東辺境伯領にて……第72話

お知らせ

今日は猫様の日です。22時22分に記念短編を投稿いたします。

よかったら読んでみてください。

https://kakuyomu.jp/my/works/16818023214001624661


◇◇◇◇◇◇◇◇



「なんでオッサンは騒ぎばっか起こすんだよ……」


「フハハハハ。これも処世術だ。いつかわかるであろう」


「ちぇっ、またそれかよ……」


 クロスが大盤振舞したことで受付カウンターに並ぶ冒険者は激減し、その分ジュリアンの報酬受け取りは早く済んだ。

 そのタイミングでクロスは同席していた冒険者たちに別れを告げる。皆機嫌よく送り出してくれた。酒の力とは偉大なものである。


 ジュリアンとクロスは通常より5割増で騒がしいギルドを後にした。


「なあ、どうしてギルドであの変なドア出さないんだ? 秘密じゃないんだろ?」


 裏路地に向かう途中、ジュリアンは素朴な疑問を口にした。昨日から何度も使っていればそんな風にも思うだろう。


「秘密ではないが、見世物になるつもりもない。それだけのことよ」


「ふ~ん。よくわかんない」


「クハハハ。そなたがスカートを履かないのと同じ理屈だな」


「あっ!? しぃーっ、しぃーっ!」


「クハハハハ。さあ、帰るぞ」


 墓場まで持っていく秘密もあれば、ゆるい秘密もある。特にプライベートな内容は相手を選ぶものだ。そんな話をしながら、人目の少ない場所で例のドアを出すクロスであった。『気配隠蔽』の魔法も使っている。


「……あれ? ここって、2階?」


「うむ。どうせ我は入り口を潜れんからな」


 クロスが出口に選んだのは、廃墟の2階、家庭菜園の設置場所だった。ジュリアン一人ならともかく、クロスは瓦礫のトンネルは使えないのだ。


「あら? もしかして空から来たのかしら?」


「わーい! かみさまだ! おねえちゃんもおかえり」「かみしゃまー。おねえちゃん、おかりー」


 屋根がなく星の光が降り注ぐ2階ならともかく、瓦礫で塞がれた一階は真っ暗だったのでクロスは明かりの魔法を使った。

 それで来訪者が誰かすぐにわかる。既に帰宅していたミーチャと、留守番のコニーとリンダが近寄ってきた。


「かみさま、みてみて、おともだち!」「くましゃん!」


 特にはしゃいでいるのは幼女ペアだ。それぞれクマのぬいぐるみを抱えていた。


「それって……またオッサンのお節介か?」


 人形の類は市場でも売られているのでジュリアンも知っている。だが、買うのは懐に余裕のある人間だけだ。作るにしても、技術もなければ材料費も覚束ない。

 そんな高価なものを妹たちが持っている。普段ならどこからか盗んできたのかと疑うところだが、今はクロスというワケのわからない存在がいる。疑うのならコッチだ。


「フハハハハ。気に入ったか? しばらくは畑仕事をそやつらが教える。仲良くするのだぞ?」


「「はーい!」」


「おい!、人形が教えるってどういうことだよ!?」


「フハハハ。すぐにわかる。その前に食事だ。腹が空いては戦はできんぞ?」


「戦なんかしないよっ!」


 クロスはジュリアンをからかいつつ、子供たちをテーブルのある部屋に誘導する。

 晩餐の開始だ。

 本日のメニューは、実は昨日と同じステーキに野菜スープ、パンである。これは、子供たちにクロスがいなければ絶対に食べられない地球の美食の味を覚えさせないためだ。贅沢は、少しがんばれば手が届くレベルが望ましい。

 ここの子供たちにとっては、そこらの安宿の定番メニューですら、お腹一杯食べられるだけで十分贅沢といえるのだから。


「「「いただきまーす!」」」


「な、なあ……人形が動いてるんだけど……」


「そうね。私も帰ってきてビックリしちゃった。聞いてみたらゴーレムなんだって」


「……誰から聞いたんだ?」


「そりゃお人形さんからでしょ」


「へえ……しゃべれんだ……」


 少女ペアは幼女ペアの食事風景を見て唖然としていた。

 クマのぬいぐるみ2体がテーブルの上を動き回り、末っ子のリンダの世話を焼いているのだ。スープを零すとハンカチで口を拭いてやり、ステーキに悪戦苦闘していると代わりに切ってやったり、姉たちのお株を奪う活躍である。

 幼児ペアは満面の笑みだ。

 クロスは配膳した後すぐに家の整備をするとかで出て行ってしまったので問い詰めることもできない。ジュリアンは仕方なく食事を優先させるのだった。


 そんな楽しさと困惑に満ちた食事が終わると見計らったようにクロスが顔を出す。

 ジュリアンは食事の礼もそこそこに、あの人形は何だとクロスに詰め寄った。

 クロスは魔法で食器を片付けながら説明する。


「ジュリアンにはまだ言っておらんかったな。我はテイマーでもある。そのぬいぐるみはゴーレムだ」


「そんなゴーレムいるのか!?」


「正確に言うと、ガワは只のぬいぐるみだがな」


 そう。実はぬいぐるみの中にはハリガネムシならぬ針金型ゴーレムが仕込んであるのだ。さらには、これはジュリアンにも内緒であるが、ダンジョンコアの分体コアも組み込んである。ぬいぐるみが話せるのは実はコアがしゃべっていたのだ。

 馬鹿げた魔力を持つクロスがダンジョンマスターになったことでダンジョンコアも超絶グレードアップし、ダンジョン外にも影響を及ぼせるようになってしまった。このぬいぐるみはクマの形をした動くダンジョンといってもいい存在である。ダンジョンマジックも使いたい放題だ。何よりも本体コアを通じてクロスと繋がってるのがいざというときの保険になる。


「……何で教えてくれなかったんだよ?」


「朝に、ということか? そなたが納得するまで説明していたら時間がかかっていただろう。結果論だが、おかげで猫も助かった。時に拙速が巧遅に勝ることもある。つまり、やった者勝ちだな」


「で、でも、妹たちのそばにモンスターがいるなんてさ……」


「ふむ。そなたの気持ちはわからんでもないし、それを無視したのは我の落ち度だろう。だが、それを踏まえても、我には絶対の自信がある。そのゴーレムは安全だ」


「で、でも……」


「ジュリアンよ。その警戒心は大切だ。だが、前にも言ったがそなたには力がない。正面から拒絶するのは悪手であるぞ? そなたはもっと柔軟さを覚えねばな」


「そうよ。ジュリアってば心配しすぎなのよ」


「ミーチャ……」


 ここで参戦して来たのはミーチャだった。


「せっかく冒険者になれたのに、ジュリアったら私を一人にできないってついて来て、おじいちゃんに追い出されてたじゃない」


「あ、あれは一回だけじゃないか」


「私だってもうすぐ10歳なのよ。私が冒険者になっても付いてくる気でしょ?」


「そ、それは……」


「もうっ! 街の依頼なんて危ないわけないでしょ!? 別々に依頼を受けたほうがお金になるじゃない!」


「うぅ……でも……ミーチャ、可愛いから攫われちゃうかも……」


「はぁ!? お姉ちゃんたちの冗談、まだ真に受けてるワケ? この子たちだってそろそろおじいちゃんにお願いしないといけないのに、閉じ込めてたってお腹は膨れないのよ!?」


「うぅ……」


 年下だがミーチャのほうが口が達者のようだ。

 クロスは感心しながら聞いていた。

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