第45話 あたしが設計したんだよ!
先日の表彰式以降、俺の所属は第四探索部から新設の第一探索部に移っている。
ただ、その肝心の第一探索部は、書類上では既に発足しているものの、専用のオフィスは設営中、構成人員もいまだ選定中となっていて、とても仕事ができる状態にはなっていない。なお数日は準備中という話だ。
第一探索部の正式な活動開始まで、勝手に探索に出ないようにと、社長じきじきに釘を刺されている。
今日、出社したのも、ダンジョンへ行くためではない。整備班長の坂井さんから、第一工廠へ顔を出すよう、スマブレにメールが届いたからだ。
なんでも、俺の専用装備の候補がいくつか上がっているらしく、実際に自分で試用して選べ、ということらしい。
社屋の正門をくぐってから、受付へ辿り着くまでの間、あちらこちらから声をかけられた。
第四探索部の元同僚らには、ばんばん肩を叩かれ、激励を受けた。
第三や第二に所属する女性探索者たちからは、いきなりブレアドの交換を迫られたり、臨時パーティー編成のお誘いを受けたりした。
スマブレのアドレス交換程度ならともかく、今日はまだ探索に出られないので、パーティーのお誘いは当然断った。
事務方の女性社員らからも、やや遠巻きに、きゃあきゃあと黄色い声援を浴びた。
……ついさっき、新堂センパイからは、吉竹の探索者らに気を付けろと忠告を受けているが……うちの社内でも、既に俺は逆ナンパの対象としてロックオンされているようだ。
ただ、そうした一方で、明らかに敵意ある目を向けてくる者もちらほらいた。表彰式のときにも感じた、棘のある視線。
そういう連中に限って、あえてこちらに絡もうとはしてこないので、俺としても無視する他ない。
「おはようございます、里山さん!」
受付では、北浜さんが爽やかに迎えてくれた。この人はブレないな。まさに癒しの笑顔。
社内でも大変人気のあるお姉さんで、ひそかにファンクラブもあるとか……。
「おはようございます。あの、今日出社したのは」
と、こちらが言いかけると、北浜さんは花のような微笑で応えた。
「はい、承っております。整備班ですね?」
もう話は通ってるらしい。そういうことなら、急いで行かねば。
坂井整備班長って、いい人なんだけど職人気質で、短気だからなあ。
以前、若い班員たちへ「ボヤボヤしてっと天保山埠頭に叩っ込むぞ!」って怒鳴ってる姿を何度か見かけた。
なんで天保山かというと、この本社から一番近い大阪湾の港がそこだからだ……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
本社整備班は、一階の奥から伸びる渡り廊下の向こうの別棟にあり、工廠とハンガーの二部署に分かれている。
工廠では、探索者用の装備や必要資材の調達、管理、組み立て、分解、修復といった各種作業、運用試験などが行われている。金属素材を武具に仕立てる鍛冶場も併設されている。
ハンガーは、社用車や大型機械の整備なんかを行う場所だ。
「おお、早いね」
と、工廠で俺を出迎えてくれたのは、整備班副長の武藤悦子さん。
灰色の作業服の上下という地味な格好ながら、ボディラインはくっきりしっかり、という美女。年齢は秘密らしい。
若く見えても二児の母である。
「班長どのは、お偉いさんがたに呼ばれて、いまは会議中さ。じきに帰ってくるだろうけど」
武藤さんが言うには、早朝から社内の部長クラス以上の全員が召集されて、臨時会議をやってるらしい。
何の会議かは、一応、見当がつく。
おそらく、俺が社長らに報告した、堂島ダンジョンのスタンピードの可能性について、事の真偽やら、会社としての対応やら、話し合ってるんじゃないかと。
しかしそうなると、坂井さんが戻ってくるまで、暇になってしまう。
俺の装備候補、おそらくは聖遺物で、整備班長の権限がなければ閲覧できないレベルのものだろうし。
「ちょうどいい。今のうちに、あたしからも、ちょっと見せたい物があるんだよ。ついといで」
武藤さんが、にかっと笑いながら告げるや、もう背を向けて歩き出していた。
断る理由もないので、おとなしくついてゆく。
工廠内では、十名ほどの整備員の方々が、あるいは床に座り込んで、あるいは作業台に立って、作業に没頭している様子。
いまは汎用バックパックの組み立てや、サバイバルナイフの製作、仕上げ、刃の交換なんかをやってるようだ。それも相当な数の。
俺も愛用していた、あのサバイバルナイフは、ここの工廠で製作されたもの。
刃はスーパーセラミック製。金属製の刃物と違って、研いだり打ち直したりできない。刃こぼれひとつ生じただけで、もう刃ごと交換する必要がある。
バックパックもナイフも、決してそう脆い造りにはなってないが、一度の探索だけでも、何度も魔物と交戦せねばならず、無傷で装備を持ち帰ることは難しい。
ここはそうして傷ついた装備の修復や交換もやってくれるため、俺もしょっちゅうお世話になってきた場所だ……。
「さ、これだ。見とくれ」
武藤さんが差し示したのは、俺の身長ほどもある、大きなガラスケース。
その中には――。
やけにSFチックな、曲線を多用したデザインの、灰色の物体が鎮座していた。
ショルダーやウェスト用のストラップが付いており、形状からすると、人が背負うもの、のようだが。
「……これは、バックパックですか?」
「ああ。新型さ! あたしが設計したんだよ!」
武藤さんは、得意気に応えた。
「左右の、放熱板みたいに見えるパーツがあるだろ。これは、セラミック製の増加装甲を折り畳んであるのさ。ボタンひとつで左右同時に前面に展開して、着用者の胴体をガッチリ防御できるようになってるんだ。名付けてアーマード・リュックさ!」
見た目は、そう悪くないんだけど、実用性あるんだろうか、そんなもの。増加装甲、重そうだし。
あと名前が、ださいです……。
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