……そんなにキャラメルが食べたいんだ」
「うん、食べたいぞ! ミリエルはキャラメルについて何か知っているか?」
「知りたいならたくさん教えてあげるよ」
それからミリエルはチカに頼み、キャラメル作りの材料と道具を部屋まで持ってきてもらった。
「いつもの材料と鍋とカップに加えて、これがお姉ちゃんから借りてきた魔道具です。コンロって名前だそうです」
「おおー! 人間は何かすげーの作るんだなー! うわっ!?」
「ああチャコちゃん、近づかないでね? 今見たと思いますがこれ火が出るんですよ。こうやってつまみをカチカチ回します」
「わあ、こんな簡単に火の強さが調整できるんですね。かまどが必要なくなってしまいます」
「確かに携帯できて便利ですけど、その分燃費が最悪なんですって。本当に必要な時だけに使わないと、ミリエル様が稼いだ分も全部吹っ飛んじゃいます」
「そんなに……魔道具は万能ですけど、思わぬ落とし穴があるんですね」
これで厨房に行かなくてもキャラメルが作れる。現在は夕食の準備で忙しいこともあり、部屋で完結するように配慮したのだった。
「それじゃあチャコちゃん。今からわたしと一緒にキャラメルを作るよ」
「え!? あたしにもキャラメルが作れんのか!?」
「うん、材料と作り方がわかれば誰でもできるよ。それこそ村に帰ったら、皆で作ってみてね」
「やるやるー!! うおおおおお頑張るぞー!!」
砂糖や牛乳を計り、鍋に入れて煮詰める。一連の作業をチャコは元気よく行った。
「できたぜー!! うおおおおべたべたするー!!」
「いっぱいかき混ぜたから、あまり固まらなかったね。でもお砂糖と牛乳でできているから、美味しいよ」
「さらさらの砂糖がべたべたになって、すっげえ面白かった! でも皆が言ってたのとは形が全然違う! ミリエルのがそれっぽいぞ!」
「チャコちゃんの言っていたキャラメルって、わたしが作り方を教えたものだからね。多分今目の前にあるの、本物なんじゃないかな」
「何だって!? じゃあ……ミリエルはキャラメルマスターなのか!!」
チャコはミリエルに尊敬のまなざしを向ける。母に向けていたものと全く同じだ。
「ま、マスター。よくわからないけどすごく立派な響き」
「すげーことなんだぞー!! あたしのかーちゃんと同じぐらいすごい!! お前村に来たらヒーローになれるぜ!!」
「そっか……ふふふ。ありがとうね」
「にゃあ~……!!」
「何だ猫! これはチャコのキャラメルだぞ! お前のような猫にはやらん!」
「にゃー!!」
「まーちゃん様にはお魚を用意してありますよ。食べます?」
「にゃんっ♡」
「ふん、すぐに機嫌戻しやがって……食い意地張りすぎ猫め! 単純すぎるぞ!」
「に゛ゃー!!」
「何だやんのかこのやろー!!」
「ああケンカが……何で合わないんだろう、この二人」
チャコとまーちゃんがパンチ合戦を繰り広げているのを見ながら、ミリエルは自分が作ったキャラメルを口に入れるのだった。
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