第2話 再会

 「どっどうして…」

三樹くんが?

正直、放課後1番最初に合唱部を訪ねるのは私だと思っていた。ましてやクラスメイトの男子が先にいるなんて。

合唱部の男声人口は、ますます減少傾向にある。

中学生時代、私たちも臨時部員なるものを雇っていた。もっとも、コロナの影響で最後の夏は正部員の女子だけで出ることになったのだけれど。


だからこそ、新鮮すぎる。放課後になって割とすぐに音楽室に赴いた私よりも先に合唱部を訪ねているということは、最初からここへ来るつもりだったのか。


「あ。同じ係だよね!えっと…」

三樹は口をぱくぱくさせた。

「ゴトウコウキ。よろしく。」

あぁっと思い出したように私の目を覗き込んだ。

「よろしく!」

ものすごく爽やかな声で三樹は言った。


ぞろぞろと先輩達が位置につく。

「今から、今練習している大会の課題曲を歌いたいと思いまーす!」

部長らしき人が言った。すると突然、

「すみませーん!遅れましたぁー!」

ガタガタと扉が開き、入って来たのは私の見たことのある人だった。


「え、咲希先輩…?」


驚いた。まだ続けてたんだ。

私の一個上の先輩だった。

「あれー?光希ちゃんじゃん!この子、うちの中学校が四国大会行った去年の合唱部のメンバーの子ですよ。」

あ、まずい。


えー!そうなの!

やだぁ私よりうまいじゃん絶対!

いい人材だねぇ。


様々な声が飛び交う。まずい。


___咲希先輩は中学生の時、合唱に全てを捧げたといってもいいくらいだった。ものすごく上手くて技術量もピカイチな、部長だった。

それ故に、ものすごくキツかった。正直めちゃくちゃ怖かったし、練習も大変だった。

でも、全国大会に行くためにはこうするしかないと思っていた。


だけど、コロナが猛威を振るった。大会自体が開催されなかった。代替大会すら開催されなかった。


先輩は一度も泣かなかった。制限のせいで何もできないまま、静かに引退した。___


「必ず私達が、先輩の夢を叶えます。」

そう言ったのを覚えている。


今さっき他の先輩に私の身の上を公開されてしまった以上、恐らく部活を真面目にやらざるを得ない…。

私はため息をついた。


咲希先輩も加わって、今年の課題曲の演奏が始まった。

意外に上手だな。ただ…。

男声がやはり弱みだな。2人しかいないのか。大変だろうな。折角女声は綺麗なのに。

…とは言っても、咲希先輩のとんでもない声量と綺麗な声で、まとまって聴こえているだけなのだが。


人数不足で大変そうな部活。第一印象はこんな感じだった。

ま、いっか。ここにいれば、3年間楽しく部活ができそう。

うん。ここでいいや。


♦︎♦︎♦︎


 部活動見学週間は、月曜日から金曜日までの5日間だ。1年生達は金曜日までに自分の部活を決めて、必ず1つの部活には入部しなければならない。

見学週間が終わるまで、三樹は毎日合唱部に見学に来ていた。正直この部活に、私以上の熱烈なファンがいるとは思わなかったので驚いた。


木曜日。いつものように和葉と下校をしていると、突然LINEの着信が鳴った。


え、三樹くん

私は通知を見て魔法をかけられたように固まった。

誰ー男でしょぉーと和葉がジト目で私を見ているのを他所に内容を確認する。

『あの』

『合唱部』

『入りますか。』

そのLINEを見て、あ、と思い出したように同じ質問を和葉へ投げかけた。

「ねえ。和葉は部活どうするの。」

んー、とバツが悪そうに和葉は笑った。

「迷ってるの。私達の合唱人生ってあそこがピークだったんじゃないかって思うんだ。だからやっぱり、もうキッパリ諦めて違う部活で頑張ろうかなって。」


そっかあ。まぁそうだよね。かくいう私も、別に全国目指して合唱部に入ろうだなんて、もう思っていない、と思う。

やりやすそうだから入る。

それだけだし。


♦︎♦︎♦︎


 金曜日の放課後。荷物をまとめて部活動入部届に名前を書き、音楽室へと向かう。

その道中で三樹と会った。

「あ。」

三樹は私に気づくと小走りに近づいてきた。

「俺も合唱部入る!」

おー、と私は上の空な歓声を上げた。

「そういえば、どうして合唱部ばかり見学に行ってたの?他に見たいところなかったの?」

私はずっと思っていた疑問を彼にぶつけた。

んー、と少し考えた後、彼は言った。

「合唱ってさ、凄いんだよ。人の心を動かすんだ。中学の時、めちゃくちゃ怖かった担任が、俺らの卒業式での合唱聴いて泣いてたんだ。」

俺も泣いちゃったし、と照れたように三樹は言った。そして、

「人と人を、目に見えない声で繋ぐ合唱ってすごいよな。」

と言った。人と人を繋ぐ。

確かに、その通りだと思った。

「そうだね。」

「もっと興味持ってよ。」

私の気のない返事に、彼は笑った。

私はふと、中学の時を思い出していた。



音楽室に着いて、中の様子を確認する。新入生らしき人はまだ来ていない。

私は何故か寂しくなった。

お!2人とも来てくれたねー、良かった!

と先輩達が安堵していた。

私は安堵できない。

あの時の仲間は…来ない、のかな。

1分、2分と過ぎていく。

___人と人を、目に見えない声で繋ぐ___

三樹の言葉が頭にこびりついていた。



私達のあの夏は、あのままでいいのかもしれない。四国大会まで行けたことがピークだったのかもしれない。何度追い続けたって無駄に終わるかもしれない。先輩もそうだったように。


だけど、違う。もう一度皆と…合唱がしたい。

あの日々が輝いているのはきっと、四国大会へ行けたからってだけじゃない。大変な練習を積み重ねたからってだけじゃない。

大好きな仲間と一緒に、合唱ができたからだ。

私はいつのまにか願っていた。

お願い、来て。

梓…栄子…和葉____



ゴトゴトと、いつものように立て付けの悪い音楽室の扉が開いた。

扉を開けたのは梓と栄子だった。


「あ…あずさぁ。えいこぉ。」

私は半分涙目になっていた。サッカー部のイケメンに誘われて、浮かれて合唱のことなんて忘れていると思っていた。

覚えててくれたんだ。

そう思って私はハッとした。

「やっぱり、合唱が好きだから続けるよ。」

梓が言う。

「梓ったらついさっきまで迷ってたのにー。」

栄子が唇を尖らせて言った。


そうだ。合唱が好きだということ。それを共有し合えることがこんなにも幸せなんだ。

私はようやく、自分が惰性でこの部活を選んだのではないことに気がついた。

自分の本当の気持ちに気づいたのだ。

あの時の仲間とまた合唱がしたい。あの日々を忘れてほしくない。


___大好きな仲間と、頂点に立ちたい。


1人じゃできない、人と人の心を繋ぐ『合唱』というものが、大好きなんだ。

だから私はここへ来たんだ。


そしてきっと私は、まだ全国大会出場という夢を追い続けているんだ。

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その高校生達の10分間 ダキラキラ @dakirakira

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