2キロメートルの箱庭で

 大宮駅を経ってしばらく、東北新幹線との分岐点を通過した辺りで、線路周辺の景色も一変する。それまで群立っていた高層ビルなどの建築物が見当たらなくなり、代わりに田んぼやら大きな川といった自然の風景が割合を多く占めるようになる。更に遠くに目を向ければ稜線を白く染め上げた山々の連なり(方向的に恐らく秩父山地だろう)が、早朝の青空の下鮮やかな姿を清々しく見せつけていた。

 風景の変化に、始めのうちこそ「遂に東京を出たんだ」とワクワクの熱が再び滾り出したものの、間もなくトンネルに次ぐトンネルがもたらず断続的な漆黒景色ダークゾーンによって、あっけなく水を差されてしまう。とはいえ、座席内に用意された車内誌や予めスマホにダウンロードしていたアニメなど、終点までの時間つぶしの手段はしっかり備えて来てある。

 早速ダウンロードした30分アニメを一話分視聴したところで、それまで暗闇続きだった車窓が一転して真っ白に染まり上がった事に気づく。スキー場のある越後湯沢駅に到着したのだ。個人的には、この越後湯沢でスキー目当ての乗客が一斉に降りて、車内も空席が目立つのではないかと思っていたのだが、越後湯沢駅を発った後に車内を見回してみると、意外にも半数以上の乗客が残っているではないか。

 もしや、この車内にいる乗客って、みんな新潟駅目指している? その疑問は雪景色を色濃く残す浦佐駅、その雪化粧を徐々に落としながらみやこの顔を覗かせる長岡駅、そして僕にとって一番思い入れのある燕三条駅と進むにつれ、確信へと変わっていった。

 よくよく周辺の乗客の会話に耳を傾けてみると(すいません、あまりに綺麗な声と滑舌だったもので、いやでも聞き取れてしまったのです!)、酒の陣で調べ合ったり、帰りに駅のぽんしゅ館で何を飲もうか相談し合ったりと、明らからに僕と同じ『酒呑み』の香りを漂わせているではないか!

 同胞の存在を密やかに喜ぶ間にも、新幹線は新潟市内のビル群を縫うように進んでいく。薄曇りの空に不穏な空気を漂わせながら。


 終点の新潟に到着したのは午前8時14分。定刻通りだった。日本の電車の時刻の正確性に毎度ながら感心しつつ新幹線の発着ホームから階段を下った私は、2階の西改札を通過したところで、ふと立ち止まった。

 何故ならお腹が鳴ったから。そう、まだ朝ご飯を食べていないのだ。

 いつもなら自宅で、あるいは新幹線に乗車するまでに自宅近くのコンビニや駅の売店で朝食を買って、それらを新幹線で食べたりする。これが本来の僕のスタイルなのだが、いかんせんこの日乗ったのは始発の新幹線。乗り遅れないよう脚を急がせる事に全集中していて、朝食の準備をすっかり忘れていたのだ。

 時刻はまだ朝の8時過ぎ。絶賛改装工事中の駅内に、朝食を用意しているお店などあるわけない。

 まるで孤独のグルメのゴローさんみたく立ち尽くす自分。『駅の外、出来れば会場である朱鷺メッセに向かう道すがらで、朝早くから気軽に食べられるお店』エネルギーが枯渇しかけた脳内で弾き出したオーダーに沿ってスマホの検索を進めた結果、導き出された場所は――やはり『あの場所』しかない。



 粉雪のちらつく新潟駅万代口を出て、片側三車線の東大通を歩き続ける事およそ10分弱。雄大な信濃川を跨ぐ萬代橋の入口が見えたところで、歩道の左側からロフトやユニクロの看板がかかったショッピングビルが姿を現した。左に曲がって、ラブラ万代と呼ばれる複合型ショッピングビルのショーウインドウを眺めながら薄曇りに染まった細道を突き進んだところで、ようやく目的地である『バスセンター』の文字が見えて来た。

 新潟県内でも有数の一大商業地区であろう万代シティ、そのバスターミナルにあるうどん屋のカレーが美味しいと知ったのも、前回新潟を訪れた時の事。僕が好きなお菓子の一つが柿の種なのだが、お土産屋に足を運んだ際にレジの前に並んでいたのが、バスセンターのカレー風味の柿の種だった。早速お土産として買い、翌日自宅で食べてみたのだが、これが実にスパイシーで上手い。ネット調べた限りでは、見た目は黄色がかっていて、どこか学校給食っぽい懐かしいカレーなのだが、果たして実物はこれほどに辛いのか。空腹を満たしたいのが一番の目的だが、その疑問も解明したく、わざわざここまで歩いてやって来たのだ。

 スターバックスの誘惑を振り切ってバスターミナルに入ったところで、言葉を失った。なんとうどん屋の前に、長蛇の列が出来ているではないか。なんとなく予想してはいたが、新潟駅からバスを利用して来た人達がカレー目当てにこぞって来たのだろう。きっとこの中には、これから酒の陣に向かわんとする人々もいるのであろう。

 こうなるとわかっていながら、どうしてわざわざ徒歩で来たのか? 理由は二つある。

 一つは酒の陣に備えて、コンビニで和らぎ水チェイサーを買っておきたかったから。確かに会場でも500mlのペットボトルの水を貰えるのだが、飲む酒の量を考慮したら、絶対に足りないのは目に見えていた。Googleマップを会場付近にコンビニもなく、かといって駅構内の売店も少し混みいっていたので、それなら駅を出た先のコンビニで買おうと思い、閉鎖が間近に迫っていた万代口バスターミナルを尻目に歩を進めていたのだ。

 そしてもう一つは、こちらも深い理由ではないのだが、単純に新潟駅周辺を歩いてみたかったに過ぎない。せっかく遠路はるばる東京から来たのだ。前回訪れた時から駅周辺がどれほど変化したのか、大して変わってないとはわかりつつ、それでも小さな変化や新しい発見を求めて、バスセンターまでのんびり歩いてみたかったのだ。

 そもそもこの新潟駅からバスターミナルやショッピングセンターが集う万代、更に萬代橋を渡った先にある繁華街・古町に至る約2キロの範囲を『にいがた2km』と称して、新潟市はまちづくりの軸に据えている。実際にこの一帯を歩いた限り、街並みは都心部と何ら変わらない。何なら同じ都内でも自分が今住んでいる足立区よりよっぽど発展している。実際通りを歩いている間にも真新しい看板を掲げた洒落たカフェや前回訪れた時にはなかったお菓子のお店、そして今年オープンしたばかりという酒屋さんなどを見つける事が出来た。こうして『にいがた2km』を軸にして都市づくりを集約させるやり方が正しいのか、生まれてからずっと都心部と呼ばれる地域でしか過ごして来なかった僕には答えられない。ただ遠方から訪れた人間からすると、こうして目を引く箇所が集まっていれば、それだけでプラプラと新潟の市街地を観光してみようという気になる。

 とにかくまずは訪れた土地に対して興味を、なんなら愛着を持ってもらうようにする事。まちづくりの第一歩はそこからなのかなと僕は思っている。正解かどうかは知らんけど。


 ともあれ、閑話休題。目の前に現れた行列は、思った以上に長い。まるでコミケの壁サークルの列を見ているような心地だ。昔というか学生時代の僕ならば、多少の時間を浪してでも並ぼうとしていたと思う。しかしアラフォーに差し掛かった僕に、この待ち時間を弄んでいる暇はない。酒の陣が始まる前までにお土産用のお酒も買っておきたいし、何なら向かう前に顔を出しておきたいお店だってある。

 散歩には時間を惜しまないクセに、長い行列や待ち時間にはあっさり妥協する。我ながら、なんとめんどくさい人間だ。綴りながら、嘆息と苦笑いが止まらない。

 かくして目前にしてカレーを食べるのを諦めた僕は、すぐそばのファミリーマートでご飯代わりのサラダチキンと柿の種を一つずつ買って、萬代橋へと歩き出したのであった。

 もちろん、柿の種はバスセンターのカレー風味で。




 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

他愛なき 一ノ瀬悠貴 @loudtable

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ