共通点

増田朋美

共通点

雨が降って寒い日であった。流石に着物も着流しでは行かれないねと杉ちゃんもジョチさんも言っていた。ジョチさんは、そろそろ二重回しを着たいなと呟いて、今日の天気はどうなるのだろうと思って、何気なくテレビをつけたその時。

「今日たった今はいったニュースです。今日午前九時ごろ、静岡県富士市にあります、県立吉永高校1年4組の教室で、同級生を包丁で刺殺したとして女子生徒が逮捕されました。逮捕されたのは、吉永高校1年4組に所属している女子生徒で、凶器になった包丁は、家庭科室から盗み出してきたということです。」

そう女性アナウンサーが言うと、テレビは吉永高校全体の画像が映し出された。

「これでは吉永高校も有名になってしまいますよね。こんな形で吉永高校が有名になるとは思いませんでしたが、まあですね、これまで問題が多かった高校ですから、あの高校はそうなっても、不思議ではないかもしれませんね。」

ジョチさんは、やれやれとため息をついた。

「そうだねえ。1年4組といえば、いわゆる特別進学クラスだよね。有能と言われて置きながら、実は有能ではない生徒がいっぱいいるわけだから、事件が置きても不思議はないなあ。」

杉ちゃんも困った顔をした。それから一日中、テレビでは、そのニュースのことばかりやっていて、もうテレビを見るのも嫌だねえと杉ちゃんたちが言っていると、

「失礼いたします。ちょっとこの場所を貸してください。」

と、玄関先で影浦先生の声がした。

「カフェなどですと、周りの人に迷惑をかけてしまうので、こちらが落ち着くのにちょうど良いと思ったんですよ。もうテレビで報じられているからわかると思うけど、あの、吉永高校で殺害された、水田隆くんのお母さんです。」

影浦先生は、そう言って、女性を二人に紹介した。女性は、一生懸命なにか言おうとしているが、ああ、ああとしか言うことができなさそうであった。

「わかりました。まずお名前を教えてください。」

と、ジョチさんが聞くと、彼女は一生懸命返答しようとしているのであるがそれもできなさそうな様子だった。

「それでは、とりあえず、食堂へいきましょう。そこで、ゆっくり休んでください。」

とりあえず、影浦先生は、彼女を急いで製鉄所の食堂へ連れて行った。そして、手早くカバンを開けて、腕を出してくださいといって、彼女が腕を出すと、素早く安定剤を打った。

「大丈夫ですか?」

と、影浦先生が聞くと、彼女はやっと落ち着いてくれたようで、

「はい。すみません。私、何をしていたのか、わかりませんでした。ただ、息子が、学校で殺害をされたと連絡があって、気がついたら、外へ出て、呆然と道路を歩いてました。もう何が起きたのか分からないで、自分がどこを歩いているかもわかりませんでした。それを影浦先生が偶然見つけてくれて、ここへ連れてきてくれたんだと思います。私は、何も覚えていませんが。」

と、まだ呂律が回っていない口調で彼女は答えた。

「それでは、あなたの名前を教えてください。まず、そこから始まります。」

ジョチさんが言うと、

「はい、水田頼子と申します。」

と彼女は言った。

「そうですか。水田隆くんのお母様なんですね。その水田隆くんは、先ほどのニュースでもやっていましたが、吉永高校で殺害されたのですね。そうなってしまっても仕方ありません。きっと最愛の息子さんだったと思いますから。まず初めに、落ち着いてくれたので、気持ちを整理することから始めましょう。」

と、影浦先生は、彼女を優しくなだめてあげた。それと同時に、

「ここに居たんですね。水田頼子さん。隆くんの遺体を確かめてもらいたいので、ちょっと署まで来てほしいんですが?」

よく慣れている形式で華岡が言った。

「いえ、もう少し待ってください、彼女は、まだ落ち着いて話ができる状態ではありません。そんなときに息子さんのご遺体を確認してくれなどと言ったら、彼女が卒倒してしまうかもしれません。」

と、影浦先生が言うと、

「でも、俺たちとしてみたら、早く被害者の名前を確認して、それで事件として立件したいんですけどね。」

華岡はじれったそうに言った。

「ええ、たしかに、華岡さんのような方は慣れていると思いますが、息子さんが、本日突然に亡くなられたということですので、それを受け入れられる人はめったにいないと思います。もし、彼女が落ち着ける様になったら、僕たちが署まで連れていきますから、それで勘弁していただけませんか?」

とジョチさんが言った。それと同時に、

「隆!隆!今朝笑って行ってきますって!」

と叫ぶ声が聞こえてきた。すぐに、水穂さんの声だと思われるが、

「大丈夫です。仕方ないことですから、まずは、落ち着いてもらいましょう。」

と優しく言っているのが聞こえてきた。

「ああいう状態ですから、事情聴取には応じさせることはできません。無理なことですので、今日は華岡さんは署に戻ってください。事件は一つだけではないですよね。他の事件を調べてください。それで検挙率を上げてくださいよ、華岡さん。」

ジョチさんは、すぐに華岡に言った。それと同時に、女性の泣き声が聞こえてきた。それを、水穂さんと杉ちゃんが一生懸命なだめている。多分、薬を打ってあるから、体は思うように動けないはずなので、暴れる心配は無いと思われるが、それでも、子供さんをなくすということは大きな悲しみに違いなかった。

「今日のところは帰ってもらえませんか?彼女を落ち着かせることに、精一杯ですから。」

と、ジョチさんが言うと、

「あーあ、すぐに事件を調べることができるのかなと思うのに、、、。」

と華岡はすごすごとかえっていったのだった。とりあえず、華岡を追い出すことに成功した杉ちゃんたちは、彼女がいる食堂に戻った。それでも彼女はまだ泣いていた。このままでは、自他を傷つける恐れがあると思った影浦先生は、急いでスマートフォンを出して、精神科の病院に一人患者さんを搬送したいのだがと頼んだ。最近の精神科は人でいっぱいすぎるというが、彼女が、事件の被害者であるというと、空きはあるといってくれた。

「大変な人を相手にするものだな。まあ確かに、事件が起きてからでは遅いと言うけどさ。」

杉ちゃんが電話をしている影浦先生を見てそういう事を言った。

「それでは、お願いします。はい、ええ、これから連れていきますので、はい、よろしくどうぞ。」

と、影浦先生はそう言って、電話を切った。ジョチさんが影浦先生、車を出しましょうかというと、影浦先生は少し考えて、お願いしますといった。そこで小薗さんがワゴン車を出してくれて、影浦先生は、水田頼子さんを乗せてやり、病院へ連れて行って上げてと頼んだ。

それと同時に

「はあなるほどねえ。同級生の証言などによりますと、他の生徒は別の教室で授業を受けていたそうですね。それで、犯人の女子生徒が、水田隆くんを1年4組の教室へ呼び出して、目隠しをしたところを切りつけたのですか。」

とジョチさんは、スマートフォンの画面を眺めながら言った。

「それでは、水田隆くんは何も抵抗したりしなかったのかなあ?だって、女子生徒と男子生徒では、かなり体力の差があると思うけど?」

杉ちゃんが言うと、

「それに、被害者の名前は水田隆というのに、加害者の女性の名が明かされないというのも気になります。それは、ある意味では不公平ということでは無いでしょうか?」

と水穂さんが言った。

「まあ、いずれにしてもいろんなことが報道でわかってくると思いますが、すごい強烈な事件であることは疑いありませんね。加害女性も未成年ですから、名前を明かすことはできないと思いますけど、、、。」

とジョチさんは大きなため息をついた。

その翌日。相変わらずテレビも、新聞も雑誌なども、みんなその高校生の殺人事件のことばかり報道していて、なんだかそっとしてあげればいいのにと思われるほど頻繁にその事件のことばかり報道していた。中には、真偽は疑われるが、殺害されてしまった水田隆くんについての報道もある。その日も、利用者がたまたまテレビを付けると、また吉永高校が映し出されて、水田隆くんについての報道が行われていた。それによると、水田隆くんという男子生徒は、とても頭が良くて成績はいつも上位だったという。学校の先生が音声を変えてインタビューに応じていたが、その中でも、あんな優等生が殺害されるとは思わなかったという声ばかり上がっていた。

「なんかその生徒さんのことばっかりね。見たくなくなる事件だわ。」

と利用者の一人が、小さな声で言った。

「テレビを見たくない事件だわね。」

と別の利用者が言った。それと同時に電話のベルが鳴ったので、ジョチさんが受話器を取った。

「はいもしもし、ああ、影浦先生。はあ、うちで預かるんですか。まあ確かに、利用者は今二人しかいないので、見ることはできますけど、、、。ああ、もう連れてくるんですか?随分早いですね。どんな方なのか教えていただけないでしょうかね?」

ということは、新しい利用希望者らしい。

「はい、名前は渋谷杏美さんですか。わかりました。年齢はえーと、42歳とは結構なお年ですね。いえ、大丈夫ですよ。80代でも来られた方がいますからね。それで、利用時間は?ああそうですか。わかりました。じゃあ、連れてきてください。」

とジョチさんはそう言って電話を切った。

「珍しいねえ。だいたいの利用者は30代くらいまでが多いんだけど、40代が来るなんて。」

杉ちゃんがそう言うと、

「だいたい、そのくらいの年代は重い事情を抱えてきますよね。」

と水穂さんが言った。ジョチさんは確かにそのとおりだが、居場所をなくしている女性であることは間違いないので、受け入れてあげようと言った。どこかで受け入れてやらなければ、自殺してしまうかもしれない。自殺請負人にはなりたくないとジョチさんは思ったのだろう。

「こんにちは、影浦です。渋谷杏美さんを連れてきました。よろしくお願いします。」

と影浦先生がやってきた。

「こちらの方が、渋谷杏美さんです。どうぞお入りください。」

影浦先生に言われて、一人の女性が、製鉄所にやってきた。それがなんだか、こないだ製鉄所にやってきた、水田隆くんのお母さんとよくにた面持ちがあるような気がしたので、杉ちゃんたちも驚いた。なんだかものすごく疲労困憊しているようであって、それが水田頼子さんとよくにているのだ。顔が似ているとかそういう具体的なことではないけれど、ものすごく辛そうだった。

「渋谷杏美です。どうぞよろしくお願いします。」

と、頭を下げる彼女に、

「僕は、影山杉三で、商売は和裁屋。杉ちゃんって呼んでね。」

と杉ちゃんがいうだけで、あとの人はだれも自己紹介できなかった。それほど彼女は疲れ切った様子だったのである。

「とりあえず、なにか食べてもらおうか。まず初めに、変な事を考えるやつはだいたい腹が減っているんだよ。だから、まずそれをなくすことが大事だよ。」

と、杉ちゃんはそう言って彼女を食堂へ連れて行った。そして人参とじゃがいもを出して、素早く切り始めた。

「ああ、大丈夫です。杉ちゃんのカレーはものすごく美味しいですから。まずはそれを食べていただいて、力をつけてください。」

ジョチさんがそういった。水穂さんがその前にお茶を置いてあげた。影浦先生は、診察があるからと言って、製鉄所から帰っていった。

「まず初めに、カレーを食べながらで結構ですので、ここのルールと言うかお約束を守ってもらいましょうか。こちらでは、ここをついのすみかにしては行けないというルールがございます。つまり利用する年数は問いませんが、こちらで自殺をするとか、そういう事はしてはならないということです。それは守ってくださいませね。あとは、法律に違反することでなければ、何をしても構いません。勉強してる人もいますし、中には雑誌に投稿する原稿を書いている方もおられました。」

とジョチさんは製鉄所のルールを説明した。彼女、渋谷杏美さんはちょっと驚いた顔で、

「私は、何をする資格もありません。できることは死ぬことだけです。」

と言った。

「それは行けないな。どこの宗教でも、自分から死んでしまうことを肯定する教えは無いからねえ。」

肉を炒めながら杉ちゃんがそう言うと、

「そうですよね。私は、そういうものほど役にたたないものは無いと知っています。ですが、娘を育てることはできなかったんです。」

と、杏美さんは答えた。

「はあ、娘さんを育てることができなかった。それはどういうことかな?なにかわけがあるの?」

杉ちゃんがすぐ聞いた。それを聞いて、他の人達は、この女性が、あの事件の犯人のお母さんではないかと思った。そういう事をこのタイミングで言うのであればそうに違いない。

「杉ちゃん、今日ばかりは質問しないほうが良いですよ。彼女が可哀想じゃないですか。今日は、そっとしておいてあげましょう。」

水穂さんが杉ちゃんにいった。

「そうだけど、僕の質問に答えだけはしてもらいたいな。僕、答えが出ないと、落ち着かない性分だもんでさあ。」

杉ちゃんだけが、いつもと変わらないでカレーを調理している。

「そうですが、杉ちゃんあの事件のことは、ニュースで見てますよね?」

とジョチさんが言ったのであるが、

「それがなんだって言うんだよ。そんなもの、今の僕とは関係無いでしょ。それより、僕の質問に答えてくれないかな。お前さん、娘さんを育てることができなかったって言うけど、なにかあったんか?この製鉄所では、親御さんにいろんな事されたと言ってくる利用者さんもいるんだけどね。だいたいの人は、親御さんを許してあげようっていう気持ちになるらしいで。」

と、杉ちゃんはカレーをかき回しながら言った。

「いくら杉ちゃんでも、聞いてはいけないこともありますよ。でもここでは受け入れられないと言っていたら、杏美さんは本当に居場所がなくなってしまいますから、そのような事はしませんので安心してください。確かに、娘さんのことは責任感じてしまうかもしれないですけど、それでも仕方ないと思っていただかないと。」

ジョチさんは、そう彼女に言った。杏美さんは涙をこぼして、

「ごめんなさい。私、カレーを食べる資格なんて無いです。」

と、泣き始めてしまった。

「いや、刑務所に収監されているやつでも、精神科に居るやつでも、みんなご飯は食べている。だから、それはみんな同じだと思って、喜んで食べろ。ほら。」

杉ちゃんはカレーを杏美さんの前においた。

「ありあわせで作った、キーマカレーですけど、まあ食べてくれ。」

「ありがとうございます。頂きます。」

杏美さんは、杉ちゃんに言われたとおりにお匙を受け取ってカレーを食べた。そして一言、

「美味しい。」

というのだった。

「そうか。まともな食事なんてしてなかったただろ。たくさん食べてくれて良いんだぜ。たっぷりあるからね。」

と杉ちゃんに言われて杏美さんはまた涙をこぼすのだ。

「本当に私がこんな物食べてしまって、水田さんは何も食べてないなんてことは無いでしょうね。」

というからにはやはり、あの事件に関わっているのだろう。

「お前さんもしかしてさ。」

杉ちゃんはいつもと変わらない口調で言った。

「あの、同級生を包丁で切りつけて殺害した女子生徒の、」

「はい!あたしが悪いんです、どうしてあの子に、何も伝わっていなかったんだろう。あの子には、人のことを大事にするようにちゃんと教えたつもりだったのに、なんでそのような事が、通じなかったんでしょうか!」

一気に、渋谷杏美さんはそれを言った。

「水田さんも同じこと口走ってたな。なんでうちの子が、あんな目に合うんだろうってな。」

と、杉ちゃんが言う。

「あの子はわかっていると思っていたんです。勉強はできるし、他に心配な事は何もしないし、それなら十分わかってるって。でもあの子は何もわかってなかったんですね。自分どころか他人も大事にできなかったんですね。」

渋谷杏美さんは泣きながら言った。

「そうですか。勉強はできるですか。水田隆くんも、勉強がよくできる優等生だということは、テレビのニュースでやっていました。それなのになんで、殺されなければならなかったのでしょうか?」

水穂さんがそうきくと、

「成績が良いとか心配な事は何もしないで判断してはだめですよ。今の高校生は勉強するだけが全てではありません。それ以外のことでも存在意義を持たせないと、高校生としてやっていけない時代ですよ。ただ勉強していれば良いとか、いい成績取っていればいいとか、そういうものはもうかこのものだと思わなきゃ。」

と、ジョチさんが言った。

「そうですね。私は、そういう事を間違えたんですね。あの子がまさか同級生を殺害してしまうという事をしてしまうとは思わなくて、、、。私は、どうしたら良いのでしょう。」

そう言っている渋谷杏美さんに、

「まず初めにカレーを食べることだ。」

と、杉ちゃんは答えた。それと同時に、ジョチさんがスマートフォンを見た。また何かニュースがはいってきたらしい。こういう、事物に関係なく、ひっきりなしにはいってくるのがニュースというアプリである。

「はあ、そうですか。彼女は、水田隆くんを受験のじゃまになるから消してしまいたいと供述しているようですね。それで、水田隆くんの方は、受験に向けて頑張っているのに、期待が重すぎることで悩んでいたようです。同級生の方々の証言でわかったみたいです。まあ、吉永高校ですからね、あまり勉強しようという意志がある生徒さんは少ないですから、傍観者のような気持ちで生徒さんたちは二人を眺めていたんでしょうね。」

ジョチさんは、アプリを見ながらそういう事を言った。

「そうなんですか。受験の事と生きていることは別だと教えてきたはずなんですけどね。」

渋谷杏美さんは涙をまたこぼした。

「とにかくカレーを食べろ!」

杉ちゃんが急いで言った。




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