第46話 秘蔵の逸品


 武藤さんは整備員として社内トップクラスの腕前の持ち主と聞く。

 なにせ、パーツ単位にまでばらばらに分解された大型車両を、数時間で一人で完成状態にまで組み上げるという。


 大型機械から小型電子回路まで、扱えぬものなし。溶接、板金も半田付けもお手の物。整備工作の天才というべきか。

 そんな武藤さんの天授技能は「家事」だそうで……。


 つまり天授技能とはほぼ無関係に、整備の腕を磨き、大企業の整備班副長、実質課長クラスにまでのし上がったという凄い人である。

 ただ、彼女は珍装備・珍兵器の発明と試作を趣味としており、それを仕事の合間にやってしまう。俺の目の前にある「アーマード・リュック」は、そのほんの一例。


 過去にも、熱源自動追尾装置付きの投擲用超小型ミサイルだとか、大盾に250CCのエンジンを搭載し、その回転によって敵の攻撃を防ぐローリング・シールドとか、どうにも実用的とは言いがたい数々の装備を試作している。それも会社の設備と資材で。

 ダンジョン内での投擲を目的とする使い捨ての超小型ミサイルなんて、扱いが危険すぎるし、なにより一発、数百万円。コスト高すぎる。


 盾にしても、ガソリンエンジン付きということは燃料タンクも付けなきゃならない。重い、かさばる、ガソリンの扱いが面倒で危険、と、デメリットしかない。

 当然誰も、試用すら申し出る者は一人も現れなかった。


 一応、上層部の許可は貰っているらしいが、これまで制式採用の実績はゼロ。それでも周囲の誰も止めようとはしない。

 いつか、とんでもなく斬新な実用品を作るかもしれない、という期待もあるし、なにより製作品自体は役に立たずとも、そこで武藤さんが独自に編み出した新技術が、部分的に転用されるケースは過去に何度かあった。


 現在の汎用バックパックにも、武藤さん発案のヴァリアブル・アクチュエーター・ストラップという独自技術が採用されている。

 ようは一人で、それも本業の合間に研究開発をやっているようなものなので、会社としては、むしろ好きなようにやってくれ、というスタンスのようだ。


「どう、どう、里山ちゃん。これ使ってみる気ない?」


 と、得意顔でアーマード・リュックの試用を勧められた。

 デザイン自体は悪くない。曲線主体の形状は、従来の汎用品より俺の背中にフィットしそうだ。容量もかなりありそう。


 だが増加装甲がとにかく邪魔だ……。

 そのへん、指摘すべきかどうか。


 もとより、現在の俺はバックパック自体、必要としていない。「四次元収納」の技能があるため、それで事足りてしまう。

 それもあって、いささか返答に窮しているところへ。


「何をやっとる、おまえら!」


 工廠の出入口から、声が掛かった。

 渋味のある、特徴的かつ、よく通る声音。


 初老長身、作業服姿もビシッと決まった、謹厳そのものという雰囲気の人物が、そこに仁王立ちしていた。


「副長、そっちの用事は後にしろ。里山には、やってもらうことがある」


 整備班長、坂井啓次郎その人である。

 これは良いタイミングで声をかけてもらえた……。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ちょっと残念そうな顔の武藤さんに会釈を残し、俺は急いで坂井班長のもとへ歩み寄った。


「おう、済まんな。会議が長引いた。待たせちまったか」

「いえ、問題ありませんよ」

「ついてこい」


 と促されて、ついて行った先は、工廠の奥に設けられた、二十メートル四方のブース状の空間。

 周囲はぶ厚い金属板で仕切られており、床面も鏡のような金属に覆われている。


 ここは、ごく単純に「試験場」と呼ばれている。おもに聖遺物武具の実用性や耐久性をチェックするために設けられた空間だ。

 四囲の仕切り板も床板も、地上最高硬度といわれるアダマンタイト合金製。理論上、この合金を破壊することは不可能とされている。


 ここでなら、どんな強力な武具でも、周囲の被害など考慮せずに試用できる、という寸法だ。

 ブース内の隅に、真っ黒い棺桶でもあるような大きな鋼鉄製ロッカーが据えられている。これまた、えらく頑丈そうな、いかめしい造りだ。


 坂井班長は、ロッカーの前に立つと、ポケットからカードキーを取り出して解錠し、扉を開いた。

 途端、ぷしゅう! と白い冷気がロッカーから噴き出した。ドライアイスでも入ってるんだろうか?


 冷気の靄が消え去ると、ロッカー内、傘立てのようなスタンドに、鞘に収まった二振りの剣が立てかけられていた。

 坂井班長が説明する。


「こいつらが、おまえさんの装備候補だ。ついさっき、関東寺院から運ばれてきたばかりでな」


 これが……。

 片方は見覚えがある。なにせ実際に柄を握ったこともある。


 連城さんの遺品でもある、剛剣デュランダルだ。トロイアの英雄ヘクトルの愛剣であったとされる。

 フランスの叙事詩「ローランの歌」にも登場し、英雄ローランが「切れ味の鋭さ、デュランダルの如きもの無し」と称した。


 とにかく由来や逸話が多く、有名な聖遺物アーティファクトである。

 もう一本のほうは……知らない剣だ。


 柄や鍔、鞘など、外観は朱塗りに黄金の象嵌が施された、やたら豪華、かつ東洋的なデザイン。中国の博物館とかにありそうなやつ。

 とくに柄は、上部に、まるで小さな宝冠がかぶさっているような印象がある。


「こいつは、初めて見るだろう? 倚天いてんの剣といってな。厳密には聖遺物アーティファクトじゃない、逸失遺物ロストロギアの一種だ。うちの会社が保有する武具類のなかでも、最高等級の代物、秘蔵の逸品てやつよ」


 倚天の剣……?

 聞いたことがあるような、ないような。


 あ。

 ……もしや、三国志で有名な、曹操の剣か?






    ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

次回以降は不定期更新となります。早めの更新を心がけてまいりますので、今後もどうぞ本作をご愛顧いただけますようお願いいたします。

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ミラーリング・エクスプローラー ~サラリーマン探索者、大阪ダンジョンにて無双する~ いかま @IKAMA

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